第3話 「人間じゃない奴が何を言ってる」
「セルリアン・ブルウって奴が居たんだよ。帝都の防衛隊に」
あの日、キムは一段落した後、中佐のすぐ側で言った。
中佐は一息、とばかりにシガレットの煙を揺らしている。
「お貴族様だ。それも帝国発祥の辺りからの侯爵家。ところが近年奴は、地下組織に手を出している」
「何故だ?」
「金になると踏んだんじゃないか? 間違っちゃいないけどさ」
「間違ってはいないな。だが素人が下手に手を出すと自爆するだろうに」
「そこまでは気付かない奴ってのが多いのよ。地下活動なんて基本的には赤字なのにさ。ボランティアと思ってる奴も多いしさあ。まあ何かしら他の理由もあるだろうし、元々熱い奴なんじゃないの? 家庭の事情とかさ。経緯なんて色々あるだろうさ」
俺には関係ないけどね、とキムは言いたげに天井を見上げた。
「何はともあれ、奴が『伯爵』のルートに近付いてきたからさ、Mの指令で、防衛隊の方をどうにかするべく試してた訳よ。ところが奴が転属になった。接触してきた頃は大佐だったのにさ、准将に出世のおまけ付きでさ」
「で、クリムゾンレーキに出向いた?」
中佐はやや目を細め、栗色の長い髪を手に取って巻き付ける。少しばかりキムは嫌そうな顔をする。
「そ。現在の地元軍のトップはセピア少将。でもこの場合の少将ってのは、帝都から派遣された准将と同じか、ちょっと下ってことになるよね。地元軍は立場が弱い。ついでに言えば、ここのセピア少将ってのは気も弱くって、結局は、ここのナンバー2のローズ・マダー大佐とナンバー3のコーラル中佐が実権を握ってる」
「ローズ・マダーとコーラル?」
「何あんた、知ってるのかよ?」
「まあな」
ふうん、とキムは面倒くさげにうなづいた。
「で、その2番と3番が、どういう訳か、セルリアンの奴と接触をはかった。そもそも俺はセルリアンの方に、任期の三年をしっかりかけてそこに我らが『MM』の支部的なものを形作れ、と言っておいた。なのに、三年どころか、二ヶ月でいきなり地元軍と手を組んで『独立運動』だ。『独立運動』だよ? 馬鹿じゃねえ? 我らが
「勇み足どころか暴走だな」
呆れた、とばかりに中佐はシガレットを押しつぶした。
「そ。駒としては
「少なくとも
「俺の人選がまずかったと言えば、それまでだけどさ」
「えらく弱気だな」
「弱気? 違う違う。単なる感想よ。人生長いからそういうことは色々あるって」
「人間じゃない奴が何を言ってる」
「あんただって大して変わらないだろ」
*
「中佐、お願いがあります!」
打ち合わせをしていた中佐は顔を上げた。それは先ほど声を上げかけた部下だった。
「何だ、アイボリー少尉」
「今回の作戦に、自分も参加させて下さい」
「駄目だ」
中佐は即答した。だ
がアイボリー少尉も引き下がらなかった。
正直、この上官に自分から声を掛けるのは、このまだ士官学校を卒業したばかりの彼にとっては非常に怖いことだった。だが。
「お願いします」
「知り合いが居る奴は基本外す」
「は!?」
何故判るか、といいたげな表情だった。当然だろう、とコルネル中佐は思う。
「作戦の前段階で調べはついている。それにお前は顔に出すぎる」
は、とアイボリー少尉は真っ赤になる。そしてそれに追い打ちを掛けるように中佐は続けた。
「下手にそんな奴が居ると足手まといだ」
「は、はい…… それはそうなんですが……」
「判ったら、行け。お前の任務は何だ?」
「はい、あの、自分の役目は中途待機の通信です」
「判ってるならいい。準備を急げ」
はい、とアイボリー少尉は引き下がった。姿が見えなくなると、上陸隊の一人に任じられたアンバー中尉がつぶやいた。
「行きたいだろうな」
「知ってるのか? データ的な意味以上に」
中佐は片方の眉を上げ、ちら、と部下を見た。
「あの10人の中の、セルリアン准将って人が、昔、奴の父親と友人だったと聞いたことはあります」
「ほお」
「さすがに奴が士官学校に行ってからは会うこともなかったらしいですが、元々憧れて軍に入ったとか言ってましたから……」
「詳しいな」
コルネル中佐はくくく、と笑った。は、とアンバー中尉は顔を赤らめた。そして中佐はそのまま笑いを引っ込めることなく、次の言葉を続けた。
「だが感情が出るのはいかん。我々はこの場所を奪回しなくてはならない。無論基本は無血開城だ。無血逮捕がベストだ」
上陸隊の顔が引き締まった。
つまりは、基本は基本で、知り合いだろうが何だろうが、いざとなったら殺せ、と上官は言っているのだから。
彼らは上官の笑顔を最も恐れる。
「クリムゾンレーキは結構大気圏外の防衛ラインがきつい。まずそこをくぐり抜けるのが先決だな」
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