優等生の憂鬱
稚明
第1話
人類には「幸せな人」と「不幸な人」がいる。
何も不自由なく人生を謳歌する者、何かしら運がない者、特にただただ生活している者。世界にはいろんな人類で溢れているが、二択にするならば果報者か不幸者か。
僕、
幸せか?と言われてもそんな実感を感じたことはないし、幸せになりたいと深く思ったこともない。ただただ今日も平和に一日が終わればいいと思う。
僕の席は窓際の一番後ろで、クラスのみんなの行動がよく見渡せる。
休憩時間は前の席に僕の友達の
「さっきの問題はね、ここをこうして~」
「なるほど! わかりやすい!」
「さすが委員長!」
数学の後はこの会話が絶対聞こえる。きっと先生の教え方が悪いのだろう。というか、彼女の教え方のほうが上手いんだろう。盗み聞きしながら僕も「なるほど」と思った。
「俺の話聞かずになにみてんのー?」日下部くんが僕の視界を塞ぐ。
「なんでもないよ」といって僕は彼の方に視線を戻す。
「んー? 委員長かぁ。ほんと世話好きだよな。いいお姉さんって感じ」
「確かに、姉だな」
同級生なのに年上扱いされる委員長こと
かといって鼻につく性格はしてなくて、むしろクラスのみんなに好かれてている。
「なんか、不幸とかに無縁な感じするよね」僕は日下部くんに言う。
「確かにね~なんか年上の彼氏がいるとかきいたこともあるぜ? 充実してるよな」
本当に絵に描いたような優等生だ。僕はきっと関わることはないだろう。
そう思うのにどうしてか目が彼女を追ってしまう。
「だからな、遠部。諦めろ」日下部くんが僕の肩をポンっと叩く。
「な、何がだよ。何を諦めるんだよ」
「とぼけても無駄だぞ。高嶺の花を手に入れるなら自分のスキルを身に着けねーと」
ニコリと日下部くんは笑う。ゲームじゃないんだから、と僕は大きなため息をつく。
休憩時間が終わる。笹崎さんは僕の斜め前の席だ。そりゃ視界に入ってもおかしくない。
ただ、なんとなく。なんとなーくだけど、彼女の弱点を知りたいと思っていた。
帰宅前に僕は先生に職員室に来いと言われた。
きっとこの間の数学のテストの点のことだろう。僕は数学が苦手だ。
苦手というより、きっと先生の教え方が上手くないからなんだと思う。現に休憩中に笹崎さんがクラスの子に教えていた授業の内容を盗み聞きしてようやく理解したぐらいなのだ。
「失礼します」
職員室の扉をあけ、数学の先生のもとに行くと先生と笹崎さんがいた。
「おう、遠部。お前こないだのテスト、やばかっただろ」
やっぱりその話だったか。でもできれば笹崎さんのいないところで話してほしい。
「はぁ」
「でだ。俺は忙しい身でな。お前に個人補習はできないから笹崎に頼もうと思う」
「は?」
「次のテストで平均以上取れるように、笹崎に教えてもらえ、な?」
な、何をいっているんだ? これは職務放棄というものではないのか?
