第参拾陸話
あっけにとられる、というのはこういうことをいうのだろう。
よくよく考えたら、砲相手ではさしもの羆も単なる大きな的なんだなとしか言えない。なにしろ砲、一発喰らったら死ぬもん。俺も死ぬし羆だって死ぬ。そんな死を呼ぶ鉄塊が宙を飛び交う戦場、果たして決着は一瞬でついた。あたりには羆の死体と血の臭いのみが漂っている。夕暮れの大地に、無数の羆がただ、転がっていた。その光景を見ながら、思わず俺は座り込んでいた。
「助かった……のか……?」
『そうだな』
「そこの警官!無事か!」
軍人が俺に声をかけてくる。がたいはいいが、見た目色男である。なんか腹立つな。
「あんたは?」
「第七師団の桂木だ。警官が刀で羆を食い止めているっていうのを聞いて、そんな男を助けないのは
「寺前だ」
桂木は俺に手を差し出してきた。俺も手を差し出す。何とか立ち上がった。
「そういや警官が、おまえが羆やったって言ってるが、何匹喰った?」
「二匹だ」
「……化け物か!?」
「羆って想像以上に強いな。一撃で殺せなかったぞ」
「いやいやいやいや、おまえ人間か!?本当に!?」
そこまで言われる筋合いはなくね?最近、どこいっても人間扱いされない。代々木にもそんなこと言われたなそういや。
「でも結局人間様の大砲には勝てやしないってわけだ。あんだけいた羆、全部肉塊だぞ」
「おまえが同じことできるんじゃ、大砲もいらないし
そりゃまぁそうだが。あの大砲の砲弾の雨、さすがに恐怖したぞ。伝令と思われる兵隊が桂木のところに走ってきた。
「ひとまず空から見た範囲では羆はもう見当たらないらしい」
「それはよかった……おっと」
おもわずふらついてしまい、桂木にささえられるようになってしまった。
「悪ぃ」
「気にするな。おまえのおかげで俺たちも間に合ったんだから。下手したら函館二十万人がどれだけ死傷していたことか……」
そういわれると俺のやっていたことも無駄ではなかったのか、という気になる。もっとも本当の問題である代々木の始末は全然ついていないので、いつ函館二十万人が大惨事に見舞われるかは全くわからないのだが。
やっとのことで警察署に帰りつき、
「代々木の行方が分かった!!」
「本当か!?」
「貴船という娘を連れているらしい」
「貴船だと!?」
桂木が大声を出す。なんだよいきなり。
「どうした桂木?知り合いか?」
「警察も代々木を知っているなら隠すこともないか……千里眼の娘、といってな」
「千里眼!?霧島さんみたいな能力を持ってるのか!?」
「星御門のところで訓練を受けている?そうだ。貴船千鶴は、生まれついての千里眼の能力持ちだ。陸軍として、彼女に協力を求めていたのだが……」
どうやら代々木は、千里眼の能力者を欲しているようだな。霧島さんも狙われたわけだし。
「どうしたものかな」
「……ちょっと待てよ」
俺は警察の電話を借り、星御門の家に電話をすることにした。
「俺だ」
『寺前様?』
「霧島さんか?」
この子前も電話に出てなかった?張りついてるの?……ちょっと怖くなってきた。でもまぁ仕方ない、背に腹は代えられぬ、食うなら俺を食え
『はい。どうされました?』
「いま、代々木の足取りを追っていてな。千里眼の能力を持つ娘さんが誘拐されてる」
『!!』
霧島さんが息をのむのがわかった。
「それで、代々木の足取りを千里眼で見れないかなと思ってな」
『……また女の子が増える……でも、誘拐されてるのは……』
この子、絡新婦だけどいい子なんだよな。絡新婦なだけで。うん。なんか利用するみたいで申し訳ない。
「霧島さん?」
『……わかりました。ちょっと待ってください。集中したいので』
どうやら意識を集中しているらしい。俺は無言でその様子をうかがう。
『……倉庫、です!場所まではわかりませんが、波の音も!』
「ありがとう!助かる!」
『貸し一ですからね!帰ってきたら
たっか!給料がなくなるわそんなん!!どんだけ食べるつもりだよ!!
『腕組んで歩いてもらいますからね!!』
「……ちょっとそれは
『欧米では普通なんですよ今日日』
そうなのか!?ちょっと恥ずかしいなそれ。……騙されている気もするが気のせいだ、そうに違いない。
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