第4話
翌日、笹崎さんはちゃんと登校していた。
「委員長がいないと数学全然わかんないよ~」
「数学有るときはいてもらわないとうちらダメダメだよ」
「ごめんごめん!」
彼女は笑いながら謝っていた。
みんな頼りすぎだ。彼女の気持ちも知らないくせに。
僕は昨日の苛立ちがまだ収まっていなかった。同時に僕の勉強をみてもらうことも今日で最後にしてもらおうと思った。
休み時間に担任に話をするため職員室に向かった。
もう笹崎さんに勉強をみてもらうことをおしまいにすることを言うために。
本心ではないけど、彼女が親に叱られているのを見てしまったからにはやめてもらうしかない。
僕の成績より大事なことだから。
「失礼します」
僕は職員室の扉を開いたら担任のところに彼女がいた。
何か話しているようだったので、僕は後にしようと職員室をでようとしたら笹崎さんに気づかれてしまった。
「あれ? 遠部くん!」
すごく明るい声で僕を呼ぶ。僕は引き下がれなくなって先生と彼女のいるところへ向かった。
「何?」
「何って、遠部くんも先生に用事じゃなかったの?」
ニコニコしながら彼女はいう。
「まぁ。その」
「遠部、次の数学のテストは大丈夫そうか?」
「はい。おかげさまで」
なんか嫌な予感がした。自分から言おうと思っていたけど。
「そうか。今な笹崎から聞いたんだが、どうやら早く帰宅しないと行けなくなったらしくてな、放課後残れないそうだ」
予感は的中した。もしかしたらあの別れた後、母親から何かいわれたのか?
「僕は大丈夫です。むしろ申し訳なかったと」
「ごめんねっ。でも授業後ならみんな聞いてるし、遠部くんも聞いてきていいよ?」
おかしい。笹崎さんがずっとニコニコしながら言っている。
僕は寂しい気持ちになっているのに。そんな気持ちすらないような感じがした。
「笹崎もありがとうな。無理させたな」
「いえいえ、そんなことないです。楽しかったですよ」
まだニコニコしていた。僕は心配になった。
二人で職員室を後にし、教室に戻る途中で笹崎さんが口を開いた。
「あのあとね…」
彼女は足を止める。廊下に誰もいないのを確認して壁にもたれる。
「あの人にまた怒られちゃって。放課後、遠部くんに勉強を教えてるっていったら他人より自分でしょって言われて、今日学校に電話までしちゃったみたいで」
壁に持たれて下を向いてい横髪で顔が隠れている。
「成績落としてないんだけどなぁ~。どうしてそうおもっちゃうんだろうね。でも、先生から言われてしてたことだから先生も親が言うなら仕方ないって」
「僕は勉強はもういいんだ。それより、や…笹崎さんは大丈夫?」
「えー? 大丈夫だよ~。いなくなるわけじゃないんだし」
でも二人で勉強した時間はなくなる。僕はそれが寂しいと思う。
「もしピンチになったらいってね! その時は教えるからっ」
もたれていた壁から離れてまた笑顔になる。
いつもの彼女になる。
僕はここ数日、笹崎さんの何を見てきたのだろう。彼女は僕に勉強を見てくれていたのに、みんなに話したことないような自分の話しを僕にしてくれたのに。
これでさよならはなんだか虚しい。また続けてほしいとは思わない。だけど。
「あ、あの、笹崎さん」
「ん?」
「僕たちは、これでおしまいなのかな?」
「え? なにが?」
「またただのクラスメイトに、なるのかなって…」
「ふふふ、私たちは前もこれからもクラスメイトだよ?」
「で、でも、僕は!」
声をあらあげた。なかったことにされているみたいで。拒絶されているみたいで。
「僕は、僕を、笹崎さんにとってみんなとは違うって思っていてほしい」
この気持ちを何ていうのか、僕は分からない。分からないけど、言わないと気が済まない。
「そうね。あんなとこやこんなとこ、見られちゃってるもんね」
ううん。そうじゃない、そういう意味じゃないんだ。
「でも、ごめん。忘れて! 遠部くんが優しいからつい甘えちゃったんだよ」
手を合わせて謝罪をする。
「いままで、ありがとうね。さ、教室にもどろう?」
僕は何も言い返せなかった。止める理由もなかった。それは僕のわがままだからだ。
彼女の長い髪が揺れるたびに僕はこの数日で高嶺の花に近づきすぎたのかもしれない。
みんなの委員長、みんなの笹崎さん。
僕はそんな彼女の特別になったつもりだった。
「そうか」
僕はボソっという。
「なんか言った?」
聞こえたのか、笹崎さんは振り向いた。
「そうなんだ。僕は笹崎さんの特別になりたかったんだ」
いつも教室でみんなに囲まれている彼女をみて、彼女に憧れていたと思っていた。
でも違うんだ。
僕はその中に入りたいと思っていなかった。
その中でも軍を抜いて彼女に近づきたかったんだ。
そうか、この気持ちが【特別】なんだ。
「………え?」
「あ、ご、ごめん!!」
思ったことを声に出してしまい僕は我に返り口を手で覆う。
ちらりと彼女をみると、振り返っていて顔が赤くなっていた。
「…ごめん。でもきっとそうなんだ。僕は君の特別になりたい」
しっかりと彼女を見ながら言う。
笹崎さんの目が少し潤んでいた。そして僕の方へ向かってくる。
ドキドキする。
「とおるくん。その言葉に嘘はない?」
僕の目の前にきて、ずっと見つめる。
笹崎さんと僕の身長差はそんなになく真正面に彼女の顔がある。
なんだか恥ずかしい。
「うん」
「私の特別になりたいの?」
「うん。僕しか知らない弥衣さんがもっと見たい」
彼女が僕の頬を両手で触る。僕の心臓は更に高鳴った。変な汗もでる。
「ふふふ、そっか。嬉しい。本当に?」
まだどこか信じていないようだ。
「うん。僕は嘘付かないよ」
「ありがとうね」
彼女の手は僕の頭を触り、ワサワサと撫でた。
「ちょ、髪の毛がボサボサに」
「だめ、顔を上げないで…」
そういいながら笹崎さんは僕の頭を抑え込むように撫でる。
僕はずっと下を見ていた。
彼女の足元に一粒の水が落ちたように見えた。
僕は顔を上げて彼女の顔を見たいのに、両手で頭を抑えられているので頭を上げることができなかった。
「ごめんね、とおるくん」
そう謝った後、両手は離された。ようやく顔を見れると思いすぐに頭を挙げたが目の前にはあったのは彼女の後ろ姿だった。
「さ、次の授業はじまっちゃうよ」
彼女は振り向かず教室に向かっていた。僕は何も聞かずにあとを追った。
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