第弍拾壱話
あれからかなりたった。
……俺の心は、折れていた。折れていても胃に飯を押し込み、そして……狂ったように鍛錬を続ける。
素振り五千回ってなんなんだよ腕がちぎれるだろ!最初の数日はそれで一日が終わる。それが一定の時間でできるようになったら、今度は走り込みだ。走り込みと素振りが一定時間で終えられると、次には滝行である。滝行て。仏陀も苦行では悟れないといっていたのに、何で五條はそういうことをさせるかな。水が冷たい。おまけに頭に水が当たって重いというか痛い。
それも終わったら、今度は竹刀でのやりとりである。魔剣なしでは星辰一刀流はほとんど使えない俺にとっては、五條の攻撃は脅威という次元を超越していた。一方的に竹刀の暴風に嬲られて意識を失う。意識を失ったら冷水に頭をぶっこまれる。死ぬぞこれ。むしろ良く生きてるな俺。
そりゃ確かに強くはなりたい。強くはなりたいが死んだら強くなれない。そう思うんだが、帰ってから胃に飯を押し込み魔剣を抱いて寝ると、翌日には大分あちこちの激痛が引いている。嫌だぞこんな強制回復……これ普通の修行より厳しくないか?生きてるだけで致命傷だよ!!
全身が変化しているのは感じる。星辰一刀流の技を振るわれ続けるうちに、俺ももう一つの技を素で使えるようになってきた。が、それでも五條には勝てない。
「零縮で逃げようったってそうはいきませんからね!」
「なんで零縮の行き先が読めるんだよ!?」
「技が出てしまってからでは逃げられますが、それまでに時間がありますから」
なんてことだ。零縮使っても逃げられないとは。ほぼ瞬間移動といっていい速さに達しているつもりだったがそれを読まれるとは、化け物かよ。
今日もぼろ雑巾のようにされ、何とか帰ってきた。死ぬ。湯治はしているが湯が染みる。折れた端からまた折れるんじゃないか骨?骨を強化するために牛乳を飲む。そのまま倒れこむように寝て、朝は
ソトースの行方は依然洋として知れず、警察も必死に探しているが見つかる気配がない。あんな逃げ方をされたのでは追うのは難しいだろう。あの闇を見て宿の従業員が一時おかしくなっていたが、今は何とか回復している。本当に信奉者の連中は、どこかでみんな変な病気にでもなってのたれ死んでくれないかな。そんなことを思いながら準備をしていると、東京の星御門から電話が入ったというので宿の下に降りる。
「もしもし、俺だ。何かあったか」
そう電話口にて声をかけたがしばらく返事がない。何故か背筋に冷たいものを感じる。妙な威圧感が電話口に漂う。
『な に か あ っ た か ですって?』
「……あの、その声は霧島さん?」
なんで霧島さんが俺に電話かけてくるんだよ。しかも声に威圧感がある。
『ひとが滝行だの座禅だの山行だのやっている間に、女の方といちゃいちゃと楽しんでおられるとか!?えぇいい御身分ですね!!』
何だか人格変わってません?そんな激怒される覚えはないんだが。
「ちょっと待ってくれ霧島さん。まず、なんで修行してるの!?」
『……星御門様に自らの身を護れるよう、精神修養と身体能力向上を強いられているんです』
「そ、それは大変だな……」
『えぇ大変ですよ、誰かさんが有馬の温泉で、悠々と女の方といちゃいちゃされている間にですね!』
だが待ってほしい。かなりの誤解がある。
「……それは大変だが、こちらも大変だぞ言っとくけど」
『何が大変なんですか温泉でいちゃついてるだけでしょうに!』
「素振り五千本」
『……五千……』
「さらに山行滝行は俺もやってる!」
『えぇー』
「おまけに星辰一刀流の皆伝の遣い手に竹刀で蛸殴り!全身打撲で風呂入って飯押し込んで寝るだけ!朝は鳥の餌!!」
事実である。これのどこが温泉でいちゃついているだけなのか。
『た、大変なのですね……』
「誤解が解けたようで何よりだ」
『……それではその、五條さんという方とは何もないんですね?』
「一方的に竹刀で蛸殴りにされているのをいちゃいちゃというなら、それはいちゃいちゃに入るのかもしれないが」
『おかしいですね……』
何がだよ。霧島さんの言い方がけんがある言い方から、不審なものを感じた時のそれに変化している。
『五條さん、『寺前様が婿養子に入ってうちを継いでくれるんだぁ♡』とか言っておられましたけど』
おいおいおいおい、それ本気で聞いてねぇぞ!
