第弐拾話


 目の前に広がる、畳に刺さった無数の刀。


 俺も唖然としていたが、唖然としていたのは代々木たちも同じである。突然虚空からいきなり無数の刀が出てきたら、何が起きたか理解できなかろう。うん、確かにこれは一見すごい。思わず代々木たちも手が止まっている。だが。


「……んで、これどう使うんだよ」

『見ればわかるだろうが』


 義輝公も正直困ったんじゃないかこれ。斬れ味が悪くなったら交換とか、そういう使い道以外に何かあるのか?見てもわかんねぇよ。とりあえずだ。


「飛び道具第弐段!刀投げだぁ!」

『そ、そうじゃない!!』

「うわ!投げてきやがったこいつ!」

「おい馬鹿やめろ!あぶねぇよ!お前警官だろ!!」


 信奉者たちが俺に罵倒を浴びせかけながら、宴会場の中、俺が投げ続ける刀から逃げ回る。どんな絵図だよ。代々木にもぶん投げる。あ、他の奴に刀の刃じゃないほうが当たった。なんでだよ。どういうカラクリなのか見当がつかない……そして信奉者が倒れると同時に刀が消える。


「これじゃ高値で売り払えないじゃないか!」

『当たり前だろ!刀の実体じゃない、刀魂なのだからな!』


 知るかよそんなこと!代々木が怒り心頭といった表情で光弾を放ってくるので、こちらも刀をぶん投げて応戦する。刀と光弾が衝突して消える。名刀っぽい刀が消えてゆく。代々木が低い声で憎しみを込めて吐き捨てる。


「舐めた真似をする」

「舐めてるのはどっちだ!そもそも人間が撃ってくるんじゃないぞ光弾!」

『はぁ……義輝も義輝だが、おまえも無茶苦茶だ』

「だったら使い方説明しろよ!」

『刀魂はお前が振るいたい数だけ振るえる!だから刀を手に取ってだ!』

「人間の俺の腕、二本しかないんだが」


 魔剣が突然黙り込んでしまう。おい、ちょっと待て!今までわかってなかったのかそんなことが!?そこからか!そこからなのか!?


『二本?』

「二本」


 急に刀が消滅してゆく。どうしたんだ魔剣。すると魔剣、非常に申し訳なさそうに、こう小声で言ってきやがった。


『……正直、すまん』

「すまんですんだら警察いらねぇよ!!」


 光弾が無数に飛んでくる。おい、この状況どうすんだよ!?逃げ回りながらふと思いつく。


「おい魔剣!もう一回刀魂現界しろ!」

『……してもお前の腕二本しかないだろ』

「いじけてんじゃねぇ!刀魂現界の向きをだ!!下じゃなく!」

『向き!?』

「あいつらに向かって刀魂をだ!」

『そうか!おおおおお!』


 魔剣が気合を入れ始める。その間にも、上に下に、左に右にと縦横無尽に飛び交う光弾。よく考えたらなんでこんなに避けられてるんだ俺?


『剣禅一如っ……!星辰一刀おおおおお!』


 体力が持っていかれる。立ってるのがきつくなってきた。信奉者たちが両手に光弾を集めて一気にとどめを刺そうとしてくる。こちらだってなぁ!


「『 刀 魂 現 界 !!』」


 幾百もの刀が、今度はあたかも弾のように飛び出してゆく。轟音とともにかなりの速さで飛び出す刀の弾幕に、信奉者の光弾は消滅し、信奉者たちも次々と当たって倒れてゆく。代々木にも向かっていくのだが、どうもうまく他の信奉者を盾にされてしまう。代々木以外はみんな倒すことに成功した。どうも当たってものびる程度のようで、死んではなさそうなので何よりである。なんでかは謎だが。


「くっ……人間ごときがここまでやるとは……」

「人間ごときってお前も人間だろうが」

「進化した存在である我らを人間ごときと同一視するとは……いや……その感じ……貴様……人間ではない?」


 頭でも打ったのか代々木が変なことを言い出しやがった。ちょっと言ってることの意味が分からないんですが。


「何言ってんだよ人間に決まってんだろが阿呆あほうが」

「気づいていないのか……これは……ハハハハハ……いいものを見つけてしまった!しばらくお前の身はお前に預けておく!」


 何言ってんだこいつ、とも思ったが、高笑いとともに代々木が突然不定の形に姿を変えてゆく。触手のようにも、粟だつ闇のようにも見えるその姿。そして……あろうことか外に出ていたソトースの方に向かっていく。消耗しきった俺は、さらに何かに阻まれて、足が動かない。くっそこいつまずいぞ。精神が統一できない?意識が朦朧としてやがる。あいつ、何なんだ!?ソトースが代々木に絡みつかれていく。


「ちょ……待て!」

「!!ソトースさん!?」

「What!?」


 異形がそのまま窓から出て行ってしまう。姿ももう見えない。五條も俺も追いつけなかった。突然何が起こったのかはわからない。ただ一つ言えるのは、ソトースは代々木の変化したその異形とともに姿を消したということだ。俺たちはしばらくその場で呆然としていた。



 電話連絡にてやってきてもらった警官たちのおかげで、気絶していた信奉者たちを多数捕まえることはできた。意識を戻した信奉者たちは、正気を失っており、まともに会話することことすらできなかった。


 首謀者の代々木は捕まえることができず、ソトースもどこかに連れ去られてしまった。大失態である。星御門にその連絡をするのが気が重い。電話口でうろうろしていると、向こうから電話がかかってきてしまった。宿の主人に電話を渡される。


「星御門か。俺だ。申し訳ない。取り逃がした」

『……取り逃がしたのがよりによって代々木だって本当なのですか!?』

「そう呼ばれていたが」

『……五体満足精神健全で生きているだけで奇跡ですよ……』


 俺は一体何と戦ってるっていうんだよ?どんな化け物なんだよ代々木ってやつは。


「それにしたってもう少しうまくやりたかったが……」

『代々木がどういう存在か十分にわかっていません。人であるかどうかすら怪しいと考えております』

「そんな……こともありそうだな」

『それと、ソトースという方を奪われたとのことですが……ソトース……ダンウィッチの事件の時の邪神の名に似ているのも気になります』

「でも待ってくれ。ソトースは普通の人みたいだったぞ」

『妙ですね。普通の人のはずのソトース氏を代々木は何故奪って行ったのでしょうか』


 普通に考えて、何らかの関係があるからだろうな。名前の一致、行動、一貫性がある。


「意味のない行動ではないだろうな。もう一つ気になるのは、俺の体を俺に預けておくとか言い出したことだ」

『そちらは意味がわからないですね……』


 いずれにしても、俺もめでたく代々木たち信奉者に狙われる側になってしまったのか。次はあいつを仕留めないと。そのためにまずは……。


 俺はその場に座り込んでしまった。五條が俺に駆け寄ってきた。


「寺前さん!?」

「身体が……もたん……もう、今日は休ませてくれ……」

『お、おい!寝るなら宿で寝ろ!!』


 魔剣や五條の悲鳴を聞きながらも、俺は意識が切れてしまった。あちこち痛いんだけど……湯治……湯治させて……

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