第6話 夢の入り口
―――何処だっけ。
彼は思った。
陽射しが白く、目を刺す。
見覚えがあるような、無いような。紅葉の時期。石畳。
ああそうだ、これは過去の映像だ。
中佐は自分が夢の入り口にあることに気付いた。これであと少し身体を押せば、その中に入れるのだ。
景色は鮮明だった。懐かしい石畳。街路樹の紅葉。この時期になると、この惑星の名と同じ色に、木々は姿を変える。
陽気でやや切なげな音楽が通りに流れる。安物のクラリネット。手回しオルガン。小さなシンバル。色とりどりの風船。子供達の笑い声。秋の収穫祭だ。
クリムゾンレーキの首府カーマインは、最高の季節を迎えていた。
もともと温暖な農業惑星としてスタートしたこの惑星では、農業の一区切りごとに何らかの祭りがある。そして収穫祭はその中でも最大の規模をもって行われるものだった。
「***中尉!」
自分の名を呼ぶ声。まだコルネルと呼ばれる前の。
彼は振り向いた。自分より襟と肩に星一つづつ多い士官が明るく手を振っていた。
「ローズ・マダー大尉。休暇ですか?」
「いや、所用で出てきた。君は?」
「休暇です。マンダリン街の実家まで一度戻ろうと思って」
「ああ、そうだな。あの辺りも祭の季節か」
はい、と彼は答えた。四歳上のこの上官は、クリムゾンレーキの地元軍の士官学校時代のよき先輩だった。
ローズ・マダー大尉は卒業してすぐ、中央軍の方へ研修に出たが、戻ってきた時にちょうと彼は士官学校を卒業して少尉となっていた。それから彼はローズ・マダーの部下という位置に居た。
「できれば今回は、戻らなくて済むかな、とも思っていたんですが、妹の結婚式があるものですから」
「ああそれは。おめでとうと私からも言わせてもらおう」
「ありがとうございます」
彼はカーマイン市郊外に生まれ、クリムゾンレーキの普通の青年が送るコースを順当にそれまで生きてきた。
そしておそらくこれからも、順当に、穏やかにこのまま日々を送っていくのだろう、と考えていた。
裕福ではないが、かと行って貧乏でもない家に生まれ、技術中学を卒業後、士官学校へ入った。
実技は上等、だが全体の成績をトータルすると中の上の成績。何とかそれでも一つも落第することもなく順当に少尉になった。
真面目な仕事ぶりが効を奏して現在は中尉。両親は健在、妹はこれから好き合った男と結婚する。
自分は幸せなうちに入るのだろう、と彼は思う。上官もいい人だ。
たった一つの気がかりを除けば。
「ところで***中尉」
「何ですか」
「例の話は考えてくれたか?」
彼は顔を軽くしかめる。気がかりはこれだった。
「例の件に、参加するか、ということですか?」
「そうだ」
「それだったらお断りしたはずです。興味はないですから」
例の件、とは。それは「ちょっとした活動」だ、とローズ・マダーは彼に説明していた。
「大尉のおっしゃることは理解できます。確かに現在の中央軍の兵士の我々地元軍に対する対応は決して良いものではない…… だけどだからと言って、言葉ではなく行動で抗議するというのは」
「角が立つのは困る、と言う訳か?」
はい、と彼は素直に答えた。それは彼の本音だった。
「だって大尉、これは…… クーデターってことじゃあないですか?」
クーデター、という言葉で彼はトーンを落とした。滅多に軍人が言ってはいい言葉ではなかったのだ。
「だがな***、これはクリムゾンレーキ全体の問題でもあるんだぞ」
またか、と彼は思った。
ローズ・マダーは決して悪い人ではない。だが、問題を大きく考えすぎるところが彼は気になっていた。何かが引っかかるのだ。
大尉はこぶしを握りしめて力説する。
「中央軍の方へ派遣されていた間、それはずっと私の中でくすぶっていた……」
彼はうんざりしながら、いつものように始まった話を聞き流していた。聞きながらも彼は、何処で会話を切ろうか、とずっと考えていた。
だがずるずると話は続く。
ある程度で、その区切りは掴めるはずだった。ところが、その日は別だった。いつもと違う言葉が、出てきた。
「実は、コーラルはこの計画に賛同してくれたんだ」
「コーラルが?」
コーラル中尉は、彼の同期だった。彼より実技は弱かったが、全体的な成績は彼より上で士官学校を卒業していた。
「彼からも一度話を聞くといい」
ローズ・マダー大尉はそう言い残すと、珍しく自分から話を切って行った。
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