第2話
注文したものを食べ終わって幸福論をお互い語ったところで店を出た。
「今日はなんかいい一日だったよありがとう遠部くん」
満足そうな顔をしていた。僕にとってはなんだか不思議な一日だったけど。
「こんな私に懲りずにまた明日からもよろしくねっ」
そういって彼女は手を降って帰った。
結局笹崎さんは僕に何が言いたかったのだろうか、もう一度考えた。
【幸せ】に固執しているようにも思えた。彼女の幸福とは誰かが自分のことを好いてくれていることだと言った。でも僕からしてみれば十分幸せだと思う。なのにまだ足りないらしい。足りない何かを探しているのだろうか。
そもそも何故僕にその話をしてきたのだろう。
もしかしたら笹崎さんには親友と呼べる人がいないのだろうか。
そう思うとなんだかもっと彼女のことを知りたくなった。
翌日、笹崎さんは少し元気がなかった。
いつもどおり数学の後はクラスのみんなと復習会を開いていたが、どこか寂しそうな感じがした。
「なあ、遠部。お前諦めきれないの?」
「え、何が?」
「いやぁ~、自覚ないんじゃあ仕方ないけど。てか自覚ないよね?」
「だから何がだよ」
「ううん。なんでもない。ただ、忠告しておくけど、お前には無理だからな」
話が見えない。日下部くんは一体何がいいたいのだろう。
「そういえば、クラスの奴らから聞いたけど、お前、委員長に勉強見てもらってるんだって?」
「うん。先生が数学の点数が酷いから見てもらえって」
「ふーん。どう? 委員長教え方やっぱうまいの?」
「うん。めちゃうまいよ。ほら、いまあの子達がやってるみたいにしてるよ」
「そうなんだ。羨ましいの~」
「そうかな?」
日下部くんはニヤニヤしながら僕に言う。なんだろう、僕は何も分かっていないのだろうか。2人の考えていることが全くといっていいほどわからなかった。
放課後、いつものように笹崎さんと教室で勉強会を開いた。
「今日、友達が羨ましいなって言ってた」
問題をとき終わった後、僕は笹崎さんに言う。
「羨ましい?」
「うん。僕にはよくわからないけど、こうやって勉強教えてもらってるのがいいなって言っていた。僕は逆に申し訳ないんだけど」
「ふーん」
クスクスと彼女は笑いながら僕を見る。
「な、何?」
「申し訳ないって思ってるんだーと思って。普通、男子だったら女子と二人きりの教室って嬉しいものだと思うんだけど、遠部くんは違うんだ」
笹崎さんはニコニコしながら頬杖をついて僕を見ていた。
「だって、自分の時間割いてまで僕に費やすことないでしょ?」
さっきのニコニコ笑顔が一瞬で消えた。
「遠部くん的には早くこの勉強会は終わってほしいってことなの?」
少し怒っているのように思えた。僕は少し怖くなった。
「いや、そういう意味じゃなくて・・・。迷惑かけてて申し訳ないなって」
放課後にわざわざ僕の為に残ってもらっているのは。本当に申し訳ない。
「遠部くん。私、放課後友達と遊びにいくことないから時間があるの」
すごく意外な言葉が返ってきた。
「え、そうなの? そういうことあると思ってた」
「早くは帰らないといけないけど、誰も心配してないし」
「そ、そんなことないでしょ」
「えへへ、うそうそ、冗談だよ。」
彼女の感情が読めなかった。
寂しいのか、嬉しいのか、わからなかった。
「そういう遠部くんは、門限とか無いの? 放課後女子と二人きりで勉強してるなんて親にいってないよね?」
「い、いうわけないよ。僕はどちらかというと自由にさせてもらってるし。遅くなれば連絡さえ入れれば何も言われないし」
「ふーん。遠部くんって優しんだね」
今の話でどこをどうとって僕が優しいと思ったのか。
やっぱり笹崎さんは分からない。
「さて、今日の勉強はここまでにしよう! 遠部くん!」
笹崎さんは教科書をパシンと閉じて目をキラキラさせながら僕を見る。
「な、なに?」
「海にいこう!!」
