第5話 歴史的に見て「五人組」という名の集団が良かった試しはない

「―――で、現在、そのセルリアン・ブルウと、彼が連れてきた二人の士官、それに現地のローズ・マダーとコーラル。この五人が現在向こうの権限を握っている訳よ」


 それにしてもあんたはタフだね、とキムはつけ加えた。その感想にはコメントをつけ加えずに、彼はつぶやく。


「『五人組』って訳か」 

「そ。昔むかしからそういう連中の呼び方って変わってないね」

「全くだ」


 変わっていないのは呼び方だけではないだろう、と彼は思う。


「仲はいいのか?」

「さあぁ。歴史的に見てそういう集団が良かった試しある?」

「少なくとも俺は知らないな」


   *


 凶悪な程の色のコントラストをなしているだろう、ぬるつく床に両手をついて身体を起こした時、彼は自分の銃とナイフが無くなっているのに気がついた。

 

 地下牢だな。


 窓もなく暗く、空気もかび臭く澱んでいる。目を凝らす。波長を赤外線に切り替えて、視界をはっきりさせる。

 さすがに色は判らないが、壁のひび割れや水道管のゆるみは確認できた。


 昔と変わらない。いや昔よりひどくなっている。十二年前よりひどい、ということは、直す気もねえな。


 彼にとって好都合ではあった。

 軍服の状態を確認する。さほど手をつけられてはいない。どうやら自分が「軍警のコルネル中佐」とまではまだ確認されていない。対応が遅い。

 彼は胸ポケットを探り、煙草とライターが兵士からも水からも無事であることを確認した。

 フィルターの色を確認し、一本をくわえた。

 壁に背をもたれさせて火を点けた。煙をふかしながら、彼は天井に入った四角い切り込みを見上げた。

 地下牢の入り口と出口はそこ一つしかない。

 かつて自分はきっちりそこから脱出したものだ。

 だが同じ手を使って出られるという保証はない。そして当時と違い、現在の彼にはもっと楽な方法があった。

 とりあえずは、上より横を選ぶ。牢の入口出口は、階上一つしかなかったにせよ、地下自体が他の目的で使われていない訳ではないのだ。

 こん、ともたれた壁を軽く叩いてみる。材料費をケチったために腐食が始まっている鉄筋コンクリートの音だった。

 彼はしばらく、何かを確かめるようにぬるつく壁に触れていたが、やがて一つの箇所でその指を止めた。そしてその場所を、やや加減して殴りつけた。

 ぼろ、と腐食したコンクリートの一部分が欠け、こぶし大くらいの穴がそこに空いた。

 触れてみる。さすがに内部まで湿りとぬめりはさほどに広がっていないようだった。

 彼はシガレットケースから、薄い赤のフィルターの一本を取り出す。

 火を点け、先程空けた穴の上に置く。

 そしてゆっくりとその場から遠ざかる。


 十秒後、壁は音を立てて爆破された。


 彼はそれを確認すると、吸っていた煙草をぬるつく床に投げ捨てた。煙草は床の水気にじゅ、と音を立てて消えた。

 案の定、壁の向こうには蛍光灯の光が満ちていた。視界を可視光線に切り替える。

 クリーム色の廊下が長く続いている。人気は無い。

 廊下のワックスのすり減り方が少ない割には、片隅にほこりが丸く固まって、まるで生き物のようである。地下牢ほどではないが、空気も湿っぽい。

 だが全くの安全という訳でもない。階段をかけ降りてくる足音。どうやら爆発の音に気付いたらしい。


 何人だ?


