第肆拾漆話


 大澤中佐がダゴンの触手に押しつぶされそうになっているのを見た瞬間、俺は猟犬のごとく駆け出していた。そのまま一気に魔剣を触手にたたきつける。触手がずれながら、地面に音を立てて落ちる。大澤中佐がそれをみて、ぎょっとした表情を見せる。


「なっ……どういうことだ!?音すらしなかったぞ!?」

「そういう相手なんだよ、こいつらは」


 俺はこともなげに言ったが、内心では危なかったと冷や汗をかいていた。こんな奴でも死なれたら寝覚めは悪い。


「ここまで化け物なのか……!」

「そうだよ。わかったらさっさと引くなり関係各所に連絡するなりしろ」

「くっ……松原大佐はこいつに一太刀浴びせたというのに……」


 一太刀ってもんじゃないけどな、魚雷だし。あんなの食らって生きてるこいつなんなのっていう気もするけど、こんな風にいきなり出現してくるこいつの動き読んで魚雷ぶち込む松原大佐の方が化け物なんじゃないかって気がする。大佐だけは怒らせないようにしよう。


「いいから早く撤退しろや!お前庇いながらこいつの相手とかできねぇよ!」

「くそっ……覚えていろ化け物!」


 三下のやられ役の台詞じゃねぇかそれ……。


 ともかく大澤中佐が逃げ出したあと、俺はダゴンの触手を数本ぶった斬る。斬ってはいるが大した傷を負わせたようには思えない。何しろでかい。これまで相対した邪神の中でも一番ではないか。斬っても斬っても端から触手が湧いてくる。触手が無限に湧いてくるようにすら感じる。


「どうなってやがる」

「桂木は下がってろ」

「ああ。しかし拳銃もサアベルも大した効きゃしねぇ……」


 桂木も触手を何本か斬っているが、俺の与えた打撃と大差ない打撃しか与えられていない。拳銃に至っては全く効果なしである。毒でも弾丸に仕込んでおくしかなかったかもしれない。


「奴はどこに向かってるんだ?」


 桂木がふとそんなことを口にする。確かに、俺たちのことは適当にあしらって、それでどこかに向かっているようにも思える。そうだとしてどこに向かってやがる?


 陸地をゆっくりとだが、確実に進んでいくダゴン。俺たちは刃を振るいながら、追いかけていく形になっていた。


『これはまずいぞ無明』

「何がまずいんだ魔剣」

『きりがない。おまけに奴の目的がわからん』

「まさかと思うがあれか?巡洋戦艦か?」


 こいつがこの横須賀で大暴れしているのは、ここである意味が何かあるはずだ。なんだ?まさかのこの先の巡洋戦艦か?口から出まかせが当たりとか勘弁しろよ!!


『あの鉄の船に逃げ込まれるとまずいな』


 確かに、震災による破壊の影響で残骸と化してしまったとはいえ、形が残っている天城と同化されてしまった場合には魔剣だけではどうにもなるまい。そうなる前に始末したいが、いかんせん巨大にすぎる。ちょっとやそっと斬ったところで打撃にならないのも痛すぎる。


 息が上がってきた。何百本も触手を斬ってもこいつの存在にはかけらも影響を与えられない。腹が立つ。走りながら巨体の身体に近づこうとするも、触手に妨害される。


「天城が見えてきたな……」

「まずいぞ寺前、もう時間がない」


 桂木と俺は焦りを感じていた。いくら斬ってもきりがない。徒労に終わるのではないかという恐怖感もある。身体に近づく必要がある。どうしたら、どうしたらいいか?


 破砕音が聞こえる。ダゴンが天城のドックに海水を入れ始めやがった!ここまでか!ダゴンが天城の残骸に巻きつき始める。ふざけやがって、このままだとまずいのはわかっているが……。


「畜生!」

「海水の中であいつを仕留めるのは……無理だぞ……」


 融合を始めるダゴン。このまま持っていかれるのか天城を!俺は海水の流れ込むドックに向かっていく。止められないのはわかってはいるが、何もしないわけにもいかない。


「くそ!流れが強すぎて……」

『錆びる!錆びるっ!』


 そりゃ海水だからな。魔剣とはいえ錆びるかもしれない。どうしたら……そんなことを思っているとだ。機関砲の音がする。ダゴンの胴体に火線が吸い込まれていく。機関砲の弾って爆発するとは知らなかった。


「グオオオオオ!!!」


 ダゴンが叫び声を上げる。今度は音もなく、しかし何かの影がドックに吸い込まれていく。


「酸素魚雷か!」

「知っているのか桂木!?」

「海軍が開発した新兵器だ!空気を使わないから雷撃の跡が残らないとは知っていたが、ここまで見えんとは!!」


 本当にほとんど見えない。わずかに何かの影が見えたくらいだ。こんなの食らったらさすがのダゴンも耐えられまい。


「ただ逃げただけだと思うな、怪物が!」


 ……誰かと思ったら大澤中佐が、魚雷艇を率いて魚雷や機関砲を叩き込んでいたのだ。




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