第拾伍話
行き倒れの女の子を拾ってしまった俺は、とりあえず頬をぺちぺちと叩いてみた。こういう行き倒れの処理は官憲が対処すべきだろう。お前が言うなといわれそうだが、これは俺のようななんちゃって官憲ではない本物の仕事である。
「ううぅ……」
「おい、起きろ」
「おなかがすいて……力が……」
「こんなもんしかないが喰うか?」
おもむろに
「さすがに鳥の餌は……ちょっと……」
「一応これでも亜米利加人が朝食に食べるやつらしいぞ」
「嘘ですよね!?」
「俺も食わされた。ていうかこれしかない。さぁ食べるがいい」
「い、いやちょっと……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!(高音)」
腹の音がうるさいので、無理やり流し込む。よく噛んで食えよ。不通に食えるのがちょっと腹立たしいから。
「……あ、意外においしい」
「見た目はあれだがいけるだろ」
「腹立たしいけどいけます……」
期待通りの反応だな。
「ところで、君は何でこんなところで行き倒れていたんだ」
「はい……お恥ずかしい限りですが……お金を落としてしまって……」
それは良くないな。ふむ。寸借詐欺にしては腹の音も大きいし嘘はないだろう。
「わかった。少ないが無利子無担保ある時払いで貸しておく。ほれ、拾円(註:大正10年ごろの拾円は2020年頃の約5万円)」
「それは!じゅ、拾円も!?大金ではないですか!」
「こまけぇことは気にしなくていいって」
「困りますこんなに返せませんすぐには!」
お金の押し付け合いをしばらくしたが、結局受け取ってもらえた。そのころには日が高くなってきた。
「そろそろお店もやっているんじゃないか。どっかでちゃんとしたものが食いたい。
「そうですね。あれはちょっと……」
そんなわけで、朝開いている店を探す。
適当な長椅子に座って、二人で並んで菓子みたいな麺麭をほおばる。口の中に砂糖の甘味と卵の風味、あと何の匂いだこれは?甘い香りが食欲を加速させて手と口が止まらない。……これはこれで美味いけど、飯食いたい。
「ごちそうさまでした」
手を合わせられる。俺はお地蔵様ではない。
「気にすんな。ところで、そっちはこれからどうするつもりだ」
「そうですね……ああ
女の子がそんなことするもんじゃないが、どういう事情だ。そんなとき急に魔剣が声をかけてくる。
『おい』
「どうした魔剣」
『いますぐその娘から離れろ』
「信奉者なのか!?」
『いや……そうじゃないが……』
「……あ、あああああ……み、水の……水の剣!?こ、こんなところに!?」
俺の魔剣を見るなり、急に女の子がそんなことを言い出した。水の剣ってなんだよ。
「水の剣?これが?なんだそれ?」
『くそっ!……見つかってしまったか……』
「……その剣をどこで!?」
「どこでって、寺に封じられていたが、怪異にあてられて封印が解けた。それでやむなく持ってる」
「喪われていた四本の剣のうちの一本が、こんなことって……」
なにがなんだかさっぱりだ。もうちょっとわかりやすく説明してくれ。なんで俺の出会う奴出会う奴、勝手に納得するんだ?
「そもそも四本の剣ってなんだよ」
「我が家に伝わっていた四剣、火の剣、水の剣、風の剣、地の剣です。それらは人に
「そうなのか。でもこれ、剣ってより刀だぞ」
どうみても刀だけど、魔剣っていってたのそういうことか。
「四剣は形を自在に変化させられる剣です。星々を渡り歩いた存在の所有していた剣ともいわれていますが、由来はよくはわかりません」
『何をしている、早く逃げるぞ』
「なんで逃げなきゃならないんだよ」
魔剣がしきりに逃げたがろうとしているが、理由がわからぬ。
「……では水の剣を渡していただけませんか?」
なんでだよ。
「いきなり意味が分からないが」
『だから逃げろといっている!』
「神魔をも斬る剣をどうする気だ?お前、信奉者なのか?」
「……信奉者?」
……どうやら俺は虎の尾を踏んだらしい。殺気というのだろうか、そういうものを感じる。怪我治ってないのに。
「信奉者などと!一緒にしないでもらいたいっ!!申し訳ないですが渡さないというなら力づくで奪っていきます!!」
女の子が背中から竹刀を取り出す。そして竹刀を構えたかと思ったら、竹刀を鞘のように抜いた。えっ……中に真剣入ってるんですけど……?まずい、これは……
「それも四剣か!?」
「いえ、ですがそれなりの業物です。失礼ですがあなたでは剣の腕で私には勝てないっ!」
力の差を見極められているな。困ったことになったぞ。
「魔剣」
『どうする、まともにやりあっては勝てないぞ』
「手加減できないか」
『無理言うな!死ぬぞ!!』
女の子と、いや普通の人間とまともにやりあう気なんてないんだがな!しかしこの子、前の日比谷と同等、いやそれ以上の強さなんじゃないか?魔剣から相手の強さが伝わってくるのでそのあたりがわかるんだが。
「頼む」
『好きにしろ!形態変化!』
魔剣が変化したのは、よりによって竹刀のような形態である。
『これでも頭とかぶん殴ったら骨折するからな!』
「すまん!」
「馬鹿に……っ!」
魔剣の竹刀化を見て、逆上して斬りかかってくるようだとありがたかったのだが、強いだけある。冷静にこちらを見ていやがる。相手が居合の形に構える。
「「『剣禅一如』」」
なんだと!?まさか……星辰一刀流を使ってくるのか!人間の技だろうから使い手がいても不思議はないが。
「「星辰一刀流っ!!」」
動きが早い!?しかもあの技を俺は……使ったことがある。そうだ。
「奈落」
袈裟懸けに斬りこむ剛の剣。あれを食らってしまっていたらひとたまりも……だが。
「零縮」
「!?」
ぎりぎり袈裟懸けに振りかざされた軌跡を躱せた。わずかに髪の毛が斬れる。俺だって……素の力はともかく、死線を乗り越えてきたんだ。実力差があっても、簡単には倒せると思うな!空中でそのまま向きを変えろ!覚えたての技を叩き込め!
「螺旋っ ……斬りっ!!」
「ぐっ!」
相打ち気味に入った攻撃で、両者とももんどりうって絡み合って倒れこんでしまった。しまった、魔剣を落として……ん?何か俺の手の上にやや重く柔らかいものが……両の手に余るくらいの柔らかい……それを思わず揉みしだくと女の子が飛び起きる。
「ひゃっ!!」
「す!すまんっ!」
「い、いえ……それより、星辰一刀流が使えるってどういうことですか?」
「それはこっちの台詞だ。この魔剣がないと使えないんじゃないのか?」
お互い顔を見合わせる。顔を赤くして女の子は胸元に手をやる。公然わいせつで官憲が捕まっては洒落にならない。
「ひとまず、どこかに入りませんか」
「そうだな……」
ざわざわと周囲の声が聞こえてきた。すいません、痴話喧嘩です!といいながらなんとか周囲を抑える。また捕まるのは勘弁だ。俺たちは逃げるようにその場をから走り去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます