第4話 とりあえず捕まってみようか

 生存反応は、と彼は通信機のスイッチを入れた。

 防衛ラインに突入した機体十機の内、四機を残して撃墜。

 クリムゾンレーキの領空星域から多少離れた所に中途待機組を残し、軍警の上陸隊は、一人乗りの戦闘機で侵入を試みた。

 ところが、相手の戦力の状態を見誤った。

 いや、見誤った、と言うのは正しくないかもしれない。データの更新がされていなかった、というのが正しい。

 クリムゾンレーキは、人員改変以来、「入り口」の鍵を厳重にしたらしい。対空防衛ラインの戦力が春以前のデータの二倍三倍となっていた。


『はいアンバーです』


 中佐はようやく一人と連絡がついた。


「生きてたか。現在何処に居る」

『すみません。カーマイン郊外に墜ちました。そこから向かいます』 

「いやいい。他に無事な者は居るか?」

『ビリジアンとボルドウが。マゼンタもこの近くに』

「では作戦変更。お前達は周辺の地元軍に警戒を回せ」

『と言うと』

「少なくとも全部が全部、今回の首謀者に従っている訳ではないだろう。カーマイン中央放送局を押さえろ。そこから近い筈だ。基本的手順は、最初のものと同じ。応用を効かせろ」

『はい。でもよく御存知ですね』

「お前らは都市地図も見てないのか? それとも俺の部下はマニュアルがなければ動けない馬鹿か?」

『は』 


 通信機の向こう側で恐縮している表情が見えるようだった。


「放送局を占拠し、管制塔以外の地区に、軍警が動き出した旨を伝えろ。ここの連中は他星の連中に比べても基本的に熱しやすく冷めやすい」

『はい』

「では行け。俺からの通信が48時間経っても、そっちか中途待機組に無いようなら、お前らがそっちに連絡しろ」


 彼はそう言って通信を切った。

 管制塔を押さえるのは自分一人か、と彼は改めて思った。

 似たようなことは過去にも何度かあった。困難は困難だ。だが、それは逆に彼の本業の遂行のためには好都合な状況でもあった。

 銃とナイフ、それに軍服の状態を確認すると、彼は自爆装置を三十分後にセットした機体から降りた。



 カーマイン市は惑星クリムゾンレーキの首府である。

 だが郊外惑星の首府というものは、「中央セントラル」の惑星の郊外都市ほどの規模はない。

 生活水準は辺境の開発惑星に比べれば高いが、中央の都市部に比べれば格段に低い。故に軍備もそれに比例する。

 ところがこの町には妙に軍人の数が多かった。

 彼は肩と襟から軍警の印である黒星を外して歩いていた。それが無ければ彼はただの佐官としてしか見られることはない。

 軍服が同じであることは好都合である。カーマインの中心部を堂々と歩いていたとしても、地元軍に紛れ込むことすら可能だ。

 もっとも現実的問題として、に彼が人々の間に「紛れ込む」のはまず無理だった。

 彼の特異な容姿は、否が応でも人々の目を引く。彼自身もそれを充分すぎる程よく判っていた。普段はそれを利用してもいるくらいなのだから。

 そして、ここでもそれは利用すべきものだった。


 カーマイン市の中心街は、奇妙に浮き立っていた。

 建物の壁のあちこちに、走り書きのような字体の宣伝アジテートポスターが貼られ、モニターからはひっきりなしに毒々しげな映像が繰り返し流されている。ろくでもない音楽が、語呂合わせにもなっていないコトバを乗せて流れている。

 またか、と彼はつぶやいた。十二年前と同じだった。

 この惑星の人間は、学習能力がないのか。

 彼は立ち止まり、ポスターを見上げながら思う。言葉の調子も全然変わっていない。

 ふと彼は背中に視線を感じた。そろそろだな、と彼は思う。遠巻きに、自分が見られているのを感じる。

 軍の衣服は、その人物の立場を一目で識別できるように作られている。

 彼が軍警の印を外したとはいえ、佐官であることは多少なりとも軍に関係している者なら、一目で判るものだった。


 ―――こんな佐官は居ただろうか。


 そんな疑問をはらんだ視線を感じる。いい傾向だった。

 例えば、10人で管制塔を攻め落とすのなら。その時はその時の方法がある。

 だが一人となると話は別だ。外側から力任せに攻め落とすという訳にはいかない。

 視線の数が増えてきた。

 そう感じた時、彼はいきなりポスターに手をかけ、大きく斜めにそれを破りとった。

 周囲の兵士が飛び出してくる。

 彼はゆっくりと振り向く。

 傾けていた帽子をかぶり直すふりをする拍子に、彼はその金色の目でぎろり、と取り囲む兵士を睨む。

 険悪な雰囲気が辺りに広がる。彼はにやり、と笑う。一触即発の空気が広がる。

 壁を背に、彼は人数を確認する。

 三十人は居る。

 よくこれだけの人数が隠れていたな、と思った。

 彼はポケットに手を突っ込んだ。一瞬周囲は、何をやらかすつもりだ、とざわりとうごめく。

 シガレットとライターが取り出される。平気な顔で中佐は一本口にくわえると、両の眉を大きく上げ、破れたポスターに向かって煙を吐き出す。

 密度を増した険悪な雰囲気の中から、一人の佐官が進み出た。肩と襟には、彼と同じだけの星が付けられている。


「中佐」


 はん? と彼は呼ばれた方角に顔を向ける。


「今、貴官はポスターを破っていたようだが」

「如何にも」

「何故そんなことをする?」

「下手だからさ」


 彼はあっさりと言う。


「上手下手の問題ではなかろう、中佐。これは我々の主義主張の書かれたものだ。それを平気で破ることができる貴官の神経が判らん」


 真面目なことで、と彼は内心つぶやく。


「だが酷いモノは酷い。色もレイアウトも字体も全くなってない。せっかくのお題目が泣くぜ」


 くくく、と彼は笑う。明らかに質問者は気分を害したようだった。


「失礼だが貴官の所属は?」

「聞かれる前に名乗るのが礼儀じゃねえ?」


 そう言われれば、ここの地元軍の連中は名乗る。妙なところで礼儀正しいここの風潮を彼は知っていた。変わっていなければ、の話だが。 

 何となく彼には、この男には見覚えがあるような気がするのだ。


「私はコーラル中佐だ。そう言って判らないのなら―――」


 彼は黙って軽く目を細め、煙草をふかす。


「貴官を逮捕せねばなるまい」


 ざっ、とそこに居た兵士が、すっと挙げられたコーラル中佐の手の動きに応じて動き出した。容赦はなかった。彼は彼で、一応反撃の真似をしてみせる。

 だが一般的に、三十対一で勝てる訳はないことになっている。

 彼はあっさりと意識を手放した。

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