第肆拾玖話
激闘の夜から一晩が明けた。
横須賀のドックはダゴンの死骸による臭いが酷い。
俺は横須賀の海軍病院で、怪我の治療を受けている。大した怪我ではなかったとはいえ、ドックであちこち打撲していたのは地味に痛い。魔剣があるから回復は早かろうが。……人間辞めてないだろうな俺?そんなこんなで治療後に海軍の麦飯カレーを食っている。大澤中佐のやつが旨いか?旨いだろ?と煩い。静かに食わせろ。旨いけど。そして何故か。
「くっそ海軍ってこんな旨いもん食ってるのかよ!」
「でも麦飯だけどいいのか?」
「麦飯かぁ……でもこれ旨いだろ寺前」
「旨い。……なんで中尉もいるんだ?」
「一応検査してもらった。寺前に比べたら軽傷だが」
桂木中尉も食ってる。旨い旨いと言いながら食ってる。いや旨いのは確かだが。
「カレーの旨さがわかるとは、陸軍にしては見どころがあるな」
「普通にカレーが旨いのは知ってるっての。前線では絶対食えないだろうけどな」
「何故だ桂木中尉?」
「匂い!いい匂いだけど、こんなん前線で食ってたら匂いでばれるだろ!」
なるほどなぁ……陸軍も大変だ。大澤中佐は若干驚いた顔をしている。
「その発想はなかった」
「いや、海軍だと匂い漏れるとかないだろうからな。それは」
「むう……陸軍にもカレーの旨さをもっと知らせたいのだが」
カレーを布教してどうするんだよ大澤中佐は。日本を
「お見事だったようだな大澤中佐」
「松原大佐!どうしてここに?」
「諸君が倒したダゴンの回収に来た」
ダゴンの回収?どういうことだ?
「これだけの巨体を持ってすれば、海軍の艦の遺物化もできる。つまり……ルルイエ攻略が現実味を帯びる。そういうことだ」
「いよいよか……」
「連合艦隊だけでは戦力的に厳しいが、遺物化を他国にまでさせるのは困難だろう。そこで、我が国の艦を米英に護衛してもらう」
日・米・英の艦隊か……凄いことになってるな。
「ルルイエ攻略に際しては、大型の邪神の船がヨーロッパの海戦場から出現したとの話があるな。そいつらが敵だ。戦艦も少なからず存在する」
「ドイツの艦か?」
「もあったな」
まさか戦争で沈んでた船を再利用してくるとはな。危険なことこの上ない。邪神艦隊がうようよしているルルイエに突入する必要があるというわけか。松原大佐もカレーを持ってきている。
「みんなカレーなのかよ」
「今日は金曜日だぞ?海軍が金曜にカレー食べないでほかに何を食べると?」
海軍ってそういうもんなのか?松原大佐の言に俺は疑問符を覚える。
「海の上の習慣だからな。君もルルイエ攻略に行くなら金曜はカレーになる」
「カレーは好きなので大丈夫だ」
「それはよかった」
そうか……俺もルルイエに向かわないと行けないんだな……これまではそこまで現実味を持ってなかったけど、こうなってくるとどうすればいいか考えねばならない。
昼飯のカレーを平らげると、俺と桂木は横須賀から上野まで帰ることになる。そういえば、車塚はどうしたんだろう……と思っていたらいたよ。
「お疲れさまでした」
「おう。帰りは安全運転で頼むぞ」
「はい!」
「……死ぬかと思ったぞ……みんなが震えてたのがわかった……」
わかっただろ桂木。その上俺たちは邪神踏んだり邪神の間すり抜けたりしたからな。最高速は今回のが早かったが、前回のが酷い。帰りは安全運転だったのはいいんだけど、もうそろそろこの車に乗るのが心的外傷だ。心の傷は、なかなか消えないんだぞ。
ダゴン撃破により海軍は対邪神戦闘力を得た、それはいい。ルルイエ中心殴り込み艦隊も用意できそう。それもいいだろう。俺は星御門の館でその辞令を受け取った。
「来年頭に出航か」
「はい。ですので寺前様は艦隊の『護衛』をしていただきたいのです」
「ちょっと待て。護衛されるのは俺なんじゃないのか?ルルイエに殴り込みかけるために」
「無論艦隊戦ならばそれでいいのです。邪神がそのまま来た際に、海軍だけでは対処しきれない可能性があります。それを潰したい」
なるほど……今回のダゴンも結局止め刺したの俺だったしな。そういう意味では護衛は必要か。油を引いた魔剣が呟く。
『また海の上か。錆びそうだな……』
「仕方ないだろ。離れ小島もいいところなんだから」
『きちんと掃除しろよ』
面倒くさい魔剣だな。お前村雨に形態変化して水流せるだろうが。などと雑談をしているところに、霧島さんがやってきた。
「ん。霧島さん?」
「あのっ」
「なんだ?」
「もうすぐ行くんですよね?ルルイエ」
「ああ」
霧島さんがやや大声でいう。
「だったら!その前に、行きましょう!」
ああ……そうだった……いくらになるんだろう。資星堂パーラーと先疋屋……俺は思わず財布の中身の札の数を数えた。給料日前だけど、結構ある……これから消える金のことを思い、俺は心の中で涙を流した。
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