第参拾伍話


 暴れ狂うヒグマを倒した。羆に罪はないとはいえ、人を襲われるんじゃたまったものではない。刀で羆を殺すとか不可能だと思ってたができるもんなんだな……。羆の死体に、俺はそっと手を合わせた。


「凄いですね……羆を刀で倒すなどとは……」

「人間辞めてますよね……」


 おいおいおいおい……お巡りさん達俺のことなんだと思ってんだよ!俺だって人間だっての!羆の方が強いの!!よく考えたら魔剣がおかしいだけで俺はおかしくない、多分。


「しかしあの頭の蠢いているあれなんなんですか?」

「俺に言われてもわからないが、一つ言えるのはやっぱりこの羆はおかしくなっていたんだってことだな。あんな斬られても暴れ狂うって異常だろ」

「……羆って生命力強いですからあんなもんですよ」


 そうなのか!?危なかった、羆舐めてた。てっきり何かによって操られているとばかり思っていたんだが、そもそも羆が恐ろしいんだよな。いやわかってんだけど。


「いま仕留めたこいつが件の羆なんだろうか?」

「どうなんでしょう……」


 お巡りさん達に聞いてもわからないが、脅威が去ったかどうかわからないというのでは、これからの対応をどうすべきか考える際に不確定要素が多すぎる。


「そうだな……仮にそうだとしても、ほら、代々木だったか?そいつらを捕まえないとまた似たようなことするんじゃないか?」

「だよなぁ……」


 状況が厳しすぎやしないか?代々木が羆を使って何がしたいのかわからないが、羆が次々と襲ってくるというのは……。函館の街だって安全を確保できないではないか。捜索を続けないといけないが、特にめぼしいものが見つからないうちに、地元の猟師からの新たな羆情報が入る。


「また羆が出ただと!?」

『まだ斬れるわけだな!』

「もう羆を斬るの嫌だっての!危険だってわかってんだろクソ魔剣!」


 さっき仕留めた羆はなんだったんだ?そんなことを思いながら、俺たちは目撃情報のあった場所に急ぐ。そこを目指しているうちに、また警察から連絡が入る。


「他にもいるだと!?どうなってんだよ!」

「おいおい、これどうすればいいんだよ!」


 ぼやきながら向かっていると、俺たちが進んでいる道の横から、複数の羆が出現してきた!


「な、何匹いやがる!?」

「……これはもうダメかもわからんな……」

『構わん、全部斬れ』


 魔剣は全部斬るつもりだが、その間に確実に死ぬわ。見える範囲に羆が五匹。まさかと思うが、函館を囲むようなかたちで羆をけしかけてやがるのか!?


「まずこれ俺たちが生き残るのが先だぞ」

「そうだな」

「ですね」

「慎重に逃げるしかないな」


 お巡りさん達と俺は、そろりそろりと羆を刺激しないように後退しはじめた。それでも羆もじわじわと、こちらににじり寄ってく、る。こいつらには俺たちはどう見えてるんだ?餌か?


「お巡りさん達!俺が殿しんがりを務める!なるべくゆっくり逃げてくれ!」

「だ、大丈夫か?」

「こいつらだって一匹やられたら命の危険は感じるだろうしな」


 あんまりそんな保証はないのだが、それでもお巡りさん達を羆の餌にするわけにもいかない。


「わかった!お前も死ぬなよ!」

「死ぬつもりとか全くないから安心しろ!」


 俺はこうして再び羆と相対する。羆のなかで一番大きい奴が俺のことを認識したようで、唸り声を上げながら近寄ってくる。いい加減にしてくれ。ひとまず羆の群れとでかい奴を分断してからだな、そうでないとタコ殴りにされること間違いなしである。


「魔剣、飛び道具とかないだろ」

『ないの知ってるだろ……どうせあれだろ……剣禅一如……』

「星辰一刀……」

「『 刀 魂 現 界 !!』」


 羆たちが一瞬怯んで立ち上がる。まぁな、人間や信奉者だって怯んだ刀魂現界だ。いきなり刀が無数に出てきたら驚くだろう。誰だって驚く。俺だって驚く。羆が怯んだ隙に、お散歩俺はもう次の行動に移っていた。


「星辰一刀流!零縮!」


 大きな羆に向かって懐に一気に飛び込んで行く。羆は多分、何が起こったか理解してはいまい。


「……無神喪閃!!」


 奥義の一撃はあばらの骨を断ち斬り、心臓を両断する。心臓が動いたまま両断されたことで、胴体から大量の血液が噴き出る。返り血を大量に浴びつつも、なんとかその場から離れる。大きな羆が崩れ落ちてゆく。羆たちが、その大きな羆の死体に群がる。


「えぐいことになってやがる……」

『ぼおっとしてるんじゃない!逃げるぞ!』


 魔剣のやつも流石に羆を斬るのに満足したのか、もう斬りたいとか言わなくなってきた。かなりの距離を走って函館の街を目指す。警官たちはたどり着いただろうか?


 不意に、異臭がした。獣の臭い、というやつだろうか?丘の上の方に、数十、いや、百を超える羆がいた。一体何が起こっているんだ?……もしこいつらが一度に函館に来たら何人が死ぬことになる?


 俺は魔剣を構える。


『おい、馬鹿なことは考えるな!』

「一匹でも仕留めたら、奴等の足止めになるだろうが」

『……無神喪閃をそんなに何度も放てると思うのか?』

「無理、だな……無理すれば一撃はいけるかもしれないが……」


 もし駄目だったら、俺が羆の餌になれば少しは足止めになるだろうか?そんなことを考えているとだ。突然、羆が爆発した。


「!!??」

「そこの警官!早くこっちに来い!」


 見ると陸軍の格好をした男が、俺のほうに手を回して叫んでいるではないか。俺は慌てて男の方まで走っていく。どんどん走っていくうちに気がついた。……大砲じゃん?


 羆の群れに向かって大砲がぶっ放される。もう戦争だろこれ、羆と人間の。空にはなんか飛行機まで飛んでるし、しかも飛行機から何か爆弾投下されてるし……。どっちにしても俺は命拾いした、のだろうか。

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