第3話

次の日、笹崎さんが学校を休んだ。

「珍しいね、委員長が休むなんて」

クラスのみんながそう言い合っていた。確かに珍しいことだ。

同じクラスになって一度も休んだことがなかった。むしろ、調子の悪いときなんて一度もなかった。昨日海ではしゃいで風邪でも引いたのだろうか。

「今日の数学、教えてもらえないね~」

クラスの子たちがいう。彼女は先生でもなければ君たちの塾長でもないのに。と思ったが僕も人のこと言えなかった。彼女に数学をしかもワンツーマンで教えてもらっている。

大きなため息をついた。

一日笹崎さんを見ない日はなんだか違和感があった。クラスの雰囲気もいつもと違っていた。はやく一日が終わればいいのに。



帰る時、担任に声をかけられた。

「遠部、お前笹崎と最近仲いいだろ? ちょいと様子みにいってくれないか? あとこれ配布物もついでに渡してくれると助かるんだが」

様子を見に行ってほしいという頼み方に僕は違和感があった。心配になるような人では無いからだ。

「分かりました。でも笹崎さんの家、知らないですけど…」

「あぁ、待ってな。ほれ、これ住所」

「ありがとうございます」

笹崎さんの住所と配布物を渡されて僕は彼女の家へ向かった。

もちろん一人で。にしてもクラスの人気者なのに、なぜ僕なのだろう。

他にもいるだろうに、最近仲がいいってだけで、何故僕?

考えながら歩いていたら昨日訪れた海の沿岸に一人の女性が座っていた。


「笹崎さん、何してるの? 風邪ひいてるんじゃなかったの?」

「うわっ遠部くん! みつかっちゃったか~」

テヘヘと言いながら頭をかく。

今日の笹崎さんは僕の知っている笹崎さんではなかった。

髪の毛もお団子ヘアーにしてメガネをかけていた。服装は部屋着だ。

優等生という言葉が全然あわない、そんなスタイルだ。

「にしてもよくわかったね。メガネかけてるのに~」

「わかるよ。笹崎さんは笹崎さんでしょ?」

クスッと彼女は笑う。でも元気はなさそう。

「あ、先に言っておくけど昨日海で遊んで風邪引いたとかじゃないからね!」

そう言いながら僕にココに座ってと隣の床をポンポン叩く。

「なんかあったの?」

「うん。ちょっとね。でも大丈夫! 海見れたし遠部くんにも会えたし!」

明らかに無理に元気を装っている気がした。

「そう? 先生も心配してたよ?」

「あー、先生はその、うん。まぁ、気にしないで」

苦笑いで彼女はいう。僕はなんと声をかけたらいいのかわからず黙った。

「ねぇ、遠部くん。遠部くんは、どの私が好き?」

急に聞かれて、僕は驚いた。これはどういう意味で聞いているのだろう。

「どのって言われても、どれも同じでしょ?」

「あははは、遠部くんはそういうと思った! 今日は期待どおりだね」

「あえていうなら、笑ってる笹崎さんがいいと思う」

僕は少し赤面する。こんなこと女子に言ったことはない。言えるわけない。

「ありがとっ。 そうだね。笑ってる方がいいよね!」

先程とは違う笑顔に変わった。

「さーて、もう帰らないと、晩御飯つくんなきゃ」

「家事もしてるの?」

「うん。うちの両親、共働きだからね。お姉ちゃんが頑張らないとじゃん?」

「そうなんだ」

「帰ったら晩御飯に洗濯に~明日のお弁当の準備に~今日の授業の復習もしないとだし~」

そのことを聞いて僕は自分に置き換えて考えた。はっきりいってめんどくさい。

そのめんどくさいことを一人の女子高校生がやっているんだ。

「大変だね」

「ん? 全然! 慣れだよ慣れ! これが私の生活リズムなのっ」

「僕なんて家に帰って親の作った晩御飯食べてテレビみて風呂入って寝るだけだよ」

「こらこら、数学の予習しなきゃでしょ! 今日私教えてあげれなかったんだから」

まるでお母さんのようだ。

「まぁでも、毎日頑張ってるから今日ぐらい大目にみるよっ」

クスクス笑いながら言う。元気が出たみたいだ。

「明日はちゃんと来るよね?」

「うんっ今日はちょっとみんなに会いたくなかったから。というか合わせる顔がないというか、ね」

よくよくみたらメガネの向こう側がいつもと違っていた。

目が腫れているように思えた。

「やっぱり何かあったんだ」

「もぉ、そういうところ鋭いんだから~。大丈夫だよ! 明日はちゃんといくから」

笹崎さんは立ち上がり背伸びをした。

「あ、あと、この姿のことはみんなに秘密ねっ」

人差し指を立てて口に当てる。僕はまた優越感を覚えた。

「うん」

「じゃあ明日ねっ」

そういって彼女は先に帰っていった。

今日の笹崎さんの様子を思い出して、何があったのか気になっていた。

目が腫れていたということは泣いていたのだろう。悲しいことがあったのかな?

