第弐拾肆話


 蛮カラを殴り倒して逮捕した後、露出狂の公然猥褻女も逮捕した。その身で己の行いを悔いるがいい公然猥褻犯。突然、公然猥褻女が震え始めた。


「……」

「どうした公然猥褻犯」

「……なんで……なんでわたし服脱いでるのよおぉ!?」


 俺に聞くなよ。阿片アヘンでもきめてるのかお前は?女が真っ赤になって叫んでいる。こっちがびっくりだわ。


「自分で脱いでご丁寧に畳んであるぞ。あと裸になって何が悪いというかもしれないが、猥褻物を陳列するのは公序良俗に反する立派な犯罪だ」

「そういうことじゃない!……あぁもう、黒山羊に汚染されたの!?仕方ないけど……」


 汚染?どういう意味だ?精神汚染とかそういうことか?……こいつら……。ひとしきり叫んだあと、落ち着いたのか女はにやりとこちらを見つめる。全裸で。


「工藤はあんなんで、使えないし……いいわ官憲の狗、相手になってあげる」

「って捕まってるじゃないかお前、俺に」

「捕まってる?誰が?」


 そういうが早いか、鉄の輪だけが俺の手に残った。周囲を見回す。女の髪に巻き付かれていた被害者たちが倒れこむ。


「なんだとっ!?」

「と、いつでも逃げられるわけ」


 そんなことを言いながら女は畳んである服のところに一瞬で移動し、服を着始める。


「着るなら脱ぐなよ」


 別に残念だとかそういうことを思っているわけではないが、思わずそうぼやいてしまう。


「うるさいわね……それなりの代償も必要ってこと」

「強くなるのにか?借り物の力で強くなっても身を滅ぼしそうだが」

「……身を滅ぼす?代償を払ってでも、これから来る地獄を生き延びられたほうがましよ。だ、大体全裸くらい、別に見られたからって減るもんじゃなし」

「そりゃそうだが、捕まるぞ……星辰一刀流……」

「捕まる?こんなにあっさり逃げられ「零縮」ても?」


 中途半端に服を着た状態の女に、また手錠をかける。色々見えるぞ、毛とか。先っぽとか。手に手錠をかけた俺が言うことでもないが。


「なんでついてこれるの?……せめて服は着させて……」

「そんなこといって逃げる気満々だろお前」

「猥褻物陳列してるの誰のせいよ誰の」

「だったら脱ぐなっての」

「……いちゃいちゃしているところすいませんが!」

「「え?」」


 五條が、こめかみに血管を浮き上がらせて俺たちを笑顔で睨んでいた。そんな怖い笑顔って人間出来るんだ。俺も女も震えていた。


「戦う気あるんですか!寺前様は!」

「今はまともに戦う気はあんまりない、工藤と殴り合って疲れたから。あと素手の全裸の女にあまり手を上げたくない」

「わたしには上げたのに……」

「真剣で斬りかかってくるからだぞ」

「あと、この女素手とかいっても、それ以上に危険なんですよ!」

「全裸なのに?ってあっ!」


 女が完全に服を着こんでしまったうえ、手錠からも抜けられてしまった!くそ、縄かなんかで縛っとけばよかった!


「まったくふざけた男ね。いいわ、遊んであげる」

「ちょっといいか女」

「……女って。わたしは八木って名前が」

「んじゃ八木。お前、本気出したらまた服脱ぐの?」

「えっ……そ、それは……くっ……」

「脱いじゃだめです!!」


 五條が怒っているが、この女が全裸になっていたのはどうもその能力か、はたまた呼び寄せた邪神と関係しているように思える。だが、女だし服はあんまり脱ぎたくないだろう。そこは狙うしかない。……こいつは工藤なんかより数十倍は強そうだ。ちょっとでも弱点があるなら突く。突くしか生き延びられない。冗談めかしてふざけたことを言っている俺だが、内心は冷や汗を流している。