「遠部くん! よろしくねっ!」
ニッコリと笹崎さんは笑いながら右手を差し伸べる。握手をかわそうとしている。
いやいや協定を結ぶわけじゃないんだから別に握手なんてしなくてもいいのでは? と思ったが男性本能はその手に触れられるチャンスを逃すなと言っているようで僕は笹崎さんと握手を交わした。
「う、うん」
「てなわけで、今日から放課後みっちり! 次のテストまでに分からないところ教えてもらえよ?」
だから、それは先生の教え方が悪いだけであって、俺のせいではない…。
でも理解して分かっている人もいる。だから先生のせいってわけでもないのだ。
「分かりました」
僕は自分の要領の悪さをそのせいにして職員室をあとにした。
「遠部くんって勉強できそうなのに、数学苦手なの?」
くるくる表情をかえ、長いサラサラの髪を左右に揺らしながら笹崎さんは言う。
美人、というより可愛い、というより綺麗。全ての言葉が当てはまる女性だ。
「先生の教え方、僕には少し理解しにくくて」
「なるほどね~確かにそうかも~!」クスクスと彼女は笑う。
「で、どうする? 今日さっそく居残り授業する?」
「別に僕は構わないけど」
むしろこの状況はラッキーだと思った。
成績優秀でこんな可愛い女性に教えてもらえるなんて、願ったり叶ったりだ。
そしてこの日から笹崎さんの個人授業が始まったのだ。
先生に言われてからほぼ毎日、自分たちの教室で僕と笹崎さんは数学の勉強をした。
時々息抜きで違う教科の勉強もしたけど。そんなある日のことだった。
「遠部くんはさ。幸せについて考えたことある?」
不意をつかれた質問だった。
「え?」
「いや、その~なんていうの? 数学みたいに答えがはっきりしないものじゃん?」
幸せという形には人それぞれの形がある。笹崎さんの言うことはなんとなく分かる。
「答えのはっきりしないものに対して、答えを出すのって難しいよね」
笹崎さんは頬杖を付き外を見ながら言う。その言葉に何か意味があるように見えた。
「笹崎さんは、その…」
「何?」
ニコリと笑いながら僕の方を見る。ドキっとした。心を見透かしているみたい。
「考えたことあるんですか? 笹崎さんは幸せについて」
「あるよ」
間もなく答えはかえってきた。
「幸せになりたいな~って」
笹崎さんはニコリと笑う。
この人でさえ、幸せになれていないという現実を知って、僕は凄く驚いている。
「遠部くんからみて私は幸せ者に見えてたりするの?」
「う、うん」
「ふーん。どの辺が?」
「…みんなに好かれているところとか、かな?」
正直僕は笹崎さんに憧れていた。僕自身、人に好かれることはあまりない。というか僕自身人見知りだし他人と距離をとりたがるしパーソナルスペースに土足で入ってくる人には嫌悪感すら抱く。笹崎さんにはそれをどんな人に対しても許している。
自分の時間だってあるはずなのに、僕の為に放課後残って数学を教えてくれている。
クラスのみんなが彼女に頼りたいという気持ちが分かる気がする。それを許してくれそうな、そんな人なんだ。
「好かれている…ねぇ。でもそれ、ただの見栄かもしれないよ?」
「見栄?」
「人に好かれたくて~嫌われたくなくて~演じているかもって思わない?」
突然何を言い出しているのだろうか。僕はなんだか怖くなった。
「独りが怖くてそうしているのかもしれないよ?」
僕はゴクリと息をのむ。
笹崎さんは変わらずニコニコしている。その笑顔がさらに恐怖を増幅させる。
「私の思う幸せっていうのは、好きな人に好きでいてもらうこと。それだけだよ」
好きな人に好きでいてもらうこと。それがどういう意味なのか聞こうとしたが笹崎さんは勉強を再開した。笹崎さん、一体何が言いたかったのだろう。もっと知りたい。僕の心の中は恐怖と期待で心がドキドキしていた。
帰りも一緒に帰ることになった。
「噂になっちゃうかもね?」
クスクス笹崎さんは笑う。
「なんでだよ」
「ま、いっか。なったらなったで遠部くんがフォローしてくれるでしょ?」
できるはずがない。茶化されたら僕はおどおどしてさらに怪しまれるに違いない。
「それはこっちのセリフです」
「んも~真面目だな~。あ、そうだ!」
コロコロと話題を変えては楽しそうに笹崎さんは僕に話す。
「ねぇねぇ寄り道して帰らない?」
「別にいいけど」
「やったー!」
両手を上げて笹崎さんは喜んだ。嬉しそうな笹崎さんをみて僕も嬉しくなった。
連れてきてもらったのはレトロ感満載の喫茶店だった。
「ここのパフェがね、すごく美味しいらしいの!」まるで子供のようにはしゃぐ。
こんな笹崎さんは見たことがない。子供のような姿なんてとんでもなく、日下部くんが言ってたとおり家族構成の立ち位置は姉、長女に値するような女性の印象なのだ。
そんな人が喫茶店のパフェなんかでこんなにはしゃぐだろうか。僕は不思議だった。
「ここのパフェね、超絶おいしいんだって~クラスの子が話してたのっ」
だったらその子達とくればいいのに。笹崎さんにはそんな人たくさんいるだろうに。
なんで僕となんだろう。
席に付き、メニュー表を開く。ランチや単品のご飯も洋食が主で、デザートもパフェやプリンなど子供向けのデザートが充実していた。
「遠部くんは何食べる?」
ニコニコしながら笹崎さんは聞く。
「僕は無難にチョコサンデーでいいよ」
「もしかして持ち合わせない? 今日は私から誘ったからだすよ?」
女子におごってもらうなんて男としてだめだと思ったが正直所持金があまりない。
「自分のは自分で出すよ」
落ち込むかとおもったらまたクスクス笑っていた。
「僕、なんか変なこといった?」
彼女が何考えているのか全然分からない。
「別に~遠部くんは、やっぱ違うな~って思って」
違う? 何が?
