第参拾壱話
函館。北海道最大の都市(註:大正~昭和初期には函館は人口規模などで北海道最大の都市)であり、北海道と海の外をつなぐ重要な港湾がある。かつては榎本武揚が独立国家を目指そうとしたこともある北海道だが、その際に函館を拠点都市としていたはずだ。
「星御門、なぜ俺に函館に?」
「代々木たちが北海道に向かったとのことです。どうも函館で何かをするつもりじゃないかと。露西亜……おっといまはソビエトでしたっけ、からですが彼らの国から逃げ出した信奉者の一部が日本に向かっているようです」
やれやれだ。軽くため息もつきたくなるというものだ。
「ソビエトまで……本当に世界の敵、扱いなのね」
「八木様、そういうことです。人類同士で争ってる余裕はないんですよ、私たちには」
「わかった。でもさすがに今からってのは……なしな」
「そうですね……」
実際のところ俺たちは疲労困憊この上なかったわけで、せめて今日くらいは身体を休まさせてほしかった。星御門の方も、函館なんて話ができるのは今生きていられるからですといっていたし、そりゃまあそうだな。簡単に夕食を済ませ、風呂を借り、外を見る。震災の傷跡も結構癒えてきたようで、灯りはだんだんと増えていると思う。そんな復興のさ中にあんな化け物騒ぎとか、いい迷惑なのは間違いない。
翌日。横浜から船で行こうと思い、星御門邸を出ようとすると星御門に呼び止められた。
「せっかくですので、夕方の便にしてはいかがですか。どのみち船旅は長いと思いますので」
そういわれればそうだな。横浜を見て歩くのも悪くない。
「そうだな。骨休めとまではいわないが、たまにはそういうのもいいだろう」
「そうそう。お勧めなお店に連絡を入れておいておきます。埠頭に行く途中にあるお店ですし」
おすすめのお店?どこのことだ?埠頭……そういえばふと嫌なことを思い出したではないか。冷たい鉄の輪。
「赤煉瓦のあたりはなるべく避けようかな」
「どうしました?」
「ん、いや独り言だ。おすすめのお店とは懐石とかか?」
「いえ、横浜ですし洋食ですよ?」
星御門、兄弟とも疑問なのだが普段狩衣みたいなの着てるくせになんで外食の店とか知ってるんだよ?
「星御門はそこで食ったことあるのか?」
「無論ありますよ」
「……その格好で行ったのか?」
「まさか。お付き合いで行ったので
それはそれで
「なんでみんなついてくるんだ!?」
「わたしは星御門様に修行のお休みをいただきまして。せっかくなので案内してください横浜」
「京都からだとめったに来れないですよね。ですので」
霧島さんも五條も、そうか関東に来たことないのか。なら横浜観光はしたくはなるわな。
「むぅ……寺前様とはわたしが行くので他の方といかれてはいかがです?」
「それは私の方もいいたいところですが、婚約者として」
「いつ婚約したんですかぁ?聞いてないですよぉ!?」
霧島さんの目から光が消えている。怖い。もう二人は諦めた。
「んで、車塚さんは?なんで?」
「退職届を出しに行きますので……やらかしちゃいましたから……あ、あとで洋食屋さんにはいきますね」
ああ。あの惨状はな。退職届で済んだのか。
「懲戒解雇ものなんじゃないのかあれ……」
「星御門様が修理代出してくれるとのことですので、関沢さんは納得してたみたいです。新しい改造ができるぞ!とかいってました」
『そいつも車に触らせないほうがいいのでは?』
魔剣の言うことももっともだ。
「ってなんでお前までいるんだよ八木。いいのかよ」
「遺物もないんじゃ
「それも兼ねてるってわけか五條は」
「そういうことです」
物騒な話だな。それでもついてくるってどういうつもりだよ?
「その辺は概ね分かった。にしたって俺についてくる意味はないだろ」
「「はぁ……」」
霧島さんと五條はため息をつく。なんでだよ。
「お二人とも、本当にこの人でいいんですか?」
「車塚さん、それはいわないで……」
「わかんないなぁ……いや確かに刀振るってるときはかっこいいな、って思ったんですけど」
「!!車塚さんはこっち来ちゃダメです!!」
「なんでですか!?」
何を言ってるのか理解できない。というよりあまり理解したくない。脳が理解を拒んでいる。
「なるほどね。本能なのかもしれないわね」
「なんだよ八木本能って」
「いいわ、横浜いくまでどうせ暇でしょ。ちょっと話を聞かせてあげるわ……そもそもあんたたち、なんでこの男が好きなの?」
いきなり何を言い出すんだよ八木は。
「ものすごいところから弾撃ってきますね八木さん」
「車塚はそこまででもなさそうね。でもあの二人とか重症でしょ」
見ると霧島さんと五條は赤くなったうえもじもじとしている。確かになんかの病気かもしれない。
「そんなことないだろうけど、仮にそうなら趣味が悪いだけだろ」
「あんたも自分のこと卑下しすぎじゃない寺前。そこまでいい男ってわけでもないけど、別に不細工でもないんだし」
「うっさいな」
「さて、実際のところはどっちでもいいわ。寺前もあり得ないよな四人同時に、とか思ってるんでしょ?」
「よ!四人って八木さんも!?」
霧島さんが声を大きくするので思わず口を押えてしまう。
「こ、声が大きい!」
「ごめんなさい」
「この子が一番重症ね。どっちにしても、寺前はまぁ悪くはないけど、ここまで好色一代男ってわけじゃない」
「そりゃそうだ」
「結論から言うわ。邪神が復活する可能性のある現在の状況で、この子たちはあんたはもちろんあんたの遺伝子を体から欲してる」
『何言ってんだこいつ』
魔剣、そこまでいうのはどうかと思うが、言いたいことが分からないわけでもない。
「八木さん、遺伝子ってなんですか」
「そっか、日本だとまだあんまり浸透していない考え方かもね。親の因子が子供に受け継がれるのはわかるわね?その因子は粒子のようなものじゃないかって考え方。それが遺伝子だって言うの」
「そうなんですね……」
『女教師と生徒みたいになってるな』
魔剣がそんなことを言うが、確かにそう見えなくもない。
「つまりなんだ?八木は状況のせいでみんなが俺を狙ってるといいたいのか?」
「そうなるわね。もし世界がぐちゃぐちゃになったらあんたモテるわよ」
俺は頭を抱えたくなった。冗談にも程がある。世界がぐちゃぐちゃだと?そんなんだったら絶対にモテたくない。
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