「どういうことだよ!いや、確かにそういう提案は受けたが、同意した覚えは全くない!」
『……五條さんって思い込みが激しい方なんですか?』
「いわれてみればそういうところはあるかもしれない。待てよ、今日は朝起きたら五條が隣で寝ようとしていた気がしたが、あれはまさか……」
『……逃げてぇ!寺前様逃げてぇ!!!』
冗談じゃねぇぞ本当に!同意もなしに婿養子になるのは勘弁だ、俺の意見を聞け
「魔剣!」
『なんだ突然!』
「逃げるぞ」
『いきなりどうした!?修行は?』
「修行より俺の貞操が危ない」
『貞操』
「どうも五條の奴、俺を婿養子ににするの既定路線みたいだ!勝手に婿養子になんてなりたくねぇ!お前も封印されたくないだろ!」
『……だったら最初から逃げればよかったのでは』
それはそうだが強くなりたかったんだよ!とはいえひとまずはもう十分だろう。それより俺の貞操だ。合意もなしに絡新婦に食われたくはない。
「でもなぁ、おかげで少しは俺だって強くなったぞ。星辰一刀流の技もいくつか習得はしたし。今の俺なら、お前がいれば五條からも逃げられるだろうな」
『なるほど。ならひとまず逃げ切るぞ。どこに向かう?』
「東京に戻る」
『今の江戸も悪くはないな、あの人の多さなら』
そういうわけで、俺と魔剣は五條に気付かれないように脱出することにした。温泉宿をの部屋を抜け出し、こっそり金を払って(五條の分も払っといた)周囲を警戒しながら小走りに逃げる。
駅が見えてきた。さすがの五條もここまでは追ってこれまい。急いで列車に乗り込む。ひと段落ついたな。……と、思っているとだ。
「みぃーつけたー」
「ひいいいいい!!」
『ひいいいいい!!』
俺も魔剣も変な声出てしまったではないか。なんでいるんだよ五條!
「な!なんでいるんだよ!?」
「……はぁ……はぁ……逃げ出したから急いで追いかけてきたんです!そうしたら!これですか!?修行終わってないでしょうが!」
「……五條、一つ聞いていいか?」
「はい?なんですか?」
「婿養子なんて俺いつ同意した?何月何日何時何分に!」
「な、なんのことでしょうか?」
五條の顔がさぁっと青ざめた。なんのことかだと?しらばっくれるなよ!?
「霧島さんに全部聞いたぞ!勝手に婿養子にされてたまるか!」
「いやそれは……なんていうか、言葉の、あや……?」
「言葉のあやで済むかよ!俺の人生なんだと思ってんだ!」
「その、霧島さんって方、寺前様の良い方なんですか?」
「んなことねぇよ」
「おかしいですね……」
なん……だと……?
「霧島さん、『寺前様はわたしのこと大好きですから♡』とかおっしゃられてましたよ」
「えっ?」
「『まぁわたしはそこまででもないんですけどね……寺前様ったらわたし好きすぎて、なんでもうこれしょうがないですよね♡へへへ』とか言われていたんですが……」
「畜生!
女郎蜘蛛から逃げようと思ったら、逃げた先にも女郎蜘蛛いるのかよふざけんな!妄想力高すぎだろどいつもこいつも!邪神の前に俺の人生が危ない。
……とりあえず東京帰るまでの暇つぶしに、本でも買って行くことにしよう。せめてもの腹いせだ。どうせこの世がままならないなら、他の世界に没頭する時間も必要というものではないか。
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