第弐拾陸話


 バスの車掌さんの女の子?が車を運転できるといったので、バスを運転してもらって急遽星御門邸を目指すことになった。それはいい。ふん縛りあげた八木と工藤はバスに縛り付けている。これでは逃げられまい。八木の能力も封じているので、逃がすことはないだろう。そこもまぁいい。


 ……運転が、運転が荒い。とにかく荒い。


 椅子にしがみついている五條は早々に顔色が真っ青になり、工藤も吐きそうになっている。耐性があるのか八木は体の方は問題はなさそうだが、あまりの運転に恐怖のあまり絶叫している。


「きゃあああああぁぁ!もう駄目ぶつかるぅううううぅ!!」

「お、お、おい」

「なんですか静かにしてくださいよ!」


 バスってさ、減速しないまま曲がれるんだって。今日知ったよ。坂道を乗り越える時にさ、飛ぶんだよ。零縮使えるお前が言うなって言われそうだが、こんな鉄の塊が暴走するのは恐怖以外の何物でもない。


「急いでるけどもうちょっと安全に運転できないの車掌さん」

「ぜんぜん安全ですよぉ!」

「減速しないで道曲がるのって、安全って言うの!?」

「これでもブレーキは踏んでますよ!アクセルかけながらですけどねっ!!」


 いやそこにやっと不敵な笑みを浮かべるところじゃないから!よくいろいろぶつかったり溝に落ちたりしないな!よくわからないが足でバンバンペダルを踏んで、左手でレバーをガチャガチャやってハンドルをぐるんぐるん回してる。目が回りそうだ。バスのハンドルのところにある針が、60の数字を下回ることがないどころか80くらいまで出てる。


「80っていう割にはなんかすごく早い気がするんだけど……」

「これはTT型フォードですからね!マイルですよ」


 確か1マイルって大体1.6キロ……とかだったっけ?……約130キロ!?出しすぎだろぉ!あっという間に星御門邸につけるな!やったね!それまで俺たちが生きてればだけどな!!


「な!なんでTT型フォードで80マイル出るんだよ!?おかしいだろ!?」

「おかしいのか工藤」

「TT型フォードなんて、30マイル(約40km)も出ないだろ普通!なんで出るんだよぉ!」

「関沢さんが原型とどめないほど改造しましたからね!中身はほぼ別物ですよ!」

「おまえらおかしいだろぉ!!」


 うん、おかしいね。列車を余裕で追い抜くどころか、馬車も他の車もどんどん追い抜いてるよ。周囲の人たちも目を白黒させてるよ!


「ここって2車線じゃないよな?」

「じゃないですけど?」

「まえ!前からくる、車にぶつかるぅううううぅ!!」

「大丈夫ですよ……っと!!」


 前からくる車との間を巧みにかわしつつ、車掌さんが帝都を爆走する。なんで俺たちこんな爆走バスに乗ってるんだろう、前世で何か悪事やったかな。あ、五條の意識が危ない。顔を軽くたたく。


「おい、しっかりしろ」

「もうだめです……」

「俺たちつく前に体持たなそう……」


 工藤の発言に、絶叫する力すらなくなった八木が小さくうなづいた。車掌さんが突然怒鳴る。


「前に何かいるんですけど!あれなんですか!」

「あいつ……幹線という幹線に眷属を召喚したの!?」

「どういうことだ八木!?」

「見てわかんないの?あんたたちを妨害して、本気でその星御門だかを潰すつもりよ!?」


 そこまでして俺たち妨害されないといけないのかね?この邪魔な奴斬って進まないといけないのか、と思っていると車が加速する。


「そのまま壁と怪物の間をすり抜けますよぉ!!」

「「「「ええええええ!?」」」」」

「しっかり、つかまっててくださいねぇ!!!」

「「「「やめろおおおおおお!!」」」」


 いや本気でやめてほしい、死ぬ。俺はここのところ、死ぬような目にばっかりあってきた。日比谷の時も死にそうだった。由衣に魔剣もたれたときもそうだった。五條の鍛錬でも死にそうだったし、さっき八木と相対してた時もだ。だけどこれは別の意味で死ぬ。具体的には交通事故死だ。走馬灯って、生きるための方法を模索するために見るらしいね。そうだ。……なお、車掌さんは止まる気がない。