「すみませーん!」
笹崎さんは店員を呼び注文をした。僕も自分の分を注文した。
「遠部くんはさ、群れたがない性格でしょ?」
唐突に僕の話しをし始めた。なんでそんなことを笹崎さんは知っているのだろうか。
「集団行動が好きじゃないだけだよ。人に合わて生活すると気を遣って疲れるんだ」
「ふんふん」
「親友と呼べる人が1人いれば、僕はそれでいい」
「なるほどね~」
笹崎さんはお冷に入っている氷をころころ転がしている。
「例えばさ、その親友と呼べる人が自分を裏切ったら? とか思わない?」
「思うけど、思わないようにしている」
そんなこと思ったら相手に悪いだろ?
「その親友と呼べる人に無意識に甘えて、突然その人がいなくなったら?」
「その時はその時だよ。ショックは受けるだろうけど、僕は1人でも大丈夫だし」
僕がどうして集団行動が苦手なのか。
それは自分が傷つくのが嫌だからだ。集団の中にいることで安心していたらいつか痛い目にあってしまう。だから他人とは距離をとり、そんな僕をちゃんと理解している人には本心を見せる。でも全てまで見せない。絶対に。
「1人でも大丈夫ね~。でも数学は大丈夫じゃあないよね?」
「それはそれ。これはこれ」
「矛盾してるように思えるけど?」
「いいんだよ。僕は。それこそ笹崎さんにも距離を取っているつもりだけど」
この人のパーソナルスペースを侵そうとするものならば、僕は僕でなくなるようなきがする。まるで開けてはいけない扉を開けるみたいに。
「うん。なるほどね。じゃあ遠部くんは幸せにはなれないね」
ニコリと笹崎さんは笑うけど、それはとても悲しい笑顔だった。
僕はなにかまずいことを言っただろうか。それと同時に僕は凄く傷ついた。
「幸せになれないね」
今までの会話で彼女は僕に対してそう思ったのだろうか。
僕自身十分幸せだと思う。何不自由なく毎日を過ごしているし、こうやって高嶺の花と呼ばれる女子高校生と放課後に寄り道をしている。何がどうなってそう思うのだろう。変な空気を消し去るように注文していたデザートが運ばれてきたので僕たちはもくもくと食べる。
「遠部くん。遠部くんの思う幸せは何?」
パフェを食べ終えた笹崎さんは僕に問う。
「何不自由なく生きていけること、かな?」
「ふふふ、そんなのでいいの?」
「いけない?」
「ううん。ていうか訂正するよ。遠部くんは幸せになれないんじゃなくてまだ幸せに出会ってないんだね」
出会えてないというのはどういうことなのだろうか。
僕は本当に何不自由なく生きていることが幸せだと思うんだ。
でもそれは違うと彼女はいう。
「だから幸せについて考えてみたことあるかって聞いたの?」
「うん。あと、みんなとは違う答えを出してくれそうだったから」
「それはどういう意味?」
「みんなね、幸せだと思う時ってどんな時って聞いたら、彼氏といるとき~とか、好きなものをしているとき~とか、楽しいなって思うとき~とか。ありきたりだと思わない?」
「確かに」
「でも、遠部くんは違う角度から答えてくれるのかなぁと期待したの」
期待? こんな僕に?
「でも期待はずれ。遠部くんは幸せだって心から思ったことないでしょ?」
的を射たことを言われた。僕の思う幸せってなんだろうと考えてみた。
何も絞り出せなかった。つまり、僕はまだ本当に幸せと感じたことがないんだ。
何不自由もないというのはいいことだけど、それは僕の生活に何も変化がないということとイコールする。だから笹崎さんの言うことは正しい。
「ここにくれば幸せだな~と、思ってくれるかな? と思ったけどね」
悲しそうに笑った意味がようやくわかった。
笹崎さんなりに僕を楽しませようとしたのか。
「美味しいよ」
僕はめったにしない顔を笹崎さんに向けた。
「え、あ、ホント? ほんとに??」
「うん。美味しい」
ここにきて彼女は今日一番の笑顔を見せてくれた。
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