「突然だなぁ。なんで?」
「いま、叫びたい気分!」
やっぱり分からない。でもわからないからこそ興味をそそる。
その提案に僕は賛成した。
学校を出て歩いて数分のところに海がある。
よく、うちの学校カップルたちがデートで現れるとか現れないとか。
まて、デートスポットに僕はいま高嶺の花と来てしまっている。
ことの重要さにいま気づいてしまった。
「うわー! でかーいきもちいー!!」
大抵僕といるときの笹崎さんは童心に返っている。
もしかしたらこの姿が本当の笹崎さんなのかもしれない。
「よいっしょっと」彼女は靴を脱ぎ、靴下を脱いで裸足になった。
「いっくぞー!」長い髪を揺らしながら海へと走っていく。とてもうれしそう。
海が好きなんだろうか。僕は子供を見守る親の気持ちで沿岸に座っていた。
「え、ちょっとー! 遠部くんもおいでよー!」
波打ちに立っている笹崎さんが僕を呼ぶ。
貴重品をほっとくわけにはいかないだろう。
「僕はここにいるよ」
体育座りで僕はいう。
「君がいないとおもしろくなーい!」
彼女は僕にむかって叫んだ。
「いや、僕がいなくても楽しそうだけど」
数分たって彼女は僕のもとへ戻ってきた。
「んもー、なんでこないのー? 楽しいのに」
ふてくされたように彼女はいう。こういうのはカップルがすることなのでは…。
「スカート少し濡れちゃったー」
濡れている部分のスカートの裾を絞っている。絞っているのはいいのだが。
「あ、さ、笹崎さん。その、あの」
僕は目線をそらしてから言う。
「ん? 何?」
「いや、その、スカートをその」
「あ、あー!! 遠部くんのエッチー!」
凄く喜んでいる。というかはしゃいでいる。嫌では、ないらしい。
濡れた足を吹き終わり、笹崎さんは僕の横に座る。
「にしても久々にはしゃいだよ~。こんなこと、ほんと小さい頃以来だよ」
「え、そうなの?」
またしても意外な一面を知ってしまった。
「だって、高校生にもなってこんなことしないでしょ?」
あはははって笑いながら彼女は言う。確かに、しない。
「笹崎さんって普段からこういうキャラなの?」
「こういうキャラって何?」
「いや、その、この間から子供っぽいところばかり見ているような気がするから」
それが本当の笹崎さんなのかな、と。最後までは言えなかった。
「学校の私と、放課後の私と、遠部くんといるときの私、それぞれ違うよ?」
「どういうこと?」
「ふふふ、だってそうでしょ? 誰かに合わせなきゃ誰とも仲良くなれない」
僕にはよくわからない。
「うーんと、どういえば伝わるかなー? 学校にいるときの遠部くんは家にいるときの遠部くんと同じ?」
「ううん。僕は家では結構明るい方。親とよくお笑い番組見ながら笑ってる」
「それ! それだよ! 要は学校での遠部くんしか知らない人からみれば家にいる時の遠部くんはレアに感じる、そういうことだよ!」
何が言いたいのかよくわからない。
「一言でいうならば気を許しているかいないか、じゃないかな?」
「確かに。周りなんて気にせず家ではよく笑う」
「私の場合、学校では優等生なイメージでしょ? まぁ間違ってないんだけど。家でも長女で弟と妹が2人いてね。休みの日は面倒みているの」
「THE 姉 だね」
「ふふふ、やっぱりそう思うよね? 本当は今みたいにはしゃぎたいんだけどね」
体育座りをしている笹崎さんがさらに身体を小さくした。
「はしゃげばいいのに」
「えー? でも優等生イメージ持たれているから無理でしょ? 現に遠部くんも実際のところ引いたよね? こんな子供じみた私なんか」
私じゃないでしょ?と目で訴えてきた。
正直なところ意外すぎて心が追いついていけてない。ギャップというやつだ。
でもそんな笹崎さんをみて僕は違う感情になった。
「でも、そんな笹崎さんを知っているのは僕だけ、なんだよね?」
そういうと彼女はキョトンとした顔をした。その直後クスクスと笑った。
