2ー3 眼鏡っ子

 朱音達とのテニスを終えた私は下校しようと一旦教室に荷物を取りに戻り、そして今は一階の廊下を渡るところだった。


 この学校はそれなりに広い。

 その分生徒数もまずまずなのだが、学校の作りとしては概ね役割がある。生徒達のいる学生棟や部活を行うための部活棟、そして美術室や理科室各個が存在する実習棟だ。

 私は学生棟を降りて今は二つを繋ぐ、共通の渡り廊下を抜けて玄関に行こうとしているのだ。


 「さて、帰るか」


 と一言。

 そんな時だった。私は、微かではあるが

 何故そんなものがこの辺りにあるのかは定かではないが、これは普通にあるものではない。まあ、聞いた話だとこの町では魔法少女は結構いるそうだが、それでも少し気になる。

 昔から魔力の流れを読み解くことはそんなに大変ではないぐらいに経験しているが、久々だったのでその危機感の警戒範囲がかなり緩くなっていたのかもしれない。と、固く胸に誓い私は玄関の方から足を弾き、魔力のした方へ向けて歩き出した。


◇◇◇


 私は魔力の下方に足を運び、そしてそれが実習棟の方からしていることに気がついていた。

 しかもその反応は微かではあるが複数の魔力の反応を示している。明確に判別することは出来ないけど、少なくとも二、三種類以上もの魔力反応を示しているが、そのどれもが脅威を感じるような威圧感は全く感じない。例えるなら私と言うレーダーに反応している金属片のような位置感覚だ。

 そしてそれらが集中していたのは、とある一室。そこは……


「科学室か……」


 と、端的に唾を飲む。

 別にどうと言うことはないが、少しだけ警戒して中に入る。

 扉をガラガラと横に引く。

 すると中には人影が一つ。私はそこにいた人物を知っていた。そこにいたのは黄色だった。

 しかし私はそんな黄色よりも、黄色がしていたことに疑問を抱いた。何故なら……


 「黄色、何をやってるの?」

 「あっ?!ルーナちゃん。よく来たね、今ちょうど実験の最中だったの」

 「実験?」

 「うん。からね」


 と不気味ににこにこと微笑む。

 その姿は遠い地の闇をこよなく愛する魔女の相貌にも匹敵する。別の言い回しをするなら、研究熱心な科学者といった具合か。まあ兎にも角にも、そんな黄色を見て私はとても怖くて、訝しい存在だとも似てとれた。


 「実験って?そんなことを学生がしてもいいの?」

 「大丈夫。先生にはこの部屋の使用許可はもらってるし、私は科学部の部員だから」

 「科学部って……じゃあ他の部員は?」

 「うーん、普段は来ないかな先輩達。変わり者が多いから」

 「その言い方は失礼なんじゃ」

 「大丈夫、大丈夫。みんなその言われ方には慣れてるから。あっ!もちろん私もね」


 と何故か喜び馳せている。

 私はそれもまた奇妙な嫌悪感を抱いた。背中に身震いする何かを感じ、味方を求めようと黄色に訊ねる。


 「そう言えば蒼は?一緒じゃないの」

 「蒼ちゃんは図書委員だから、図書室にいると思うよ」

 「へぇー、てっきり一緒にいるのかと」

 「何で?」

 「うーんと、友達だからと言うか昼休みの間も一緒にいたんじゃないのかい?」

 「うん。でも、友達だからって四六時中いるわけじゃないでしょ」

 「まあそうだな。私もそういった付き合いは嫌いだ」

 「だよね。でも、お昼休みは本当によかったよ。やっぱりこう言った素材は蒼ちゃんにも見てもらわないとね」

 「こう言った素材?さっきから気になってたけど、それって何のこと」

 「それはね……これ、だよ」


 と言って私に見せてきたものはとても意外で、そして普通ではありえないものだった。

 そこにあったのは鱗だ。単なる鱗、それは魚のようであるがほのかに明るくてピンク色をしている。だがそれは普通ではない。何故なら私にはわかる。はっきりただ。こらが私が感じていた魔力の根源の一つ。