「……五條さん、気付いているだろうが」

「はい……まずいですね……」

『邪神の本体に近い?』

「そうだ。まともにやりあって勝てる気が全くしない。一分以下ってところだ」

『どうするつもりだ?』

「奴の力の源泉を叩く。それしかない気がする」


 女の髪が泡立つ闇のようにも触手のようにも変形してゆく。とっさに俺と五條は飛びのいた。周囲の闇から女の髪の毛が出現する。そういうからくりか。


「防戦一方では勝ち目がないな」

「そうです。でも接近するのも難しいです」

「零縮は」

「……水の剣などが使えない私では無理です」


 そういう問題があったか。そうなると俺が接近戦に持ち込むしかないが、接近戦に罠がないか気になる。


「今近づいたら何か罠があるか。先程は不意をつけたからよかったが」

「……そのまま斬ればよかったのでは?」

「いやいきなり斬っちゃまずいだろ、人殺しとかでもしてるならまだしも」

「変なところで律儀なんですね」

「言ってろ、新聞屋ぶんやに叩かれたりするぞそんなことすると」


 今のところは八木も人殺しとかしているわけでもないのだから、いきなり斬るって選択肢はどうなのか。日比谷の時は仕方なかったが、なるべくなら斬るのは避けたい。その間にも触手のように髪が襲い掛かってくる。接近戦にもちこむしかなさそうか。


「ふふふ。手間取っているようね。ほぉら、もっと踊りなさぁい?」


 調子に乗りやがって、全裸になって何が悪いとか言ってた女が(註:言っていない)。見ていると、女は大量の汗をかき始めている。能力の影響だろうか。適当にそこらへんの髪を斬るが、攻撃の影響は受けていないようだ。髪だしな。


「ジリ貧ですね」

「全くな」


 どんどん汗をかく八木。こちらも回避に専念するしかないが……何か、何かないか?


「ほぉらほぉらほぉぅら!どうなの!……あぁ!昂ってくるわぁ!!」


 ん?まさかと思ったが、本当に八木が高揚して服がはだけてきた。能力の代償はこれか。観察していると五條に耳を引っ張られる。


「ちょっと!なに見てるんですか!」

「違う!……どうやらあいつ、能力を発動させるたび、昂るらしいな」

「どういうことですか?」

「見てわからないのかよ!……あぁもう説明しづらい!」


 また服を脱ぐのかもしれないが、こう昂ると髪が暴れていくというのなら、脱いだらさらに能力が向上しそうだ。となると……


「にしてもあいつ、また脱ぎそうだから脱がせないようにすればいいんじゃないか?そうしたら能力を封じられるかもしれない」

「また突拍子もないことを思いつきますね」


 何か八木の服を脱がせないようにするにはどうしたら……と思って逃げながらバスのほうまでやってくると、バスの前で、バスの車掌さんが逃げ遅れていた。何かに絡まっているようだ。


「おい!こんなところにいたら危ないぞ!」

「す!すいません!足が絡まってしまって……」


 なんだこれは?鉄線のようにも見えるが、どうして……ともかく、鉄線の一部を斬り、なんとか車掌さんを助け出す。ちょうどいいなこれ。


「あ、ありがとうございます!」

「ここは危ないから早く逃げろ!」

「は、はい。ところでなんでその線持ってくんですか?」

「あいつを捕まえるためだよ!星辰一刀流!零縮!」


 いうが早いか、俺は窓から八木に向かって飛びかかる。光をも超える速度にて接近した俺は八木に鉄線を絡め、再度発動する。あまりのことに八木も追いきれないようだ。


「零縮!零縮!……零縮ぅ!」


 そして鉄の線で八木をがんじがらめにした。汗と冷や汗をかいている。脱ぎたくないって言ってたからな、お望みどおりにしてやった。


「……って、何縛ってるのよ」

「これでもうお前は脱げない」

「なんかすごい暑いんだけど……」

「そりゃそうだろうな」

「く!髪が……重く……こんなつまらないことで……」


 八木の髪がだんだん動かなくなってゆく。そうすると、髪の間に奇妙な物体を見つけた。角のように見えるこいつが八木を邪神にしてたのか?俺は魔剣で、その物体と頭の間の隙間を突いた。八木はビクッ!と身体をのけぞらせたかと思うと、そのまま動かなくなった。

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