第肆捨話



 俺はまた汽車に乗って東京に戻ろうとしている。代々木の函館攻撃は失敗させたが、こっちも奴をとらえることができなかったので痛み分けといったところか。汽車には同行者もいる。陸軍中尉の桂木と、貴船千鶴。陸軍は千里眼の力を使って、異界より出現してくる邪神を機を見計らって攻撃するという方式で戦果を挙げていた。そら代々木も貴船千鶴を狙うわ。しかし疑問もあったので、桂木に聞いてみることにした。


「にしても函館をあいつはどうしたかったんだよ、羆とか邪神、ダゴンだっけ、使って」

「おそらく、にえだろうな」

「函館二十万をか。それはまた……それで何を呼び出すつもりだったんだ何を」

「おそらくは何かを呼び寄せたかったんじゃないか?」


 何をだよ何を。邪神っていっても函館二十万を贄にするとなると、なかなか上位の奴が呼び寄せられそうな気もするが。世界的に見ても危険な事態なんじゃないのかそれ?正直な感想を桂木にぼやく。


「それで呼び寄せたもの、下手したらさらに犠牲者産みかねないな」

「全くだ。震災の爪痕もまだ残っているっていうのに……」

「桂木中尉は函館出身か?」

「そうだ。東京に出た後第七師団に配属されてな。出身だしいいだろって……せっかく東京に出たのに……」


 東京か……帰ったら資星堂パーラーと先疋屋だったか?給料いくらあっても足りねぇよ!ちょっと茶でも飲んで落ち着かないと。


「あの」

「貴船さん、どうかした?」

「霧島さんって方は、寺前様のなんですか?」


 思わず窓に茶を噴射した。そんなんじゃねぇよ!……と思いたい。そうであってほしい。それだけじゃねぇんだよ問題。


「汚え噴水だなぁ……後で拭いとけ」

「お、おお。えーっと……そんなんじゃないと、思う」

「そう思ってるの寺前様だけでは?」


 勘弁してほしい。俺、この戦いが終わったら逃げだすんだ。いろいろと。


「それはともかく資星堂しせいどうパーラーは勘弁してほしいなぁ……」

「資星堂パーラーってなんですか?」

「超、高級な喫茶店。正直俺の給料でほいほい行ってほしくない店」

「それって、逢引じゃないですか!」

「全く。今どきの若いもんは」


 桂木だってそんなに年じゃねぇだろ。


「そんなことないだろ。だいたい桂木中尉だってまだ若いだろうが」

「馬鹿いえ、俺は既婚者だ。坊もいる」

「あー……」


 どおりで桂木は落ち着いているわけだ。そういえば星御門は独身の割に落ち着いているが、あいつも嫁と二号さんとか普通に作りそうな気がするな。美形だし。


「とにかく霧島さんのことは置いておいてだ、次に代々木は何をするかが気になるな」

「それについては参謀本部の連中が情報を仕入れている。星御門の屋敷にでもついたら話そう」

「わかってるならそれは潰しておきたいところだな」


 しばらく窓の外を見ている。東京についたら次は何をさせられるのかは気になるが……。函館も結構食い物うまかったから今度は遊びで行きたい。



 上野についた俺たちを待っていたのは、TT型フォードだった。おまえ、生きていたのか……!


「お待ちしていました」

「車塚さん?なんで?」

「星御門さんのところの運転手になったんです」


 正気か星御門。あの運転、危険運転なんて生易しいもんじゃなかったぞ。邪神も轢き殺す女だぞ目の前にいるのは。……邪神と闘ってるからそれもありな気もして……やっぱねぇわ。


「俺、歩いていくよ」

「大丈夫です、普段は安全運転心掛けますから」

「本当だろうな!?」

「本当ですって」


 果たして、俺が車塚の運転について二人に話していたが、車塚の運転はいたって安全運転で、貴船は『女の人なのに運転できるとかかっこいい!』とかいうし、桂木もすごいなとかいっていて、俺の話は全く信用してもらえなかった。無理もないな。車で空飛んだとか邪神轢き殺したとか言っても、誰が信用してくれるんだ誰が。目の前の板には速度に80の文字がついている。やっぱりこいつ件の暴走TT型フォードじゃねぇかいい加減にしろ。


 そんなことを心の中でぶつぶつ思いながら星御門邸にやってくると、竹刀をぶつけ合う音がする。五條か?


「まだまだぁ!!」

「そこですね!」


 見ると霧島さんが五條と打ち合っている。……えっ?やだこの子あの大猩々ゴリラ娘と打ち合えるの!?同類なの!?さすがにまだ五條が押しているが……。霧島さんがこっちをちらっと見て、


「寺前様!」

「えっ?」


 五條が振り返った瞬間に一発当てた。それずるくない?竹刀で打たれた五條がこちらを見る。


「いたた……本当に寺前様です!」

「おかえりなさい!」


 霧島さんが小走りでこっちにかけてくる。そのまま俺に体当たりしてきたので、さっとかわそうとする。それを読んだのかくるっと回って俺の首に手をかけてきた!


「かわさないでください!」

「体当たりするかと思ったんだよ!!」

「全く。先疋屋忘れないで下さいね!……あっ……」

「はじめまして、ですね」


 貴船が霧島さんと目を合わせた。どうなってしまうんだろうとちょっと不安だったが、霧島さんがにこやかにこう返した。


「よかった!無事だったんですね」

「おかげさまで、助かりました。霧島さん」

「はい!」

「……大好きなんですね」

「あっ……」


 急に二人が顔を赤くする。突然ちょっと怒ったように霧島さんがいう。


「あげませんよ」

「多分彼理解してませんけどそもそも」

「いいんです!絶対振り返らせます!」


 何だか知らないが頑張れ。……わかってないこともないけど、どうしたもんだろうな。そんなことがありつつも星御門のところにやってきて、簡単に報告をさせてもらう。星御門は複雑な表情だ。


「そこまで追い詰められたのなら、とどめを刺したかった……」

「全くだ。俺もそう思うが」

「ですね。しかしそういっても仕方がありません。代々木たちの最終目的はやはりルルイエでしょう。ルルイエは、太平洋の南半球にある孤島です。そこにはクトゥルーが眠っているといわれていますが、昨今の星辰がその眠りを弱める並びになっているのです」


 星辰が眠りを弱めるってどういうことだ。


「それって、クトゥルーってやつが目覚めると世界が滅ぶとかだったか」

「そうです。代々木はクトゥルーの目覚めを加速させるため、函館で大量の生贄をささげようとしたのですが、それは皆様のおかげでうまく防げました。しかし、先程入った情報ですが、メキシコで大量の生贄をささげられたようです」


 なんてこった。それはさすがに俺も行けない。桂木も入ってきた。


「クトゥルーへ生贄を捧げるのを防ぐには、世界規模での対策が必要ってわけだ。俺たちももちろんやるが、悔しいがここは海さんの出番らしい」

「海軍の?」

「で、参謀本部が仕入れた情報だが、どうも奴らも海軍力をどこかで用意しているらしい。ちょっと俺も信じられないが」

「残念だが事実だ。中尉」


 そういうと、座敷の奥から年配の男が声をかけてきた。どこかで見たことがあるが……もし俺が新聞で見た写真が正しいなら重鎮中の重鎮じゃねぇか!!













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