 「人魚の鱗、かい?」


 と訊ねる。

 すると、黄色は顔をぱっと赤らめ笑顔になると私の手をぎゅっとつかんだ。

 私は驚いて黄色に訊ねる。


 「如何したんだい黄色?何か変なことを言ったかい」

 「ううん。逆だよ」

 「逆?」

 「うん!」


 と手に入れる力を強める。

 痛みはないが、さすがにこの熱量に見合った活気については少しばかり興味がある。


 「黄色、何が逆なのか教えてほしいな」

 「うん、いいよ。でもまずはこれを見て!」


 と差し出してきたのはクーラーボックスに入っていた奇妙な物体だ。

 ぱっと見では、何かの肝のように見えるそれからは高い魔力の反応を感じる。私は見た目だけでな魔力を伝い、そしてにおいでさらにかぎ分ける。犬のように鋭い嗅覚ではないにしろなんとなくわかった。


 「くだんの肉だな」


 と言い当てる。

 答え合わせに関しては、黄色のキラキラと煌めいて輝く好奇心の瞳を見れば誰であろうと一発でわかるだろう。


 「凄い、凄いよルーナちゃん。私の思った通りだよ!」

 「思った通り?」

 「うん」


 身も毛もやだつような、なんというか。

 体をつんざく悪寒が全身を駆け巡る。

 私はこの手の相手とはかかわってはいけないと思い、退散しようとするが黄色はいまだに強く私の手を握り、一向に離そうとしないでいる。

 それもあり、強引な手段で強行突破をするのは常識としておかしいと判断したので、しばしの間黄色の話に付き合うことにした。これはすなわち、観念したといってもいいほどに……


 「それで、これを見せて私にどうしろと?」

 「別にどうもしないよ。ただ、ちょっとだけ実験に付き合ってほしくて」

 「実験?」


 話によれば黄色は昼休みの間、蒼と共に実験に必要なこれらの魔術素材を準備していたのだとか。

 しかし、本来ただの人間にこれらの素材を与えていいのか、と言う疑問もあるが一般の人が魔術的要因を示す物を持っていても別に構わない。そもそもそれだけでは、たいした意味を示さないからだ。しかし、実験つまりそれらの素材の力を引き立てるとなると、話が違う。魔女と呼ばれる者達や、錬金術師などの専門家でなければ扱えないはずである。

 しかし黄色からは魔力の類をあまり感じない。誰であろうと、魔力は持っている者だがそれも人並み程度だ。つまり魔女ではない。だとしたら……


 「黄色はもしかして、錬金術師なのかい?」

 「うん。でも、まだまだ新米だよ」


 と謙遜けんそんする。

 その様子からして、隠し通すつもりははなからないらしい。だが、これで理解出来る。これらの素材を持っていたことが。しかしここで付け加えるのは黄色だ。


 「まあ、錬金術師じゃないけどね」

 「えっ?!」

 「私、別に家系がそうってわけじゃないし、ただ単に面白いからやってるだけ」

 「そんなことが、蒼は知っているのか?」

 「うん、知ってるよ」


 と平然と口にする。

 そんな素人がこんなだいそれた事をするなんて、やはり恐ろしい。


 「許可は?」

 「許可?」

 「流石に誰かの、それこそ自分の才を見てまたもらうか、それなりにすごい人から目をかけられないとこんなことは……」

 「大丈夫。この町の偉い人に了承はもらってるから」


 と平然と口にした。

 心の中では、(いや、凄い人って誰だよ)と思いながらもその答えに納得する他なかった。


 そんな私の心境を顧みずに、やっと本題と言うべきか黄色は私に告げる。


 「実験を始めようか!」


 と。


 「はあ、わかった」


 と言って、私はそれになる他なかった。

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