第3話 放課後の陰

3ー1 蟹坊主


 さてさて、夕飯を終えた私は蒼と協力してこの街に忍び込んでいる怪しい影の正体を探すべく私達は奔走する。

 と言うのも私はまだこの町に来て浅く、蒼は魔法少女としては新米で魔力の探知があまりうまいとは言えないからだ。だから私がこの街に残るその影の気配を順々に追うことで、その影の正体を暴こうと言う事だが……


 「流石に薄いな」


 と投げ出したくなってしまう。

 と言うのも、残り香が少ないからあまり精度が高まらないでいた。私としては接近でもされてくれれば分かりやすいのだが、流石にそうもいかないようで虱潰しらみつぶしに探すしかない。そう言う手もあるが、元より何も考えなしに探していたわけではない。無論、ある程度の予想はついていた。そして、その場所に辿り着く。そこは……


 「湖、いや池か……」


 そこは巨大な池だった。

 湖のように見え、その水はとても清らかで美しい。どこから流れているのかは知らないが真っ暗な夜を神秘に留めてしまいそうだ。


 「ここはね、水神池みずかみいけ。この街の中で、一番大きな池だよ、びっくりした?」

 「まあ、流石にこんなものがあるとは思わなかった。私は普段あまりこう言ったところには来ないからな」

 「あっ、そっか吸血鬼だもんね。水が……」

 「いやそう言う理由じゃない。ただ単に知らなかっただけだし、それにそんな暇もなかったからな」


 と私は本心を伝えた。

 自然は好きだし、池や湖などの水辺も全然平気だ。ただ、この街に来てまだ間もないのでまずは生活に慣れることが大切だと判断したからだ。


 「それにしても……」

 「?」


 蒼が唐突に口走る。

 私は合図するように首を傾けた。


 「いや、ルーナちゃん目がいいなって。だってこんなに真っ暗なのに懐中電灯の灯なしに、動いてるもん」

 「ああ、それは私の目がいいからもあるかも知らないけど、一番は私の能力とこのが理由かな」

 「ルーナちゃんのその赤っぽい眼?」

 「まあ、今はこの通り霞んだような赤だけど……私の眼は人間のそれの形をしてるけど、少し形状が違うんだ。例えば回復能力によって失明しないだけじゃなくて、こんな暗闇だって見通せる」

 「どう言うこと?」

 「夜行性の動物なんかが分かりやすいけど、それともまた違ってて私の瞳はな昼だろうと夜だろうと関係なしに、鮮明に世界を映し出すんだ。それこそ姿形はっきりとね」

 「す、凄い」

 「まあ、流石に色艶まではおおよその観測になるし、それこそ私の眼だって疲れない事はない。流石に瞬きしなかったらドライアイになるし疲れなんかで曇ってきたりはするよ」

 「へえー」

 「だけどまあ、こう言った暗がりや暗闇なら私の眼はそれこそ宝石のように輝きを自分の世界にだけ映し出して、世界を見通すことが出来るよ」


 も偉そうに言ってみる。

 まあ簡単たんにまとめるなら、のだ。

 と言う説明を相槌を打って、あんまり理解していないような蒼に話して、私達は捜索を再開した。

 何か手がかりはないものだろうかと……



 私はそれから気配を辿る事にした。

 周囲一帯に警戒態勢を取りながら辺り一面に集中する。

 するとその様子を見ていた蒼は私に対して「犬みたいだね」とか言ってきたので「せめて金属探知機が潜水艇のレーダーと言ってほしい」と抗議を残して、さらに辿る。

 すると、ある一点で私の脳内レーダーは急激な数値を叩き出した。私はその反応を感じたり、「見つけた」と顔を上げてそう突っ走った。


 「蒼、こっち……この辺りに残ってる気配はまだ濃い」

 「じゃあもしかして?!」

 「ああ。多分この近くにいる事は間違い無いと思う。この気配のする方はあっちだ」


 と指さしたのは、以下のちょうど反対側だった。

 私達は揃って走りだし、急ぎ現場へと急行するのだった。



 そこは以下の反対方面だった。

 しかしその場所は他とは明らかに雰囲気が違い、ドロドロとした濁った雰囲気だ。例えるなら、沼地。それぐらいジメジメとした、嫌な雰囲気が立ち込めていた。


 「何だかさっきより雰囲気が全然違うね、気持ち悪い」

 「確かに。おそらくこの場所一帯をよとんだ魔力が覆っているんだろう」

 「淀んだ魔力?これが……気持ち悪い」


 とあからさまに嫌そうにする蒼。

 無理もない。慣れていないと、この空気に持っていかれてしまいそうになるからだ。空気と言うのはそれだけ人間や動物、それこそ天使やら悪魔やらにも影響を及ぼす自然界で互いに生活を共にしていかなければならない絶対領域だ。