ふと、今日先生に頼まれていた配布物を渡し忘れていたことに気づいた。

「やば、渡し忘れてる。どうしよう」

明日でもいいかとは思ったけど、今日の様子が気になったので僕は笹崎さんの家へ向かった。

親には友人の家によって帰ると連絡を入れた。

笹崎さんの家はあの海からそう遠くなかった。


「ここか」

たどり着いた家はごく普通の一戸建ての家だった。

ピンポーン 僕はインターホンを鳴らす。

「はーい」

「あ、遠部といいます。笹崎、笹崎弥衣さんはいますか?」

「あれー? なんで遠部くんがうち知ってるの?」

そう答えたのは本人だった。僕は少し恥ずかしくなった。

「えと、先生から渡せって言われてたの渡し忘れてたから」

そう言いかけているときに玄関が開いた。開けたのは小さい女の子だった。

「おにいちゃん、だれ?」

「こ、こんばんは」

僕は動揺した。笹崎さんのミニチュア版が玄関から登場してきたからだ。

「おねえちゃんのおともだち?」

「うん。渡したいものがあったから」

「あーこらこら勝手にあけちゃだめでしょう」

部屋の奥からド走ってきたのは笹崎さん本人だった。

先程の格好にエプロンをしている。とてもお母さんの雰囲気満載だ。

「ありがと、てか、別に明日でもいいのに」

「気づいたらここまできてた」

「ふふふ、んじゃ来たついでにあがって! 晩御飯食べていってよ!」

「いや、そんな」

「おにいちゃん、やさしいひとだからいいよ」

女の子が僕の右手を両手で握り部屋へ引き込もうとする。

「ほら、さつきも歓迎してるし、入りなよ」

そんなこんなで僕は笹崎家へお邪魔することになった。

リビングにはもう晩御飯が並んでいた。

「お母さんたちは遅くなるみたいだからお母さんたちの分、食べていいよ」

「いやいや、それは申し訳ないよ」

「たべてたべて」

女の子は僕に言う。なんだか可愛らしい。

「紹介が遅くなったね。この子は沙月さつき、小学1年生の妹。ていうか、沙月、遠部くんのこと気に入った??」

クスッと笹崎さんは笑う。

「うんっおにいちゃんすきー!」

こんな可愛い女の子に告白されて僕は照れた。人生初の告白がまさかこんな小さな子からだとは誰も思わなかっただろう。

「んじゃー沙月はおねぇちゃんのライバルだね」

「まけないよっ」

姉妹の可愛らしい喧嘩がはじまったけど、僕はどうすればいいのかわからなかった。

この喧嘩の意味を僕は信じていいものなのか。

「という冗談はさておき。遠部くん、食べて食べてっ」

笹崎家の今日の晩御飯は、オムライスだった。妹のオムライスの上には「さつき」とケチャップで書かれている。そういえば、もう一人弟がいるっていってたような。

笹崎さんのスマホがなっていた。

圭太けいた、友達の家にお邪魔するから晩御飯いらないって」

これはチャンスと思ったのか、笹崎さんはおもむろに冷蔵庫からケチャップを取り出し、もう一つのオムライスの上に文字を書き始めた。

「はーい、遠部くんっ」

差し出されたのはケチャップで「とおる」とかかれたオムライスだった。

思わず僕は赤面し、恥ずかしくなって手で口を覆った。

「わーい、おにいちゃん、あたしといっしょ~」

「…食べづらい」

「大丈夫だよ!  私の分も自分でかいたからー!」

笹崎さんのオムライスにはきちんと「やよい」と書かれてあった。

準備が整い三人で手を合わせて食べ始めた。

こんなアットホームなのに、笹崎さんは幸せになりたいと言っていた。

これを幸せと思わないのだろうか。僕だったらこんな気持ちを幸せだと思うけど。


ピンポーン

インターホンがなる。


「あ、もしかしたらお母さん帰ってきたかも」

「!!」

僕は動揺した。女子の家に勝手に上がり込んでましてや晩御飯をごちそうになっている。こんな光景をみて何をいわれるだろうか不安になった。

「ただいま。誰か来てるの?」

笹崎さんの声に少し似ている声が聞こえた。

