第肆捨伍話



「ストライキはできない?」


 俺は電話から帰ってきた桂木の言葉にくらっとした。公務員は駄目なんだそうなんだ。思い付きでものを言うのは良くなかったな。


「さすがに無理があったようだ」

「それじゃあの決戦馬鹿に一泡吹かせるのは無理ということか」

「表向きはそうですね」

「表向きは、というと?星御門様」


 桂木が星御門を不思議そうな顔で見つめている。星御門が笑みを、だが黒い笑みを浮かべている。怖いわ。


「私たちを虚仮こけにしたのはともかく、陛下や西o……ご隠居様を虚仮にしたのは許せることではありません」


 ごもっとも。そこは許したら統帥権の問題にもかかわるというものだ。それこそ軍の暴走である。


「そのことは私からも上奏いたしたいと思います。直接的なストライキというわけにはまいりませんが、実質的ストライキならご理解していただけるかと」

「実質的?」

「そうです松原様。我々としては陸も海も陰陽師もキリスト教もなく、共通の敵と戦おうとしているのです。世界で。これに逆らうというのはどういうことか」

「……信奉者の味方をしているようなものだな」


 桂木のいうことにも一理ある。それでせっかく我々じんるいがまとまってるのに、そこに水差してんじゃねぇよ。


「ですので、まずは艦隊決戦派の方々には『働いて』いただければと思います」

「どういうことだよ?」


 星御門が小声で俺たちに策略を話しかける。怖いわーこの色男……敵に回したら後悔するわこれは……。



 翌日から俺たちは邪神を『斬らない』ことになった。いや、行くには行ってやるよ。だが、あんだけ虚仮にされてはい斬りまーす、って素直に思えるかというとそうはならないよな。なので邪神が出現したところに行って、見ている。俺たちは手は出さず遠巻きに、植物のように。無論被害が広がらないよう各所に連絡は入れる。そして、


「後は頼んだぞ」

「なんでだよぉ!こいつらを相手にしに来たんじゃないのかぁ!?」


 海軍の決戦派の連中にぶん投げる。その結果、命令で対処をぶん投げられた水兵たちが触手や粘液まみれになってゆく。さすがに死なれるのは寝覚めが悪いので、水兵たちの意識がなくなったところで


「はいはい星辰一刀流……羅刹……」

『雑に斬るなよ……』


 と眷属が意識を水兵に取られていたところを一閃する。植物のように突っ立っていた俺がいきなり斬りつけるのは邪神の眷属とはいえ意識の外だったのだろう。面白いように斬れる。むしろこのやり方楽なんじゃね?


 そういうことを繰り返していることひと月、俺たちが星御門邸で打ち合わせをしているところに、憔悴しきった表情の大澤がやってきた。


「これは大澤様、本日はどのようなご用件で?」

「どのようなもこのようなもあるか!お前たちのせいでだな!」


 そういうと大澤は大量の退職届を袋から取り出した。星御門が一瞥するが、関心をなくしたかのように庭に目をやった。


「見ろ!このありさまだ!」

「それは……ですが、仕方のないことではありますね」

「仕方のないこと、では済まされないぞ!!これだけ多くの兵が退職となると我らの国防にも差し障る!」

「それも仕方のないことです」

「貴様ぁ!!」


 いや実際仕方のないことだろ。どこかのだれかのせいでやる気なくしたし。ぼりぼりと煎餅を食べながら桂木も文句を言う。


「そもそもやる気をなくさせるようなことをやらせるどこかの誰かが悪い、誰とは言わないが」

「言っているようなものではないか貴様ぁ!」

「ぐぬぬぬぬぬ」


 ぐぬぬとかいう奴実際にいたんだ……と俺は冷たい目で大澤を見ていた。


「いずれにせよ現時点での我々の対応を変えるつもりはございません」

「貴様らなぜそこまで」

「お判りではないのですか?我々の背後におられる方々を舐めておられるのはそちらではないですか!」


 星御門が怒りをあらわにした。そこか。そこは舐められたらいかんよな。


「なん……だと……」

「そもそも決戦派の方々がそのようなことを言わなければ、我らとて協力するつもりはあったのです。ですが、今となっては」

「陛下の威光を笠に着る狐共が」

「狐大いに結構でございます。我らの一族の祖は狐であるといってもよろしいかと思いますし、その頃から我らは帝にお仕えしていたのです」


 歴史が重い。しかし京都人じゃないんだから、千年前のこと持ち出すなよその頃海軍はないだろ。いや、水軍はあったか。


「そろそろあきらめてはどうでしょうか、大澤中佐」

「いつの間に来られていたのですか松原大佐は!?」

「水雷組としては、別に陸さんであろうが、警察であろうが、陰陽師であろうが同じ陛下の赤子であることに違いはないと思いますがね」

「くっ」

「大澤中佐」


 急に松原大佐が表情を険しくした。



 気温が一気に下がった。星御門もちょっとふるえている。お前も怖かったけどいい勝負だな現役の水雷屋の斬りこみ隊長は。一同、しばらくそれきり何も話さなかった。


 沈黙が途切れたのは、その打ち合わせの場に霧島さんが飛び込んできたことだった。


「大変です!星御門様!寺前様!!」

「どうしたんだ?霧島さん」

「私も感じたのですが、貴船さんが激しく感知しました!」

「何をだ!」


 俺は思わず霧島さんの肩を掴んでしまった。それで冷静になったのだろうか、彼女は、こう告げた


「前回函館に現れた、あの怪物が、きます!東京湾に!!」








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