第肆拾壱話


 俺たちの目の前には、よりにもよってあの重鎮中の重鎮、いや最後の重鎮といったほうがいいだろうか、とにかくその男がいる。首相の首すら男の声ですげ変わるのだから、権力ということで言うならこれ以上なく持っているだろう。俺は思わずつぶやいてしまう。


西園さいお………」

「その名はここでは出すな。若いのによく知っているじゃないかとは思うが」

「ではなんとお呼びすれば」

「ご隠居で十分だ」


 ご隠居て、あんた裏でさんざんいろいろやってるだろうが。現役の間違いだろ。そんなことを思っているのがご隠居にも理解できたのだろう、若干不快な顔をしている。


「それではご隠居さま。なんで星御門のところに?」

「言うまでもなく、あの連中の件だ。代々木をあと一歩まで追い詰めたのか」

「残念ながら逃がしましたが」

「そういうな星御門。犠牲らしい犠牲もなしに、あの男の狙いを挫けたのは初めてなのだぞ」


 犠牲が出るようなことが何度もあったのか……。星御門も、桂木も無言でうなづいている。星御門も家族を失ったといっていたが、そういうことなのか。桂木もそうなのかもしれないな。ご隠居が俺に聞いてくる。


「お前も失ったのか、家族を」

「俺は……そもそも失うような家族はいなかったから……親が死んで、引き取られた親族にはいい扱いを受けていないですし、そいつらが邪神に殺されたといっても失ったとは……」

「なるほどな。そうだとしたら、お前は何故戦う?」

「人類が滅ぼされるのが嫌だから、では駄目なんでしょう」

「あぁ」


 ご隠居、なぜ俺にそのようなことを聞いてくるんだ。


「邪神と戦うようになってから、初めて人とのつながりができた……それをですね」

「人とのつながりか……」

「それまで、寺にあづけられて寺の坊主にしごかれて過ごしていましたが、ある時この刀を抜いてしまいまして」

「それが件の魔剣か」


 ご隠居が触ろうとするのを星御門が制止する。


「うかつに触れると、あなたが殺人犯になりかねません!」


 えっそうなの、という表情でご隠居が強く制止した星御門をみつめる。確かにご隠居が俺たちに斬りかかったら、翌日の新聞の一面がそれで埋め尽くされるぞ。ご隠居がたじろぐようにいう。


「寺前、だったか。は魔剣持っていても平気なんだな」

「もし平気でなかったら渡してません……」

『危うく日本政治を悪い意味で動かすところだった』


 本当だよ、まったく厄介な魔剣だ。魔剣のぼやきを流しつつ、かつ俺はそのことはおくびにも出さず続けた。


「ですが、こんな魔剣が俺とここの人たちをつなげてくれたとも言えます」

「なるほどな」

「それを護りたいというだけです」

「逆にそれを聞いて安心した。世界のため、や国家のためという人間ほど危険な存在はいない。代々木などその最たる例ではないか」


 言われてみればそうだな。革命家なんてろくなものではない。仏蘭西フランスの革命だって王たちがギロチンで首を落とされた後も、どれだけの人間が死んだことか。


「さて、星御門よ」

「はい」

「連合艦隊と鳳翔を動かすことができそうだ」


 ちょっと何言ってるかわからないんですけどご隠居!なんで連合艦隊が動かせるんだ?俺は思わず叫んだ。


「鳳翔ってあの世界初の空母の!?」

「定義にもよるだろうが、ある意味ではそうだな。それだけではない。亜米利加アメリカ英吉利イギリスも艦隊を派遣する予定だ」


 おいおいおいおい、一体何がおころうとしているんだよ!?戦争か?艦隊戦か!?誰とだよ!!


「連合艦隊からは金剛型、長門を中心とした打撃艦隊を派遣することになっている。艦隊戦が目的ではない」

「はい。ルルイエで奴らが何かをやろうとしていることは参謀本部も掴んでいます」

「桂木中尉。それについては貴船さんの方が詳しいのではないか」

「そうですね。寺前様、悪いのですが貴船さんをお呼びしていただきたいのですが」


 星御門に体よく追い出されているような気もしないでもないが、貴船の方が詳しいのであればそちらの話も聞く必要はありそうだ。早速貴船を呼びに行くことにしよう。



 貴船を呼びに行くと、何故か女子たちが微妙に視線に火花を散らしながら会話をしている。なんなの、怖いんだけど。


「あの、貴船さんを呼びに来たのだが」

「貴船さんを?何かあったのですか?」


 五條が俺に聞いてきた。実際には俺もよくわかってはいないんだが。


「ああ。貴船さんが知っていることを話して欲しいって、西園z」

「えっ……あのお方が!?……お国も本気なんですね……」


 本気?どういうことだ?


「貴船さん、それって一体……」

「千里眼なんて力、これまでは信用もされませんでしたし私もペテン師呼ばわりされたこともあります。ですが、邪神と戦うにあたって私の力が有効だとわかった途端、掌を返されました」


 ひでぇ話もあったもんだ。これまでペテン師だのなんだの言ってた相手の力を借りたいだ?


「それは……」

「そんなもんでしょうね。有用だと思われないうちは、いや有用だと思われてすら私たちみたいなはみ出し者の扱いなんて」


 八木が心のそこから吐くように呟くのを聞いて、俺は少し哀しい気持ちになった。


「そうかもな。俺なんてその最たるものだしな」

「あんたは規格外でしょうが」

「とにかく貴船さんを連れてくぞ」

「わかりました。よろしくお願いします」


 あれ?こういう時いつもいる霧島さんがいないんだが、どうしたんだろうか?


「そういえば霧島さんは?」

「先程星御門さまと一緒にどこかに向かわれましたが」


 なんだろう。まぁいいや、行くとするか。


 俺たちが戻ってくると、そこには星御門が二倍に増えていた。両方揃って見るのは初めてだが、よく似ている。驚いたような表情を隠せない貴船。


「星御門の弟も来てたのか……」

「はい。霧島様の力を試していました。……彼女の力は確実に成長していますね」

「そうなのか」

『やはり只者ではなかったか』


 魔剣がそういえば以前、俺が死んだら霧島さんに託そうとしていたのを思い出した。それもそれで勘弁して欲しい。女の子に羆や邪神斬らせるのも怪我させるのも嫌なものだ。


「寺前様!……と貴船さんも?」

「はい。西園……御隠居様にお伝えしないといけないことがございまして。クトゥルーの神意を」

「貴船さん。私が感じているものをお伝えしていいですか?」


 どうしたんだ霧島さん。貴船も真顔でみつめている。


「私の受け取った神意と同じですか?あの神は」

「はい。クトゥルーはまだ寝ていたいんですよね?」

「……すごく平たくいうと、そうですね……」


 貴船が引きつった笑みを浮かべてそう返した。そういうものかもしれないが、そういうことだとこれまで信奉者たちがやってたことはなんなんだろう……。


「やはりか」

「御隠居様」


 御隠居がいつのまにかこちらにやってきていた。何がやはりなんだよ。


「あの邪神かみは今の世では覚醒を望んでいない。となると少なくとも今は我らは協力できる」

「はい。ですので無理やりに覚醒を促す信奉者たちは、神敵であると」

「……この戦い、勝てるやもしれぬな」


 そういうと、御隠居はにやりと笑みを浮かべた。邪神の怖さとは違う、人間の怖さがそこにあった。

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