第参拾捌話


 千里眼の娘の奪還をしようとしたらよりによって代々木がやってきた。代々木の側としては乱入者はこっちなんだろうけどな。外から砲撃や爆発の音がする。戦争か。第二次戊辰戦争とか言われそうな勢いだ。ふと見ると、駆逐艦に向かって闇が迫っていっている。


「人間が造った船程度が……ダゴンに勝てるわけもない」

「お前も人間だろうが」


 俺の返答には無視して代々木が続ける。人の話を聞けと親や学校で習わなかったのか、教育の敗北だな。


「圧倒的な力の差というものを理解しようともしない、愚かな人間どもが。おとなしく我らに従うか、さもなくばおとなしく死ねばいいものを」

「そう思うのは勝手だがな」


 俺は魔剣を抜き放ち、魔剣の形態を変化させてゆく。……こいつは、ここで仕留めないと。


「……そう身体を返すのを急ぐ必要はない。今からあの駆逐艦ふねが沈むところを見ていろ」


 突然、忍び寄る闇が駆逐艦の傍から消えた。そしてその闇は、艦の反対側から出現しようとしている。だが。駆逐艦の魚雷は

 闇の中に、数百キログラムもの重さの炸薬が何本も吸い込まれてゆく。闇が、閃光を放った。そのままその闇が暴れるように蠢く。


「どういうことだ!?」

「調子に乗りすぎだ三流悪役どさんぴん

「なん……だと?」

「同じようなことをなんどもやってみろ。不意打ちなんてのはな、手品の仕掛がばれたら不意打ちにならねぇんだよ!」


 そういいながら俺は魔剣を振るう。必殺の間合で斜め後ろから繰りだした一撃を、あろうことか代々木は見もせずに防ぎやがった。まだいろいろ仕込んでいるってことか。


「なるほどな」

「ちっ」

「……人間にも少しは頭が回るものがいるらしい。ここはダゴンは引かせるか」

「お前はここでお縄につくんだが……なっ!?」


 こいつの目はどこについてるんだ?隙がない。それに……構えに見覚えがある。あるわけだよ。そう。


「星辰一刀流を知ってるのかお前は」

「よくわかったな。そうだ。お前たちがそう呼んでいる技は、私も使える……このように!」


 そういうが早いか、どこからか取り出した黒い剣のようなもので、代々木は俺に斬りつけてくる。星辰一刀流……虚空か!横薙ぎに空間ごと斬れる一撃を、咄嗟の判断でとびのく。


「さすがだな」

「ほめてもなんも出ないぞ代々木」

「いらぬ。その身体以外はな」


 ……身体以外はいらぬとか変態なのか?信奉者には変態しかいないのかよ。


「俺の身体は俺のものだからやれん」

「よりにもよって我らからを奪い、食らっておいてその言い草か」


 何言ってんだこいつ。を食らう?そんなことができるわけないだろうが。


「そんなもの食った覚えないぞ」

「……貴様が十数年前食ったものだ。覚えがないとは言わさん」

「そういえば、なんか化け物に喰われそうになったので、逆にはらわた食いちぎって生き延びたことはあるが」

「やはりか」


 やはりかってあのなぁ……そうしなかったら俺死んでたんだけど、わかってんのかこいつ。


「今の一撃を躱せる人間が普通の人間だとでも?」

「普通の人間ってなんだよ」


 それには答えず、代々木は漆黒の刃で再び斬撃を繰り出してくる。そうかいそういうつもりか、もう容赦はしない。


「終わりだ」

「星辰一刀流……彼岸」


 斬撃を躱しつつ、反撃の刃をその腕に当てる。奴の腕から血が流れる。だが次の瞬間には、血は止まっていた。いや、止まったというより止めた?思わず叫ぶ。


「斬れたのに斬れてないだと!?」

『焦るな!首でも臓器でも斬れば殺せるだろうが!』

「言ったはずだ。人間などという下等な生物と同じにするなと」

「むしろ下等になってないか?」


 魔剣の言葉ももっともだし、ここは冷静になろうか。露骨に不快な顔をする代々木だが、狙い通りといえば狙い通りだ。砲撃音が響く。ダゴンとやらはどこかに行ったようだし、海軍も信奉者の封じ込めをうまくやってくれている。全員逮捕だ。


「だいたいその下等な人間に信奉者おたくらつかまりつつあるんだが、どうよ?」

「言ってろ。私がその気になればここから出るのは容易たやすいことだ」

「あっそ。でも信奉者は捕まえるし、それで吐かせれば何を企んでるかもわかるというものだろ」

「……奴らは何も知らん」


 手下にも何も教えないとは徹底している。知らなければ吐かせることも無理なのは確かか。


「我らがこの世の形を一変する、その際に人間などという生き物が生きようが死のうがそんなことはどうだっていいことだ。だが、邪魔だてをするというのであれば容赦はしない」

「あっそ。ところで、一つ聞いていいか代々木」

「いいだろう」


 俺は息を大きく吸い込んだ。代々木は俺をにらみつけている。


「お前、神かなんかにでもなったつもりか?」

「少なくとも人間がはかれる存在ではない。我らの生で人間が死ぬ、そういうこともあるだろう。それはそういう脆弱な人間に与えられた運命というものだ」

「あっそ」

「天変地異の前に立って、それに喧嘩を売るような馬鹿はこの世のどこにいる?」

「代々木」

「なんだ」


 心底つまらなそうな代々木に、俺は口角をあげながらこう返した。


「公共事業って知っているか?」

「それがどうした」

「人類ってのはな、文明が興ってから何千年も治水のために努力してきたんだ。まさにお前の言う天災に喧嘩を売ってな。国の金出してでもな」

「喧嘩、だと?」

「そうだよ!人類ってのはな!天災に喧嘩を売るような馬鹿なんだよ!」


 代々木はいらついた表情を見せる。


「屁理屈を……」

「屁理屈も理屈だ。そして人類おれたちは天災に喧嘩を売ってここまでやってきた。邪神おまえらが天災だっていうなら、売られた喧嘩は買うまでだ!」

「それで力の差を覆せるとでも?」

「屁理屈に負けるから力の差に逃げるのか?お前は屁理屈に負けるんだよ!」

「聞いた風な口を!本気でその身体を返してもらうぞ!!」


 代々木の体から闇のようなものが蠢く触手のようになり、それぞれが複数の漆黒の剣を振りかざす。


「普通にやったんじゃ勝てないな」

「勝てる気でいるのか?この私に」

「普通にやる気はもうない。魔剣」

『おい、何をするつもりだ』

「無神喪閃には、その先がある」

『はぁ!?』


 魔剣も知らなかったのか。俺もつい最近までその話を読むまで知らなかったんだがな。


「多世界解釈って、知っているか?」


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