「うん、私のクラスの遠部くん。渡したいものがあるからって来てくれたからごちそうしてた」

「それはどうも。ゆっくりしていってください」

ニコリと笹崎さんのお母さんは笑った。

とても優しそうな人でホッとした。

弥衣やよい、ちょっと」

「はい」

お母さんに呼ばれた笹崎さんはリビングを出た。

「おねえちゃん、またおこられるのかな?」

妹がといった。怒られる? 何故?

「どうしてそう思うの?」

「おかあさん、いつもおねえちゃんのことおこってるの。だからまたおこられてるのかなって」

こんないい子を叱るってどういうことなんだろうか。

僕は気になってしまってリビングの外に耳を傾けた。

「最近帰りが遅いのってあの子と遊んでるからなの? 貴方が帰り遅いと沙月が寂しがるでしょ? 圭太だってまだ帰ってきてないし、お姉ちゃんがそんなだとあの子達までダメになるじゃない」

ため息混じりの声が聞こえた。

「うん、ごめんね。お母さん」

「とりあえず、ちゃんとしてよね。あと、ちゃんと学校にはいきなさい」

僕は凄く苛立った。笹崎さんは頑張っている。ちゃんとしている。

そこまで言われるほど怠けていない。なんで解ってあげないんだ。

すごく悔しくて僕は手をぎゅっと握っていた。その怒りが伝わったのか、妹が僕によってきて抱きしめてきた。

「おにいちゃんはわるくないよ」

うん。でも原因は僕だ。僕が原因で怒られるならもう帰ろうと思った。

せっかく名前付きのオムライスを作ってくれたから僕は全部までとは言わないけど少し残して帰ろうとした。

「笹崎さん、ごめん。僕帰るね。また明日」

「え、まってまだご飯…」

「うん。美味しかったよ」

そう言って僕は笹崎さんの家を出た。

僕は分かっていたんだ。笹崎さんが学校でも家でも大変なこと。自分らしさの出せる時間と場所がどこにもないんだって、分かってたのに。

僕は少し泣きそうになったので早歩きで帰っていたら後ろから声が聞こえた

「遠部くん! まって!」

振り返ったら笹崎さんが走ってきていた。

「ご、ごめんなさい。君のせいじゃないの。私がもっとしっかりしてなきゃいけなかっただけだから、気にしないで」

息を切らしながら僕に謝った。

謝ることではない。笹崎さんは何も悪くない。僕は首を横に振る。

「ごめんね。ほんとに」

「謝ることない、僕はちゃんと分かってるから」

こんなことしか言えなかった。でも笹崎さんは嬉しそうに笑った。

「妹さん、すごくいい子だね。笹崎さんのこと、心配してた」

「ふふふ、自慢の妹なのっ。だから、また遊んであげてね」

「うん」

なんだか帰るタイミングを見失っている。帰らなきゃまた怒られるだろうに、笹崎さんは帰ろうとしなかった。

「あの、遠部くん」

「何?」

「下の名前で呼んで?」

「と、突然なんだよ」

僕は動揺した。

「さささきって噛みそうでしょ? クラスのみんなは委員長って呼ぶし、それ以外はみんな名字で呼ぶ。でも遠部くんには下の名前で呼んでほしい」

笹崎さんは下を向いて手を後ろで組んで恥ずかしそうに言う。

「やよいさん」

「…なんでさん付け?」

「照れ隠し」

「とおるくん」

「はい」

「へへへ、なんか照れるね」

変な空気が流れる。

「そろそろ帰らないと。また明日ね。とおるくん」

「うん。また明日」

彼女は嬉しそうに手をおおきく振りながら家へと戻っていった。



彼女の幸せはもしかしたらこういうことなのかもしれない。

自然に笑える場所、自然に自分らしさを出せる場所、そして自分のことを好きでいてくれる存在。きっと彼女はそれを望んでいる。


そしてそれを僕に望んでいる。んだと思う。


だったら恩返しじゃないけど、勉強をみてもらったお返しに彼女が息抜きできる場所を作ってあげようと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る