 彼は耳を澄ませる。違うテンポが三つ。物陰に隠れ、近付いてくる兵士達との間隔を測る。階段の一番下の段に、着地する音。ほんの少しだけ響きが違う。

 素早く飛び出して、順繰りに当て身を食らわせる。三人ともまだ若い兵士だった。銃とナイフを奪い、階段を昇り始めた。

 治安維持部隊の建物は、田舎の惑星にありがちな背の低い旧式なビルである。

 かつては開拓地元軍の持ち物だったらしいが、現在は徴収されて中央軍の管轄となっている。攻略すべき場所がそう大きくないことは、彼にとって好都合だった。

 最新資料は既に頭にある。表向きの大目標は、最上階。そして裏の目標は―――


 三階に差し掛かったところで、追手がかかった。反撃開始。相手の数はやはり多い。奪った銃には弾丸が大して入ってない。確認しようとしていた所を、四人がかりで取り押さえられた。

 彼は悔しそうな顔をして。すると陣頭にやってきたコーラルは無駄なことを、とつぶやいた。


「貴官が誰だか判明したよ。軍警のコルネル中佐」

「……」

「カーマイン郊外で爆発があったが、あれは貴官のものだろう?」

「……」

「黙秘権を行使するか。では仕方がない」


 連れて行け、とコーラルはコルネル中佐を取り押さえている四人に向かって言った。彼はただ黙っていた。



「軍警のコルネル中佐だって?」


 報告に対し、声を挙げたのはセルリアン・ブルウ准将だった。


「知っているのか?」


 その場に居た佐官は訊ねた。


「知っているも何も――― 軍警内でも凄腕として有名だ」

「さすがに中央の方は情報量が違うな」


 何、とセルリアンは如何にも地方の名士を気取るような「同志」の一人をにらみつける。


「知らぬことを自慢にするな。ローズ・マダー大佐」

「これは失礼」


 ローズ・マダーと呼ばれた大佐は、エリート然とした中央の准将に軽く礼を返した。


「だが我々の地元軍の手で落ちるくらいなら、大したことはないでしょう。買いかぶりではないですか?」


 セルリアンは口をつぐむ。彼とて噂以上のものは知らないのだ。

 まあまあ、とその二人の間に、やはり中央からやってきた士官であるカドミウム大佐が入る。


「だったら皆で奴の尋問をご覧なされば良いでしょう。いずれにせよ、軍警が何を目的として彼を派遣しているのかは探らなければなりますまい」


 尋問室へと大の大人達はぞろぞろと歩いて行った。

 元々は第二放送室だったらしい。ブースの向こう側とはガラスで区切られていた。

 コルネル中佐はうなだれて、金属製の拘束具のついた椅子に固定されていた。


「何だ貴官らは」


 そこには既にコーラルと、そしてもう一人「五人組」の一人、インディゴ大佐が居た。

 インディゴは、自分達の捕まえた奴に何か手を出すつもりか、と言わんがばかりの目で入ってきた三人を眺めた。

 五人組が入ってしまうと、元々大きな部屋ではない尋問室は、ひどく狭くなり、他の兵士の入る余裕が無い程だった。

 セルリアン准将は、尋問が終わったら後で処理のために呼ぶから、と兵士達に出ているように命令した。

 処理の意味を知っている兵士は、あまりいい表情はできなかった。

 ブースには旧式の尋問用の神経拷問装置が用意されていた。最近は良く使われるらしく、機械にほこりが積もっている様子はない。


「使い方は判るか?」


 セルリアンは誰ともなく訊ねた。コーラルは自分の上官に視線を渡す。


「知らないことを自慢にするのかな?」


 ローズ・マダーはブースに入ると、だらんと力が抜けた状態のコルネル中佐の真っ赤な髪の上に、機械の端末を取り付けた。

 悪趣味な頭だ、とローズ・マダーはつぶやいた。まるで血の色だ、と。


「旧式だが、意外に有効だ。個人の過去の内、最も過酷な部分を増幅させて追体験させ、それを繰り返す」


 ほお、とカドミウムは感心する。


「まあそれが基本なのだが、情報を映像化できる優れものでもある」

「旧式とは言えそうそうあなどれるものでもないという訳だな」

「そうだ」


 ふん、とインディゴは鼻を鳴らした。

 だがモニターに目をやった彼らは、次第に顔色が変わっていく自分達に気付いた。

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