 その空気を別の形で表すなら、このように他者の気分を害するものがありまたそれを好み、自らの適する領域へと書き換えてしまう。それが魔力の恐ろしさでもあるのだ。


 「早く探そう。まだ完全に支配されてるわけじゃない……魔力の探知は簡単だ」


 と宣言して、私は再度魔力を探知した。

 すると池に近い辺りから異様な気配を感じ、私は叫んだ。


 「見つけたぞ!」


 その怒鳴るような言葉は力強く、相手を罵るような魔力を秘めていた。

 そして私の声を聞いて蒼が反応すると同時に、そこにいた異形のものは私達を完全に捉えた。


 「何者だ」

 「貴方を追って来た者だ」

 「ほう。つまり、只者ではないと言う事だな」

 「貴方に聞きたいことがある。龍の宝玉から魔力を奪い、人間の女の子に売ったのはお前か?」

 「だとしたら」

 「何故そんなことをするんだ。わからないのか、龍の怒りを買うことの恐ろしさが」

 「そんなものとあの昔に消え失せている。あの宝玉はこのわしが、偶然にも水の底より見つけ、その力で今儂はこの地へと帰って来たのだ。龍の怒り程度で、今更どうこう言う筋合いはない」

 「じゃあ、何故そんな物を必要とした。そして人間に売ったりしたんだ!」

 「大した意味はない。儂にとって必要でなく無くなったただのガラクタを処分したまでの事……仮にその人間に何かあろうと儂には関係のないことじゃ」

 「なるほど。もう一つ聞く、何故この辺り一帯がこんな風に変わり果てそして近頃街中でうろつく影の正体はなんだ」

 「それを聞いてどうする」

 「聞いてから答えは出す」

 「ほう。なんとも面白い答えだ。儂を見つけ物怖じせずに語るその表層、さてはぬしよこちら側のものか?」

 「さあね、それで回答は?」

 「その通りだと言えば?」

 「何故そんなことをする必要がある」

 「決まっている。儂が本来の力を取り戻すため、この地に眠る魔力を奪い尽くし力を得ることだ」

 「力ね、得てどうする」

 「決まっている。儂を封印し、今の今まで儂を縛りつけ力を奪い故郷の自然を壊した人間どもに復讐するためだ!」

 「なっ?!」


 蒼が突然そんな風に驚き慌てふためいた。

 私はそれを目で追い制止させると、話を続けた。


 「だが、何故この地に来てまでそうする必要がある。貴方はこの街のものではないはずだ」

 「そうだ。あの新月の、弓張の刻が迫る中で儂はこの地へと来た。理由は一つ、この場所が儂にとっても都合の良い場所だからだ」

 「都合の良い?」

 「自然も整い、おまけに人間達は畏怖も恐怖もしていないように見える。おまけに同胞達は無関心だ」

 「それはどう言う?」

 「それはね、この街を清めて守護されている方の一族が、昔からこの街を護り続けそして人間や動物、それから光の一族闇の一族の方達が手と手を取りあえって助け合いながら生活出来るようにって事で、安全にしたんだよ。だからこの街で起こることの大概には皆んな驚かないし、光の一族や闇の一族の方達も肩身が狭い思いはせずに、争いもないんだよ。まあ、流石にトラブルが起きたり誰かの迷惑になるようだったら仲裁に入ったり、交戦する事もあるよ」

 「なるほど、そう言うことか」


 と私は一人納得した。

 しかしいま私の視線の先にいる異形のものからは、どちらかと言うと交戦的な何かを嫌な予感を感じていた。


 「同胞とやらが無関心ならば、貴方も落ち着いて考えてください。争いなんて何も生みませんよ」

 「黙れ!主に何が分かる。儂はこの時のために龍の力を奪ったのだ。今こそ復讐の時、この身に宿る力を解放し、我が怨みを晴らすのみ」


 そんな叫びにも似た痛感な言葉達が不気味に踊りだし、一点に魔力が集中する。

 周囲を取り囲む淀んだ空気が集約したかと思うと、目の前にはボロボロの布切れを纏い、顔をフードで隠した細身の人間の姿があった。

 だがしかし、それは決して本物の人間ではない。みしみしと感じる恨み辛みの連理がその物を真の姿へと至らせる。


 そうそこにいた物、それは巨大な姿。

 真紅にも似た赤い姿と、大きなはさみ状の腕と長い八本の脚が支えるその姿。

 それはまさしくかに。長いひげを生やしてはいるが間違いようのない、巨大な蟹の姿がそこにはあった。


 「ル、ルーナちゃん?これって」

 「ついに本性を表したな、こいつは妖怪だ」

 「妖怪?」

 「闇の一族の者達。妖者とも評されるそれらの類。そしてこいつは日本の全国の寺院に伝わりし、呪われた大蟹。蟹坊主かにぼうずだ!」


 と私は宣言した。

 その巨体は私達を見下すように覗き込み、その大鋏おおばさみを振り下ろして来た。


 「蒼!」


 私は蒼の手を掴み、後ろへと思い切り飛ぶ。

 その瞬間、蒼の手に触れた時蒼から感じたものは恐怖ではなかった。多少不安だったが、どうやら私の思い違いで蒼を随分と見縊みくびっていたらしい。そんな自分を恥じた。


 「ルーナちゃん」

 「何?」

 「私、今わかったよ。魔法少女がやらなくちゃいけないことって」

 「それで」

 「私、この妖怪を止める。私はこの街が好きだし、私は皆んなを友達を絶対に守りたい。だから、力を貸して……ルーナちゃん!」

 「蒼……」

 「でも最初は自分の力でやってみるよ。私だって、この街を護る魔法少女だもん!」


 と言って、蒼は堂々と蟹坊主へと立ち向かうことを決意して、魔法の言葉を唱える。

 それは勇気を持った優しい言葉で、宣言のようなものだった。


 「私は水の魔法少女ウォーター・メイジ、この街を護る魔法少女だ!」


 と。

 

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