第拾玖話


 五條が頭の中の蟲を斬り払ったとたん、崩れ落ちるように男が倒れた。それを見てざわめく一同。正直、あなたたちの頭の中にもう蟲入っちゃってるんです、って言いたい気もするんだけど、それ言うと多分大混乱になるから言うに言えない。おまけになんか約一名にすごく睨まれているし。


「そんなににらまれても、蟲がいるのは確かなんですよ。我慢していただけませんか」


 そういった俺の目線の先の男を、宴会場にいた一同も注視する。ソトースもすこしぎょっとした表情で男をみている。それもそのはず、親の仇かのような表情でそいつが俺を見ているからだ。一同が男を注視するのに気が付いたからだろうか、男が少し表情を変える。


「ああ、すまなかったな」

「代々木さん、どうされたんですか。警察の方、別に何かしてないと思うんですが」

「……気にしないでくれ」


 そういったが、表情はそこまでゆるんでいない。こいつ、本当に官憲が嫌いなんだな。……嫌いなのは官憲なのかも疑問にはなってきたが。小声で魔剣に問いかける。


「魔剣。あと何人いる?」

『十人だ。先に出したほうがいいのではないか?』

「そうだな。少しずつ出すしかない」


 こう小声でやり取りした後、俺は天井を見る。そして叫ぶ。


「くそっ!そっちに行った!そこの人、おかしなことないですか!?」

「え!?い、いやないと思うけど……」

「こっちに来てもらえますか」

「ちょ、ちょっと」


 無理やり手を引き、そのまま五條の前を通らせる。その次の瞬間には、五條が蟲を刈り取り、直後に男が倒れこむ。


「五條さん!お医者さんを呼んできてもらえますか!この蟲、毒もあるんですよね!?」

「毒というより寄生虫に近いんです!こんなに早く回るとは!」


 茶番である。演技力にも疑問があるな、我々。しかし、蟲の脅威は認識してもらえている気がする。多少無理やりな展開でも、頭の蟲を殺していかないといけないのだが……当事者はともかく巻き込まれた人たちには何ら罪もないはずだし。


「先程の人の近くにいたみなさん!蟲がいるかもしれません!並んで一人ずつこちらにこられてくれませんか?すいませんが引き続きよろしくお願いします!」

「あ、ああ……」

「巡査さん本当に大丈夫なんですよね」

「大丈夫だといいたいのですが……できるかぎりのことはします」


 そういいながら、頭の中に魔剣が検知した蟲がいる人を入り口に連れて行き、また五條に斬ってもらう。また、一人倒れる。最初に倒れた人が目を覚ましたようだ。


「ん……ここは……?なんだか頭がすっきりしたような……」

「まだ蟲の影響が残ってるかもしれません。しばらく安静に!寺前さん!どうやら短時間で目覚めるようです!」


 五條がそういうのを聞き、俺は小さくうなづいて次の人を案内する。とにかくまず先に蟲の対処だ。こうして、この部屋にいる蟲の感染者は全員対処できた。それはいい。これから……信奉者のあぶり出しが必要だな。


「蟲の方はひとまず対処できました!ご協力感謝します。ですが……」

「おいおい今度はなんだ」

「はい。ちょっと確認したいことがありまして……お伺いしたいのですが……」


 こうなったらまとめて聞くか、二十人くらいいるようだが。俺は星御門にもらった、布の上に染められた絵を開いて見せた。布には、怪物の絵ががかれている。蛸のようにも見えるが色はくすんでいる。星御門はこれを見たとき嫌悪感を感じたというが、俺は別に何も感じない。


「この、絵を見ていただけますか」

「はぁ?」

「まぁいいけど」


 反応は様々だが、それでも絵はみてもらえるようだ。


「実はこの絵、違法な薬物の輸入に使われる符牒の絵だ、と聞いているんですよ。これの符牒とか……ありませんよね?」

「こんな気持ちの悪いもの、見せないでくださいよ」

「符牒にしても大きすぎやしないか?」


 ごもっともである。気持ちの悪いと感じた人間も多いようだが、それ以外の反応をうっすらと見せる者たちがいる。ソトースは気持ち悪がっているようだな……こいつはシロのようである。代々木は俺をさらににらんでやがるが、こいつ、そうなんじゃねぇのか?


「それでは、この符牒の絵を踏んでいってもらえますか?」

「踏む?」

「はい。なんでも、この符牒を扱う者たちは踏めないらしいんですよ」

「そんなの別に、なぁ」


 こうして、何人かが普通にこの絵を踏んで部屋を出て行った。全員出て行ってくれるとしたらいいんだがな。ソトースも普通に踏んで出て行ったが、それを代々木はじっと見ている。つらはいいのにそんなにしかめっ面してるのは何でだよこいつ。


「あれ?皆様、なんで踏んで出て行かないので?」


 残った者たちがわなわなと震えている。代々木に至っては今にも俺を殴りつけそうな勢いである。


「き、貴様、何をやってるのかわかってるのか?それは」

「遺物とやらか?」

「な!警察が何でそれを!?」

「そっちこそこんなとこで何やってるんだよ?信奉者も宴会するのかよ?」

「この地に神を下ろそうというのに、神聖な遺物によくもこのような扱いを!」


 一人の男が突然切れた。おちょくりすぎたか。


「我々相手に一人でのこのこと警官が何ができる!!」

「何って……逮捕とか?どうせ悪いことしようとしてたんでしょうが」

「善悪是非の決定権がお前にあるというのか、官憲の狗!」


 代々木もなんだか激高している。引かれ者の小唄だ。聞くだけ聞いてやろうか?


「警察ってさぁ」

「は?」

「捕まえるのが仕事なんだってよ。善悪是非の決定をするのは、裁判おしらすでしょうが」

「我らの行いの是非を裁判に?……人ごときが裁判で我らを?ハハハ、面白い冗談を言うな官憲の狗」


 だんだん本性をあらわにしてきたなこいつ。


「あんたも人でしょうが。所詮ちっぽけな人間なのはそっちも一緒だろ?」

「……ちっぽけな人間といったか?いったか!?」


 いったよ。だからなんだよといいたい。口には出さなかったが、そう思った。


「我らの力の片鱗だけで、貴様はここで朽ち果てるのだ官憲の狗!」

「またかよ。魔剣!」

「『剣禅一如』」


 この前の日比谷の奴より、正直なところ強さを感じない。だが……数が多いな。


「星辰一刀流」

「終わりだ」


 何かの光の弾が俺に向かって飛んでくる。見え見えだ。さっさと終わらせる。振りかぶった刀を火花を散らせつつ、連続して振るう。殺しはしないが。


「……紅蓮」

「ぐほっ」


 ……えっ?俺は代々木に対して剣を振るったはずだったぞ!?なんで別の奴が倒れてるんだよ?


「少しはできるか。官憲の狗かと思って甘く見すぎたな」

「こっちもな」


 しかしさすがに数が多い。おまけに全員光の弾みたいなの用意し始めたぞ。ちょっときつくないか?


『無明。ここは一か八かだ。義輝の時のように、刀魂現界に賭けるぞ』

「なんだそりゃ?」

『いいからやるぞ!剣禅一如!刀魂!現界っ!』


 光が、あたりを包む。急激に体力が奪われる。だが、その代償はすさまじいものだった。


 ……無数の刀が、俺の周りを取り囲んでいた。見ただけで分かる。そのすべてが名刀と呼ばれるに値する刀のようだと。



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