「魔剣!斬り開くぞ道を!」

『正気か!?』

「どうだぬきだ!」

「いきますよおおお!!」

『うおおおおおお剣禅一如おおおおお!形態変化どうだぬきぃぃ!!』

「星辰一刀流ううう!!やけくその奈落う!!間に合えええ!!」


 こうなったらちょっとでも間を開かないと事故死する!魔剣に同田貫になってもらった上で、全力で叩き斬って道を斬り開く!思わず目を閉じる。衝突の衝撃に備えるが全然衝撃は来ない。そっと目を開ける。


「生きてるぅ!!」

「よかったぁ!!」


 俺たちはこの時ばかりは、敵味方関係なく喜んだよ。そりゃそうだろ、交通事故死なんてたまったもんじゃねぇ!しかしバスの速度は全然落ちない。車掌さんがアクセルを踏み込む。


「目的地はまだですよね!?」

「い、いやここまで来たらあとは電車でもバスでもいけるような」

「幹線沿いや線路にあいつのはなった眷属がいると思うけど……でもこの暴走バスもういやぁ!!わたし降りるううう!!」

「ええい車掌さんこうなったらやけだ!星御門の家は上野の方だ!そっちまで突っ切ってくれ!」

「やめろおおおおおお!!」


 もうこうなりゃやけくそである。家の近くまで突っ走ってもらうぞ!パニックになってる近隣住民や警察を横目に、目的地の上野を引き続き目指す。


 乗ってる時間多分半刻もないと思うんだが、何時間乗ってるんだろうって気分になる。とにかく揺れる。気持ち悪い。これだと汽車の方が全然いい。もうこんな乗り物乗りたくない。


「もうちょっと揺れないようにできなかったのかよ!」

「それより速さです!速ければ乗る時間減るじゃないですか!」


 いずれ事故るわそんなん。駄目だこいつ、早くなんとかしないと……。星御門の屋敷に近づくと、あかん、これ眷属が十重二十重に取り囲んでやがる。俺はさっきの死の恐怖こうつうじこしが再び迫っているのに気がついた。


「あの中突入するんですよね!」

「そうだけど、ここまできたらもう降りて向かっていいかな?」

「あの化け物をどうにかしてる時間あるんですかぁ!?ないでしょう!ないですよねぇ!!だったらぁ!!!」

「おいおいおいおい馬鹿やめやがれぇ!!」

「何言ってるんですか!わたしには車塚かなめって、ちゃんとした名前があるんですよぉ!いっけぇ!!」


 バスとして亜米利加から海を渡ったフォードTTは、原型とどめない改造された上邪神の眷属を踏み台にして空を跳ぶなんて思ってもなかったろうな!俺だって思わねぇだよぉ!!


 そのまま数百キロの車重に人間五人を載せたそいつが、眷属の上を踏み越えた上、さらに別の眷属に跳び乗ろうとしている光景は、もうどっちが人類にとって敵なのか分からなくなると言いたいものだった。無論後者の方だと思う。五條の身体を引っ張って窓のそばに持っていき、怒鳴る。


「五條さん!こうなったら降りる所の眷属を斬るぞぉ!!」

「うえええええ!は!はぃい!!」

「『剣禅一如おおおおお!!!』」

「合わせます!せ、星辰一刀流うううう!!!」

「「『奈落!!!』」」


 車の両側から、最大限の力で落下地点の邪神の眷属に剣技の一撃を叩き込む。十字に斬れたところに車がタイヤから着陸し、向こう側が見えた。


 小太刀のようなものを構えた星御門と、短刀のようなものを持った霧島さんが、きょとんとした顔で俺たちを見つめていた。


「寺前様?」

「お、おう、無事か?」

「い、一応……」


 本当に狙われてたんだな星御門たち。そして襲われてたんだな眷属に。にしたってこんな光景はさすがに想定していなかろう。俺もこんなふうに戻ってくるとは思ってなかった。

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