第拾捌話


 俺と五條(そしてゲジ)は、宿屋の中をひた走ってた。このゲジ、本当になんかついてきてるんだけど……単に蟲を食べたいだけなんだよな、そうに違いない。


 それにしても天井に蟲が多すぎる。次から次から……。


「魔剣!なんか蟲相手に丁度いい形態ないのかよ!」

『蟲といっていいかどうかわからんが、頼光が土蜘蛛斬ったときの刀にでもなってみるか』

「やってくれ!」

『形態変化!膝丸!』


 すらりとした、わずかに緑を帯びている気もする刀身がそこに現れる。軽く振るう。


「蟲を斬るのに向いてるのかこれ?」

『虫食みの異名もあるくらいだ。向いてるのではないか』

「そういうことなら……剣禅一如……星辰一刀流……」


 意識を集中する。数が、とにかく多いからな。まとめて吹き飛ばしたい。連撃を浴びせかけろ!


「叢雲!」


 天井という天井の蟲たちに斬撃を放つ。すごい数だ。拾や弐拾じゃきかないぞこれは。五條も剣を構える。俺同様に叢雲の斬撃を天井に浴びせかける。俺よりも斬撃が多い気がする。


「多少は減らせましたか?」

「そうだな。次の部屋に行くぞ!」


 多少減らしてもまだまだいやがる。むしろ増えてないか?鬱陶しい!


「叢雲っ!叢雲叢雲叢雲っ!!」

「きりがないですね」


 五條は全く息が上がっていないのに、俺はもう疲弊している。ていうより痛いって言っているだろうが、早く湯治させろ。ゲジも次々と蟲を屠っている。がんばれゲジ、がんばれ俺たち。次の部屋に向かうと、気配が薄い気がする。いや……違う!


「五條さん気をつけろ!幼蟲だ!」

「そんな!叢雲も当たらない!」

「というより、見えないぞこれは!」


 蟻よりも少し大きな程度の幼蟲は、次々と俺たちを狙ってくる。斬撃で対応しているが息も絶え絶えである。五條のほうはまだそうでもないようだが。体力付けないと。ゲジがそちらのほうに向かっていく。ゲジが幼蟲を次々と殺しているが……


「まずい!ゲジ!」


 ゲジが幼蟲に取り囲まれてしまった。このまま放置するわけにもいかないが、幼蟲だけ殺す方法は……蟲玉になってしまっているじゃないか。


「……星辰一刀流……幽世っ!」


 五條がいきなり蟲玉を斬りはらってしまった。幼蟲の蟲玉が床に落ちる。


「おい!ゲジが!」

「ここまでやってくれましたけど!仕方がないです!」


 ……残念だ。また、助けられなかった。ゲジだけど。次は俺は何を助けられないのだろうか。


「……くそっ!……先に行くぞ……」

「はいっ!」


 俺たちはその時気が付いていなかった。……蟲玉が、まだ動いていることを。



 部屋を開けながら蟲を斬り続ける。蟲の死体を踏みつけながら前に進む。そうしているうち、宴会場となっている部屋を見つけた。入り口の天井には蟲はいない。


「魔剣、この部屋にはいるのか」

『いる、しかも部屋の三十人のうち、十人くらいの頭にいる』


 そんなにいやがるのか……となると開けるしかない、このふすまを。しかし残りの二十人はどういう奴だ?


「いるのは信奉者もか」

『それはわからんが……気になる奴がいる。人なのか人でないのかわからない気配の奴が一人いる。気をつけろ』


 さらに厄介な存在がいた。ふざけんなよ信奉者もよくわからんやつも、てめぇらは湯治場で宴会しやがって。湯治させろ!そんな気持ちでふすまを力いっぱい開く。


「すいません、失礼します。警察の方から来ました!」

「け、警察!?」


 一同、不穏な空気に違和感を感じているのかざわめいている。どうやら信奉者以外の一般人もいるようだ。それぞれの席の前にはなかなかにうまそうな刺身や酒、大きな海老や野菜の天婦羅といった料理が並んでやがる。そんな中、刺身が置かれていない席がある。その席の前の男を見る。


 ……男と目があった。


 背筋が泡立つような、冷たいものが流れるような、そんな感覚がする。こいつは……こんな体で相手をするのか?厄日か。そしてお前は疫病神か。


「我々は亜米利加の商社の方をお迎えして、商談成立のお祝いにこうしてささやかな宴会を開いているだけなんですが」

「ええ、それは別に疑っていません。ちなみに何の商談で?」

「おまわりさんにお伝えしてもよろしいですか?」

「問題ありまセーン。むしろ我々が問題ナイことがわかりマース」


 先程の男が、口元はにこやかに、だけど目は笑わずに商談相手に伝える。何を売ってやがるんだよ信奉者かその類の連中が。男が缶を取り出す。おい、みたことあるぞそれ。ていうかここ数日それから離れられないんだけど!


