第伍拾話
ダゴンを仕留めた俺たちは、しばしの休息に入った。決戦の地ル=ルイエーに向かうためにも、英気を養わねばならぬ。そのためには、うまいものでも食べて、ゆっくり休む、それが一番だとは思う。何しろ神戸だの函館だの行ったり、邪神と戦って戦っての繰り返しだ。休ませろ。
幸いにしてダゴン撃破後、邪神連中の動きがない。星御門
どうせ星辰の関係上タイミングは決まってんだ。ゆるゆる行けばいい。宮本武蔵が巌流島に行ったのだって、
と、思っていたのだが。
「資星堂ですよ寺前さま」
「あ、あぁ」
「あの資星堂ぱぁらぁですよ寺前様」
「わかってる……」
今俺は、霧島さんとともに資星堂パーラーにいる。値段が怖い。今の時期アイス食べるのどうなんだと思うのだが、かと言ってここ来てアイス食わないという選択肢もない。結局俺もアイスに手を出すことにした。
「濃厚ですね……」
「旨いな……」
値段の分だけあるわこれは。周囲を見ると来客も上級国民の皆様のようで、食べ方も結構丁寧である。俺たちのような一般人が来るところではなかったのではないか?
「お姉様にも食べさせてあげたかったですね……」
霧島さんに前に聞いたことがあった。彼女の両親も、お姉さんも邪神の眷属に殺された上、彼女だけが日比谷に捕らえられたと。狙いは彼女の資質だったようだ、とは星御門に聞いている。確かに彼女は、短期間で俺や五條の動きを目で追え、しかも邪神の探知までできるようになっている。そんな資質の持ち主ともなれば、利用価値はいろいろとあっただろう。……敵に回してしまったら逆だがな。
「そうだな……こんなこと……もう終わらせないとな……」
俺のその呟きを、霧島さんは俺の目を見つめながら聞いている。
「寺前様」
「ん?」
「終わらせて、ほしいです。でも、寺前様には、無事に、帰ってきてほしいです」
「安心してくれ。俺だって死にたくもないし犠牲にもなりたくない」
危険がないとはいわないだろうが、俺なら生きて帰れる可能性があると御隠居も太鼓判を押してくれたわけだ。だから俺は決死隊ではない。生きて、帰ってくる。
「俺この戦いが終わったら、旨いもん食べ歩くんだ。御隠居の金で」
「まぁ」
「星御門にも奢らせる。トーラスは……なんかろくなもん奢ってくれなそうです」
「ふふっ、トーラス様らしいです」
「それから、霧島さんにも先引屋奢ろう」
「今日じゃないんですか!?」
ふくれてもだめ。だって
「約束させてくれ。必ず帰ってくるから」
「もう!約束ですよ!帰ってこなかったら無理やりあの世からでも異界からでも引きずりだしますからね!」
そんなことできるの!?あの世は無理だろうけど異界はできそうな気がしてきた。怖い。かわいい顔して恐ろしい。代々木、この子たち敵に回したのは失敗だったぞ。
「わかったわかった。帰ってくるから」
「約束破ったら承知しないですよ!」
「そういえば、だ。いつもついてきてるあいつらは、まさかいないよな?」
「今日だけは譲ってもらいました」
「えっ?」
「『悔しいけどあいつ引き止められそうなのあんたしかいない』って八木さんが」
引き止める……そうか。なんとなく勘付かれているのか。
「寺前様。日本に戻ったら、どうするんですか?」
「んー……ぶらぶら、するかな」
「遊民!?」
高等遊民じゃないんだから、そんな驚かないでほしい。
「せっかくきちんと仕事ついてるのに……遊民はちょっと……」
「別に俺仕事したいわけじゃないんだが」
「だいたい寺前様が邪神斬らないなら誰が斬るんですか邪神?」
「五條さんとか」
「あー……」
納得されてしまった。俺は別に邪神斬りたいわけじゃないし、羆とか人間なんてなお斬りたいとも思ってはいないんだよ。そりゃ今は悪人相手や邪神相手に戦ってるけど、好きで戦っているわけでもない。平和になったんだったらぶらぶらしたい。
「でも寺前様、かたちだけでも仕事にはついてた方がいいです。何かあると警察に睨まれますよ」
その発想はなかった。
「それに世間体も悪いじゃないですか。仮に子供とかできたらどうするんですか」
「そんな先のこと……」
「寺前様!」
そうだこの子も
「霧島さん、こういう話を聞いたことがある」
「なんですか?」
「『俺戦争が終わったら結婚するんだ』って言ってたやつから戦死するって」
「そんな」
「そう、だから俺はあえて言わない。言わないなら、生きて帰れる」
「わかりました」
わかってくれたか。よし、これで確実にぶらぶらできる。
「帰ってきたら、真っ先に迎えに行きますから!」
「それは……わかった。これたら来てくれ」
「だから絶対戻ってきてください!約束ですから!」
帰ってはくるさ。帰ってくるけど……ぶらぶらはする。絶対にだ!
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