第弐拾玖話


 空間から滴る血。一撃が、入った。俺たちはその空間を凝視している。次に犬神が攻撃してくるのはいつか。あの一撃では、残念だがおそらく倒せないだろうとは思っているからだ。


「あっ!逃げる気です!」

「どこだ!?」

「……駄目です、もう見えなくなってきました……」


 霧島さんも見えなくなったということは、完全に逃げ切られたということか?犬神がこうもあっさり引くとは。ふと周りを見回していると、五條が嬉々として邪神の眷属を殲滅せんめつして回っている。怖い。


「できる!私にも奥義が!!」


 すごい楽しそうなのでもう少し放置していたかったが、こっちにも邪神の眷属が数匹襲い掛かってくるではないか。五條の方逝って斬られてくれないかな。無論こっちのそのような気持ちに忖度そんたくしてくれるわけもなく、眷属は俺に触手やらとがった何かを振りかざしてくる。


「はぁ~」


 ため息もでるというものだ。五條との鍛錬の成果か、眷属の攻撃が実に単調かつ緩慢で、ため息をつきながらでも余裕で躱せるということに気が付いた。前はもっと必死だったが。


『……油断しすぎだ。剣禅一如』

「悪いな。……星辰一刀流……」

「『弧月』」


 基本の技である弧月ですら、一振りで三体を屠れるというのは……なぜこの程度の存在に人間が苦戦しているのか理解できない。


「お見事です!……寺前様!上です!!」

「……星辰一刀流……改!螺旋……斬りっ!!」


 眷属の死体の上を飛び越してくる別の眷属を、霧島さんが感知してくれた。こちらも猟犬の如く眷属に向かって飛びだしてゆく。蛸とも蟹ともつかぬ異形の眷属を、一刀のもとに斬り伏せる。一刀のもとに、といったが螺旋斬りだと連続して六回回転しつつ斬りつけているが、それはどうでもいい。


 俺と五條が暴れまわってゆくうち、眷属の死体だけが屋敷の庭に残った。すべて斬り終えたようだ。


「ふぅ。一時はどうなるかと思った」

「本当ですよ!暴走バスで事故死するかと思いました!」


 五條がそんなことを言っているが、確かにそれはそうだ。あの運転とあの速度には死を覚悟したし、日本にはもっと広い道が必要だと思った。


「何言ってるんですか!あれだけ走らせなかったら間に合わなかったかもしれないんですよ!」

「車塚さん……それにはまぁ感謝しておいたほうがいいのかな」

「感謝ですって!?冗談じゃない」

「わん!……へっへっ」


 どこか誇らしげな車塚に、縛られたままの八木はかなり怒り心頭のようだ。どちらの気持ちもわからなくもない。ティンダロスの猟犬は相変わらず八木にひっついて尻尾を嬉しそうにふっている。もはやただの人懐っこい犬と化している。


「さて、斬り終えたはいいが、この死体はどう……ってなんだ!?」

「何が起きている!?」


 死体となっていた邪神の眷属が、切断面から折りたたまれるかのように虚空に吸い込まれてゆく。そのまま死体が、ひとつ残らずなくなってしまった。俺たちはその光景を呆然と見ているしかなかった。



 星御門の部下と思われる面々が、屋敷の庭を掃除している。あちこちに血痕やら粘液やらあって本当にいい迷惑なのではないか。俺たちはぼーっとしていた。当たり前だ。連戦に継ぐ連戦だ。さすがに体力が持たない。そんなところに息を切らせてトーラスがやってきた。