「これデース」

「なんだよ鳥の餌シリアルかよ」

「おや、ご存知でしたか。栄養価が高いとのことで、子供たちにこれを食べさせてあげたいとソトース様がおっしゃっておられて。新聞などで広告を打ち出そうかと思っています」

「まだ二ホンにはradioはないのが残念デース」

「そのうち放送が開始されるそうですが……」

「それここ数日どんぶりで食ってたんだがな、たくさん」


 今なんかソトースという男が、俺のことを別の意味で変な奴だと思った気がする。口には出さないが、表情で分かる。俺だってそう思ってる、誰だってそう思う。信奉者とわかり合いたくはないけどわかり合ってしまったようだ。変な空気になってしまったので、こちらから水を向けるしかない。


「なるほど。商談だというのには嘘はなさそうですね」

「Yes」

「ところで、この宿なんですが、やっかいな蟲がわいてましてね。なんでも欧米からやってきた蟲がいるそうで、今避難してもらってるんです」

「えっ」

「どういう……ことデスか?」


 宴会場にいた人間全員がざわめいている。ソトースも怪訝な顔をする。演技なのか本心なのか……少なくとも先程と表情が違う気がする。日本語が十分わかってない可能性もあるが。


「ええ、とても危険な蟲なので……どうも頭に侵入するようなのです」

「そんな!?」

「ですので、まずは皆様に避難してもらいたいわけなんです」


 日本側の商社の人間は巻き込まれただけのようだな。全員顔を見回しお互いざわめいている。急にソトースが手を上げる。指を一本だけ立ててあげるんだな。


「デモちょっと待ってくだサーイ。ワタシ、そんな虫Americaにいたとき聞いたことないデース。ウソだと思ってるわけじゃないデスが、急には信じられまセン」

「こういうやつです」


 俺は炭酸水の瓶に入れた蟲を見せた。一同のざわめきが激しくなった。無理もない。こんなもんが頭に入ろうとするとか、やめてほしい。


「これが頭に!?」

「はい。先程から数十匹は頭をめがけて襲ってきました」

「恐ろしい……それにしても気持ちの悪い虫だな」

「はい。今も天井に潜んでいるかもしれません。ですのでお早い避難を……」


 ソトースも含め一同立ち上がって、部屋から出ようとする。だがこの中におるんだよな、十匹も。さらに信奉者までいやがる。こうなったら……俺は天井を指差した。


「あっ、蟲が天井に!」

「えっ!?」

「くそっ、隠れやがった!五條さん、ちょっと来てくれ!」

「はい?」


 唐突に五條を呼ぶ。さらにみんな戸惑っているな。


「こちらの方は?」

「彼女は昆虫に詳しいんですよ。ね?」

「えっ?は、はい」

「この虫の生態から考えると、どうしたらいいでしょうか」

「……そうですね……もう既に頭についているかもしれません。私がこの竹刀で追いやるので、一人ずつこの入り口から通ってもらえますか?」

「なんですと!?」


 そらそう言いたくなるよな。誰だってそうだろ、俺だってそう思った。しかし、これじゃ信奉者は逃してしまうな……。そうだ。前に星御門がくれたこの絵は使えるかな?


「五條さん。これを床に敷いてくれ。これに見覚えがあるやつは……逃すな」

「は、はい……うまくいくかな……」


 さて、ここから先は蟲も信奉者も通さないぞ。ここで押さえ込んでやる。一人目を通す。五條が頭の蟲を瞬殺する。倒れてゆく男にざわめきが走る。


「蟲がいたようです!立たないでください!」

「一人ずつ慎重に見ていきます!」


 混乱の最中、俺を一人の男が不審な目で見ているのに気がついた。こいつが睨んでいるのは俺の顔というより、俺の服だ。官憲が嫌いな人間なんだろうか。革命でもおっぱじめるつもりなら、出来たら他でやってほしい。なんちゃって官憲の俺を虐めないでほしい。


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