3ー2 水の魔法少女


 私は自ら志願した蒼の後ろ姿を見ていた。

 蒼はいつもとは違い、その瞳には明らかに敵を殲滅すると言う強い目的意識をたぎらせている。私はそんな蒼の姿を見て、止める気はなかった。だが心配はしている。私は、近くの木に背中を預けしばらく様子を見ることにした。


 [蒼side]


 私はルーナちゃんに「任せて」と言った。

 私は闘ったことなんてないし、勝てるような気がしないけど、この妖怪を倒してこの街を救いたいと言う思いで胸がいっぱいだった。


 「小娘如きが子の儂をたおすだと?何を笑わせてくれるか!てっきりそこの小娘が相手かと思っておったが、何ともがっかりじゃな」

 「そっか、がっかりなんだね。じゃあその考え、今から私のすることを見てもまだそんなこと言っていられる?」


 私は相手に鎌をかけるかのようにそう堂々と宣言した。

 いつもの私じゃ合わなそうなそんなはっきりとした言葉にきっとルーナちゃんも驚いていることだろう……と私は口をニヤリとしてみせた。


 「ほほう、出来るものならやってみたらいい!」

 「じゃあ遠慮なく。《アクア・スプラッシュ》!」


 私は内から解き放つように、魔力を高めて手を掲げたそう魔法名を放った。

 強烈な水飛沫が周囲を取り囲み、ドロドロとした嫌な気分にしてしまう変わり果てた池を沼から元に戻す。

 その水はやがて溶けていき、その頃にはいつもの光景がいつも通り世界の片隅に存在していた。


 「なっ?!」


 蟹坊主はその巨大に似合わず、驚きの声を上げた。


 「お、お主何をしたと言うんだ!」

 「この淀んだ空気を浄化したんだよ」

 「くっ!お主、ただの人間ではなかったのだな。あやつの取り巻きとばかり思っておったが……」

 「そんなこと思ってたんだ。……うーん、でも私は別にそれでいいかな?」

 「蒼!」


 私の言ったことを訂正して欲しいとでも言うようにルーナちゃんは叫んだ。

 しかしそれがどうも嬉しくて、私はルーナちゃんの言葉には耳を貸さず、目の前の敵に集中する。


 「ふん!少しそのようなことが出来たぐらいで、儂のはさみには決して勝てぬ」

 「そんなことないよ」


 と私は堂々と胸を張った。

 しかし未だ信じ切れていない蟹坊主は笑う。

 私は少しむかっとしたけど、やっとルーナちゃんにもお披露目できると思い少しワクワクしていた。


 (観ていてルーナちゃん!これが私の力だよ)


 「じゃあ見せてあげるね。私が魔法少女だってことを!」

 「うん?」


 私は右腕を天高く挙げ、高らかに宣言した。

 特に、台詞もない。

 その瞬間、時間としてはほんの一瞬でしかない。刹那的な感覚の間に、私の体は眩い光と水の煌めきに覆われた。

 するとどうだろう。

 私の身を包み込んだ光と水は、纏った布へと変わる。可愛らしい青を基調として下地には白。手には青いクリスタルのはまった杖。ブーツに、フリルのついスカートと体を包み込む青い軽やかな衣装。


 そんな姿に身を包んだ私は、刹那的な時間を通り越してしっかりと戦闘態勢をとって、目の前の敵へと集中した。


 「な、何だお主!その姿は」

 「これが私の力。私、この町を守る魔法少女!名前はアクアスプライト水の力をその身に宿した光の使者」

 「くっ」

 「如何、ルーナちゃん?これが私の力だよ?」


 と投げかける。

 するとルーナちゃんは、私に「いいと思う」と言ってくれた。

 私はそれがとても嬉しくて自然と笑みが溢れる。


 私は浮かれていた口角を閉じて、再び蟹坊主を直視した。

 そして先制攻撃とばかりに右手で握り締めた青い宝石の付いた杖を振って、激流を呼び起こす。

 しかしそれを蟹坊主は巨大な鋏で防御してしまい、私の攻撃は阻まれてしまった。


 「なかなかやるね」

 「ふはは。この儂は水の中で生けるもの。お主のような水の流れぐらい、等に慣れ親しんでおるわ!」

 「だったらこれならどう?」


 私は握り締めた杖に魔力を集める。

 集中して、頭の中でイメージする。それはどんなものでも切り裂く刃であり、どんな形にだってなれる水の真理を突くもの。

 私の中で固まりつつあるイメージを少しずつ、少しずつ形にする。

 