「星御門!ごブジでしたか!ってWhy? Why are you here?」


 何言ってるかわからんが指差しながらいうなよ。


「俺のことかトーラス?」

「ハイ、どうしてココへ?」

「列車できた後、そこのバスで来た」

「……バスって、あの壊れてるアレですか?」


 それはそうだろうな、あんな異常な速度でかっ飛ばして、おまけに空まで飛んで邪神踏みつけて壊れてなかったら逆に不思議だ。


「震災の後に導入してたバスらしいけどな」

「デモそれで間に合ったとは……ドウいう……」

「亜米利加の方ですか!いい車をありがとうございます!」

「コチラは?」

「車塚さん。ここまで俺たちを……送ってくれた……」


 俺は若干震えていた。五條も、縛られている八木や工藤も震えていた。何故かティンダロスの猟犬もちょっとふるえていた。お前は乗ってないだろ。


「何がアッタんですか……」

「ちょっと速度出しすぎちゃいました!」

「「「「ちょっとじゃない!!」」」」


 俺たちは声を合わせて叫んだ。あれがちょっとなら本気ならどんだけ出るんだ?道路の関連の犯罪あったような気がしてきた。車塚も逮捕しないと……


「このバスTTフォードデスか?そんなにスピード出ナイのでは」

「ハンドルの前の板見てみろ。原型とどめない改造してるらしい……」

「What!?... Oh ... God ...」


 そこには80のところで針が止まっているTT型フォードがあった。


「ここは日本デスし、キロ……メートルデスよね?」

「マイルです!」

「Jesus!!」


 元気よく答えた車塚に対し、トーラスがなんて言ってるのかはわからないが、言いたいことはたぶんよくわかる。俺も言いたい。


「ソレでも、無事でヨカったです。みんな死ぬか、Battleshipの砲撃を受けるかのどっちかだと……」

「それだトーラス。なんで戦艦で砲撃とかされることになってるんだ?」

「それについては私から説明します」


 先程までふらふらだった星御門がようやく立ち上がった。何かの力で邪神の眷属を抑え込んでいたようだが。


「そもそも東京には、江戸のころから陰陽道に基づいた力の流れを利用する仕組みが構築されております」

「聞いたことはあるな」

「はい。その力は必要な場合には使われることになっております。ですが……今回は危うくそれを奪取しようとする動きがありました」

「代々木か」


 星御門は小さくうなづく。


「奪われるとしたら、東京の呪的力場ともなるとかなりの確率で惨事を引き起こすことになると思われます」

「なんてこった」

「それだけでは済まない可能性もあります。その力が、ル=ルイエーに存在するクトゥルーの……」

「クトゥルー!?星御門、マサカ!?」

「そうですトーラス。彼らの狙いはクトゥルーを呼び、覚醒させることです。すでに世界各国はそれに対して対応を進めてはいますが……」


 クトゥルーってのがなんかするのか?いまいち実感がわかない。


「んでそのクトゥルーが復活するとどうなる?」

「はい、人類は滅びます」


 星御門の発言を聞いて困惑を覚える。いやそりゃ困るよ。しかしそれなら代々木たちはなんで復活させたいんだ?


「でもクトゥルーが復活したら、人類が終わるなら代々木って人たちも死ぬんですよね?」

「霧島だっけ?そこで私たちには遺物がいるわけ」

「どういうことですか八木さん?」


 霧島さんが八木の方を小首を傾げてみつめている。


「遺物には邪神の力が込められているものもあるの。それを利用すれば、クトゥルー復活後の世界でも私たちは生きられるって言ってたわ、代々木は」

「そんなことは考えられないのですが……」


 今度は星御門が困惑してやがるな。復活させたとして、この世が地獄になってやってけるとは思えないんだが。しかも八木以上の強さだろ?邪神て。


「むしろあんた、そうだ寺前だっけ?あんたたちみたいなのも生き残れそうだけど」

「なんでだよ八木」

「邪神が現れると人類が滅びます。でも過去から人類いたわけでしょ?」

「ソレはそのコロには人類がいな……」

「いーやいたわねガイジンさん。少なくとも原人ってのが。んじゃどうやって生き残ったの?」


 トーラスは何か不満そうな顔をしている。進化論ってやつが嫌いなのかもな。しかし知らんがなそんなもん、答え教えてくれよ。


「答えを言ってあげましょうか?寺前みたいなのがいたのよ。私たちはその子孫なの」

「えっ?」

「眷属を豆腐かなんかみたいに斬り飛ばせる人間が、普通の人間?そんなわけないでしょ?」


 またかよ。俺は単なる人間だっての。


「でもおかしいじゃないか。それならなんで今の人間は邪神に対抗できない?」

「そんなの、に決まってるじゃない」


 何故なら、邪神は眠りについていたから。と八木は小声で呟いた。

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