第伍拾壱話
俺がなんとか生きてル=ルイエーから帰還して、その上で
見送りには来てもらってはいたが、何せ軍機扱いなので途中から入れないところがあるからなぁ。みんな来てくれていたが、車塚が送迎ということで戦々恐々としていた。でもいざとなったらあの暴走を止められる奴はそんなにいないと思うぞ。頼りにしてるぞ、車塚、桂木、五條。俺の「目」が失われたら俺は帰って来れないからな。
俺が乗り込んだのは空母の鳳翔である。鳳翔って船は、平べったい船だなぁ、というのが正直な感想である。甲板が、広い。何にもない。ちょっと走ったら面白いかもしれない、と思ったりする。甲板をみんなで掃除しているのを、ちょっと手伝ったりした。波がない時は掃除しやすそうである。
俺もさすがに、ル=ルイエーに行くまで何もしないってのもあれなので、教えられるほどじゃないぞといいつつ剣など教えている。いくら訓練している海の男とはいえ、剣を習熟している奴ばかりではないこともあって、想像以上に一方的に攻めてしまえる。
「我々刀で戦うことないですよ普段」
と下士官には言われたが、何があるかわからないじゃねぇか、いざって時に備えておけと艦長の命で俺がしごけとのことだ。可哀想に。でも邪神に襲われても、俺全員助けられないかもしれないぞ。だからそういう意味でも、鍛えておいてもらうのは悪いことじゃない。
俺も逆に複数人相手の訓練とかをして、それでさらに強くなることを目指していくことにした。今のところ素人水兵8人までは同時に相手にできる。
「寺前さん、あんた化け物かなんかかよ……」
俺が蹴り飛ばした水兵が、額を押さえながらぼやく。化け物て。いやこれまで散々とんでもない連中の相手はしてきたけど。
「寺前って、ひょっとしなくてもあの?」
「函館で羆斬ったって聞いたぞ」
「俺横浜でオオダコぶち殺したって聞いてる」
なんでそんな情報が漏れてんだよ。その噂の主だということで、訓練が終わったあとみんな代わる代わるやってきていろいろ聞いてくる。
「というわけで寺前さんよ、噂は本当なのかい」
「噂っていうか今のは大体事実だな」
「じゃあ……女4、5人囲ってとっかえひっかえしてるってのは……」
誰だその悪質な噂流してるやつは!そいつ捕まえないと!
「そんなわけねぇだろ!どこで聞いたんだその噂」
「いや、松原大佐が言ってた」
大佐あああぁぁぁぁ!!!よりによっておまえなんてこと言いやがる!!!
「いっつも女の子がひっついてるって聞いたな」
「俺も聞いたが、それは確か大澤中佐からだったな」
中佐もかよ畜生!!!海軍の中で俺はどういう扱いなんだよ!!!
「そんなわけねぇよ!勝手に噂流すな!」
「うーん……でも松原大佐が『あいついつか刺されるぞ』って言っていたが……」
刺されるの俺?なんで?
「あんなによってくる女の子たちをどうするんだって言ってたぞ。揉めそうだなぁ、って」
「他人事とはいえその言われ方はなんかやだ」
「まぁとにかく、無茶するなよ。海軍にももてる奴で刺されたやつも結構いるからな……」
「海軍ってもてるの?」
「……陸さんには悪いがもてる」
陸さん……可哀想です。
「でも寺前さんほどの奴はそんなにいないぞ」
「いたら困るわ」
何笑ってんだよおまえら。やべぇ、日本に帰ったら逃げないと。
「ん?寺前さんどうかした?気分でも悪くなったか?」
「いや、そんなわけでもないけど……」
悪くもなるわ、明日は刺される身とか言われて笑ってられる奴そんなにいるかよ。代々木たちに勝っても、俺の命がまずいことになってる。どさくさにまぎれて逃走も考えないとな。
「まぁル=ルイエーまでは俺たちがしっかり見張っておくし、作戦が成功したらきちんと日本まで送るから」
なんか見透かしたように言われて、すげぇ不安になってきた。刺されないようにするにはどうするか考えておこう。
そんな心の不安をよそに、航海は順調に進む。海軍の飯はうまい。麦飯なのがたまに傷だが。
金曜日はみんないい笑顔している。どうも麦飯か麵麭というのはみんな嫌いらしい。それならとトーラスに持たされたオートミールを試食させると、もっと扱いが酷かった。
「寺前さん、あんたなんで馬の餌食べてるんだよ」
「人間の食うものじゃない」
「ここまでしないと強くなれないのか」
などと無茶苦茶なことを言われる。結局朝は、俺一人で牛乳と一緒にオートミールを食べる。オートミールも大量にある。泣けてくる。
そんな平和な航海だったが、ル=ルイエーまであと数百キロのところで事態が急変する。
「イギリス軍の偵察機が未知の艦隊を見たと!?」
「そうです。どうしますか?」
このままル=ルイエーを目指すか、それとも……艦隊戦をするべきか……。俺の決めることではないが……。
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