 しかしそんな時間を与えてくれないのが蟹坊主で、私に対してその大きな二つの鋏を同時に地面目掛けて振り下ろす。

 私は水で作ったバリアで、鋏を完全に遮断して身を守る。その瞬間、私の持っていた杖に溜め込んだ魔力が形を成すのも同時だった。


 「できた」

 「何が出来たの言うのだ。儂の邪魔をする奴は小娘であっても容赦はせんぞ」


 蟹坊主はそう怒鳴り散らし、私に鋏を振り下ろす……かに思えた。

 しかしその鋏は私の目の前で、バッサリと切断して地に落ちる。


 「なっ?!何が起こった!」

 「如何?これが私の水の力……どんなものにでもなれて、どんな形もかたどれる魔法だよ」


 と、私はにこやかに笑った。

 そんな私の右手には、先ほどの杖はなかった。代わりにあったのは、私がイメージした水で出来た剣であった。御伽話おとぎばなしに出てくるような勇者の剣。どんな強敵にも打ち勝つ勇気を宿した私だけの神器がそこには確かに存在していた。


 「これが私の魔法、《蒼の剣ブルー・ソード》だよ」


 私は両手で握り直した剣を構えてそう言った。

 しかしそれを聞いても微動だにしない滝の様子は変だった。腕の一部を切り落としたと言うのにもかかわらず、何やら楽しそうに不気味な笑い声をひしひしとあげる。


 「なるほど、お主の力を少々みくびっておったが、凄まじい魔力とセンスじゃな」

 「そ、そっかな?敵だとしても褒めてくれたら少し嬉しいよ」

 「じゃが、やはりお主では儂には勝てんぞ」


 蟹坊主はそう言うと、切り落としたはずの腕を再生させた。

 見る見るうちに再生するその速さは尋常ではなかった。


 「う、嘘だよね?」

 「嘘ではないぞ。では、今度はこちらからいくぞ!」


 と言い、今度は腕の鋏ではなく口からぶくぶくと泡を吐き始めた。

 泡はシャボン玉のように空中を漂い破れる。すると破れた泡の水分が空中に散布された。

 その泡を浴びた私は、如何ってことないように動こうとするが、体が硬直して動かなかった。


 「えっ……嘘、何で……体が、動かないの?」

 「ふはは。如何じゃこれが儂の力じゃ」


 満足そうにする蟹坊主と、訳のわからない私。

 そんな私にルーナちゃんは大きな声で教えてくれた。


 「蒼!蟹坊主の吐く泡には相手の神経を麻痺させて、体を硬直させてしまう毒性が含まれているんだ」

 「えっ?!」


 私は唖然とした。

 と言うよりも、そんな話聞いてないよと言わんばかりに驚愕していた。

 頭の中がパニックで真っ白になっていく。

 そんな私を見逃すまいと、蟹坊主は先ほど切り落とした腕とは反対の腕、左腕を私へと振るう。


 「これで終わりじゃ、小娘!」


 容赦なく振り下ろされる一撃。

 その一撃を食らったらひとたまりもない。それこそ死んでしまうかもしれない。自分の未熟さを恥じながら、私は走馬灯のようにそう思い返した。


 「助けて……誰か」


 そう唱える始末だ。

 そして無慈悲な一撃が、私に降りかかるその瞬間。


 ーーー私の目の前に、影があったーーー


 「ル、ルーナちゃん?」


 そこにいたのはルーナちゃんだった。

 ルーナちゃんが、私を庇った。

 私はそれを知ってとてもいたたまれない気持ちで堪らなかった。


 「如何して?」

 「何が」

 「如何して助けてくれたの、ルーナちゃん?私が、任せてって言ったのに……もしかして、勝てないと思ってたの?最初から」

 「そんな事はないよ。私はただ……」

 「ただ?」


 唾を飲む。

 ルーナちゃんは蟹坊主の腕を片手で止めたまま、こう言う。


 「友達を助けただけだから」


 とかっこよく言う。

 そしてルーナちゃんは、手に力を込めて蟹坊主を押し返すと、蟹坊主に対して宣言した。


 「ここからは私が相手をする」


 と言った。

 その瞳は真っ赤に燃えて、睨むような視線で覚悟を問いているかのようだった。

 



 


 

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