「ふふふ、そう、だね。嬉しい?」
笹崎さんの顔が少し赤く染まっていた。
「嬉しい、というか。優越感?」
なんて表現したらいいのか分からないから僕はとっさにでた単語を言った。
【優越感】 それはつまり特別だと思う気持ちだ。
「優越感、ねぇ~。そうだね。ココにいる私は遠部くんにしか見せてない」
ニコニコ笑いながら僕を見る。
「それをいうならば、私だって遠部くんに優越感抱いてるよ?」
「え?」
「こーんなに遠部くんと話せる私ってすごいでしょってみんなに言いたい」
「羨ましがられることかな?」
「ふふふ、遠部くんが知らないだけだよ。結構クラスで人気あるんだから」
自分の耳にはそんな情報は入ってこない。日下部くんもそんなこと言ってなかった。
「だから、嬉しいんだよ。私、遠部くんとこうして放課後一緒にいれることが」
なんで彼女がそう思うのか、僕には分からなかった。
家に帰って、笹崎さんとの会話を思い出す。彼女は僕達が思っているイメージ像とは違う面があるんだと今日知った。というか勝手に僕達がそういう風に描いているんだ。だから彼女はその期待に答えるべく優等生をしているのかもしれない。
「しんどくないんだろうか」
そう思った。僕は人に合わせるのが嫌いだ。気を遣って空気を読んで、心配してあげて、自分の事を後回しにするのはゴメンだ。僕は中学の時にその経験で軽くいじめを受けたことがあった。クラスで仲の良い四人と一緒だった。というか良くしていた。そうしていないと独りになってしまうから。
独りになったら僕は何もできなかったのだ。楽しい学校生活が一瞬で終わってしまう。それを恐れて僕は周りに気を遣いながら生活をしていた。
ある日、僕以外の三人が僕の話をしていた。
「遠部ってなんか、俺達に合わせて付き合ってるよな?」
「確かに。無理してつるんでんじゃね?」
「なんか、イライラするときあるし」
「あーわかるわかるーあの笑顔、イラッとするよな」
僕の話題で大笑いしていた。僕はその後、その三人との縁をきった。気を遣いながら過ごすより独りでいたほうがまだ気が楽だと気づいた。
独りは気が楽だ。誰のことも考えなくていい、気にしなくていい、信じれるものは自分だけだと思った途端、僕は気持ちが楽になった。
授業でグループを作るときははみ出していたが、それでもあいつらと絡むことは嫌だった。高校生になってもあんなやつらと友達にはなるものかと思っていた。そんなときに日下部くんが声をかけてくれた。僕の中学の話を聞いて理解してくれた。彼もそういった経験があったらしい。独りでいいと思いつつも、でも誰かといたいという気持ちが僕達を惹きつけたのかもしれない。
でも、笹崎さんは反対だった。彼女は周りのイメージに合わせて自分を作っている。優等生を演じているのではなく、そうすることで自分を保っている。
そんなことしていたらいつか壊れて、もう戻れなくなる。
だから『笹崎さんらしさ』の出せる時間は必要なんだ。僕が家で笑える空間が有るように、本音の言える友人がいるように、笹崎さんはそういう人がいないんだ。
そう思った途端僕はあることに気づく。
「それが僕、なのか?」
言葉にした途端、全身が熱くなるのを感じた。何だこれ。何だこれ。
「んなわけないない」
全力で反論する。自分の考えに間違いがあると、考え直す。
でも、彼女は言っていた。
「だから、嬉しいんだよ。私、遠部くんとこうして放課後一緒にいれることが」
誰にも見せていない自分をだせる時間が有ることを嬉しいといっていたことを思い出して僕は全身の熱がさらに上がっていることに気づいた。
「くそぅ。どうしたらいいんだよ、これ」
僕はどうしようもない気持ちになって、床についたが全く寝付けなかった。
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