第参拾参話


 俺は船上の身となっていた。最近の連絡船というのは結構大きな船になっているな。そりゃタイタニック号とか長門とかに比べたら小さなもんだけど、青函連絡船は想像以上に大きかった。鉄道の旅にも疲れていたし、船というのも悪くはないな。飛行機?嫌だよなんで飛んでんだよ落ちたら死ぬだろ。


 そんなことを思いながら、函館の街が見えないかなと外をみつめている。カモメが飛んでいる。北国だからか結構寒いぞ。そしてカモメもなんだか若干飛びながら震えているように見える。函館に着いたらなんか食いたい気もする。いや絶対あるだろ旨いもの。これで観光で来てるんだったらどんだけよかったか。仕事だし仕事。領収書がうなりをあげる。


『それで、ヒグマは斬れるのか?』

「お前いい加減にしろよ!いっとくけどアレ斬るのと邪神の眷属斬るのなら、圧倒的に後者のが楽だからな!」

『だが、邪神の本体斬る必要があるなら羆くらい斬れないと無理だぞ。羆に勝てないようじゃ邪神に勝とうなど……』


 そういうもんかもしれないが、羆のが怖いわ物理的に考えて。そういえはアイヌの民には羆は神として扱われているが、人間食ってしまった羆は闇堕ちした扱いになるんだよな。神と邪神、相関しているといえなくもない


「とはいえ積極的に羆狩りはしたくないぞ、しかも刀で」

『やれやれ、今時の若いやつは……』


 何百年前から存在してるか知らないが、今時を知ってるのか魔剣のやつは。


「なんにしろだな、着いたら旨いもん食って宿とって寝る!仕事は明日から!!」

『羆斬るのは明日からか。刀身うでがなるな』

「やめろ」


 どこまで本気なのか冗談なのかわからないが、いや本当に羆斬るとかやりたくないからな!……これまでもやりたくないことやってきたような気もしてきたが。


 色々考えながら下船すると、函館の街の大きさに驚かされる。この街もそうだが、海の向こうから様々なものが入ってくる。それは時には人に恵みとなり、時には脅威となる。時代が移ろうともそこは変わらない。この国はいつだって海の向こうからの何かによって変化してきた。


「さて、飯にしようかな」


 ぶらぶらと歩いてゆくと良さげな洋食屋を見つけた。……匂いが違う。他の洋食屋と何が違うのか?


「すいません」

「いらっしゃい」

「ここ、他と匂いが違うんですが、なんの料理を出す店です?」


 店員の目が変わった。何かいっちまったか?


「……お客様、お目が高いようですね……」

「そんな大したもんじゃないよ。洋食食べる機会が最近増えててね」

「こちらでは、露西亜ロシア料理を出しておりまして……」


 露西亜ロシア料理か!どおりで匂いが違うと思った。


「わかった。席に空きはあるか?」

「ございます。どうぞ」


 そんなわけで早速店に入ってみる。この店は白を基調とした高級感の溢れる装いとなっているな。最近洋食ばかりで感覚が麻痺しているが、その中でも一段と高そうだ。


 コース、とやらで注文してしまったがどんなもんだろう……って最初に来たスープに驚かされる。赤い。


「赤い!?」

「当店では道内で栽培されましたビーツを使用しております」


 ビーツってなんだよ。不安はあるが赤いスープに手を伸ばす。……旨いなこれ。肉の旨味が滲み出ているじゃないか。旅の疲れが癒されるというものだ。


「いかがですか?」

「……旨い……じゃないか……。これは?」

「ボルシチでございます」


 ボルシチ、ね。覚えておこう。他にも揚げた肉まんじゅうのようなものとか、全体的に身体が温まる気がするものを食す。旨い。そして主菜か……。


「これはエビフライ?露西亜でも食べるのか?」

「いえ、キエフ風のカツレツでございます」


 キエフ風のカツレツ?ナイフで切ってみると……鶏肉か。ふむ。衣が香ばしくて食が進む。露西亜侮れぬな。戦争には勝ったけど。ギリ。


「美味かった」

「それはよかったです。またお越しください」


 こうして、一晩の宿を取り翌日の朝警察署に向かう。署につき、受付で話をすると所長室に通される。


「ふむ。君が例の化け物退治屋か」

「化け物退治……まあそうだな」

「あの代々木という奴は厄介でな。我々も手を拱いているのは事実だ。だがな、それより管内で厄介な事件が起こってな」

「厄介な事件?」

「羆が……」


 俺はものすごい顔をしていたと思う。魔剣はここぞとばかりに喜んでいただろう。


「羆」

「どうも人肉を餌として食わせたヤツがいるらしくてな。殺人の証拠隠滅を狙ったくさいが」

「最悪だな」

「その羆が人を襲うようになってな」

『斬るしかあるまい』


 黙ってろクソ魔剣。せめて猟銃使わせろ猟銃。今は20世紀だぞ。江戸の頃でもあるまいし、そもそも江戸の頃でも羆斬るなんてバカな奴はいなかったんじゃねえか?せめて槍使わせろ槍。


「輪をかけて最悪な状況なのは理解できた。しかしそいつ捕まえないと、似たようなことしそうだな」

「代々木の一派かもしれないという話もあるな」


 糞野郎共、本気で人間としてやっちゃいけないことやってやがる。しかもそれで迷惑食ってるの俺なんだけど!?代々木の野郎、しめる。本気でしめ上げるぞ畜生。


「つまりなんだ?人喰い羆量産してる代々木たちを始末しないといかんと。邪神だけでなく羆も相手に」

「そういうことになるな」


 俺は本気で頭を抱えた。ある意味羆も被害者だといえなくもない。人間なんかより鮭でも食べてたいだろ羆も。羆百匹に聞いたら、九十九匹は鮭の方を鱈腹たらふく食いたいと思うに違いない。


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