第拾陸話



 走るように俺たちはその場を離れた。背後からざわめきが聞こえる。痴話喧嘩らしいよ、とか言ってるやつは黙ってほしい。痴話喧嘩どころか刃物での斬り合いだったけどな!生きてるって素晴らしいぜ全く!なんとか周囲に人がいないところにたどり着く。


「星辰一刀流を使える……いや、そんなはずは……」

「まぁこいつのおかげなんだがな。それでもようやく弧月だけは使えるようになったが」


 俺は魔剣を握って女の子に見せる。不思議なものでも見るような目で俺を見てくる。


「水の剣に、乗っ取られたりしないんですか?」

「俺がか?なんでだよ」

「……にわかには信じられません……水の剣を完全に支配下に置くなど、まるで……」

「そんなことより、まだ奪いに来るのか?」

「いえ、相当頑張れば奪えるかもしれないですが、そこまで水の剣の力を引き出せるとは……あなたが思った以上にお強いので……」


 褒めてんのかけなしてんのかはっきりしてほしい。確かに借り物の力ではあるけど。


「ならもう行くか。星御門ってやつに連絡をしないといけないし」

「……ちょっと待ってください!?星御門様をご存じなのですか!?」

「ご存知も何も一緒に仕事してる」


 えぇ……と小声で女の子が言うのが聞こえた。


「星御門様が水の剣の所持を許している、とでも!?」

「許されてるといえば許されてるな。警官としてねじ込んでもらって帯刀許可」

「いや、そういうことじゃないです」

「どういうことだよ」

「それは……水の剣を普通の人間が持ったら、見境なく暴れまわるような惨劇を引き起こしかねないのですが……」


 あー、そういわれてみればあったわそんなことが。警官に斬られそうになった時は死ぬかと思った。


「そういえばあったなそういうことが二回くらい」

「二回もぉ!?」

「俺じゃなくて他の奴に持たれた時に起きたんだよそれ」


 女の子に深くため息を吐かれる。仕方ないね。


「あなたは人を斬りたくなったりしないんですか?」

「しない。むしろこいつを折りたいくらいなんだが」

「勝手に折るのもやめてほしいです」


 そんなこといわれても、こんな危険物を放置するのも論外だとは思うんだが。


「ところで、出奔お嬢さん」

「なんですかその呼び名は。私には五條舞という名があります」

「んじゃ五條さん、この魔剣回収してどうするんだ」

「回収して家に持ち帰ろうかとおも……って……」

「出奔してたんじゃそれ無理じゃないか?」


 舞ってのか、は崩れ落ちるように両手をついた。そりゃそうだろう。もうちょっと考えて行動してほしい。


「とにかくだ。いずれは折る気だけど、しばらくは邪神相手にするのに必要だから貸しておいてはもらえないか」

「星御門様も了承されているのであれば、仕方ないですが……」

「五條の家には電話はあるのか?」

「それは、はい」

「あとで電話しとくぞ。出奔お嬢さんを預かってるってな」

「いや、そのそれはちょっと……」

「拾円」


 そのままの姿勢で舞は再度深くため息をついた。自業自得だ。


 交番に行き、電話を借りることにした。なんちゃってとはいえ警官である。山の怪異についての調査結果も伝える。交番の警官たちはいぶかしんでいたが、本署に彼らが連絡して、これまでの経緯がわかると「色々大変ですね」と逆に同情されてしまった。本当に大変だと思ってほしいよ!あの血の色の家といい、怪異といい神戸どうなってんだよ。そのまま星御門に電話をかけて経緯を説明する。


「……というわけで山の怪異に遭遇して、さらに五條ってとこのお嬢さんを拾ってな」

『いくらなんでも、偶然にしてはできすぎていませんか寺前様?まだ怪異の方は理解できますが』

「俺もそう思う。ところで五條の家へは俺から連絡掛けたほうがいいか?」

『私の方から連絡いたします』

「迷惑かけてすまんな」


 怪異の件はともかく、舞と出くわしたのは偶然の一言では片づけられないよな。


『いえ。構いませんので。ところで舞様はどうしますか?』

「どうしたもんかな。とんでもなく強いから、強くなるために俺が彼女に弟子入りしてもいいかもしれないが」

『それもよろしいかもしれません。舞様にはある問題があるのですが、星辰一刀流の皆伝の遣い手です』

「ある問題?」

『はい。剣の声が全く聞こえないというのです』


 それ別にいいんじゃないか?聞けた奴は霧島さん以外みんな暴走したわけだし。


「周囲の人間斬りまくらなくていいから、別に問題ないのでは?」

『星辰一刀流の最後の奥義は剣の中にあるといわれておりますが、それは使えないということになります』

「最後の奥義?無神喪閃か?」

『……なぜその名前を?』

「使った」

『……もう、考えるのをやめることにいたします。とにかく、最後の奥義を使えない場合、後継者としては外れてしまうと伺っております』


 舞が「えっ?奥義使ったの?」という顔で俺を見ている。あれ……最後の奥義使えるってことは、俺、ちょっと待って。五條の家のことは考えるのをやめよう。


「あとは気になるのが、怪異の言っていたことだな。よりによって有馬にもあいつらがいるかもしれないと」

『本当に偶然とは思えないですね。お身体は大丈夫ですか』

「まだあちこち骨にひびが入ってる。折れてたのはどうにかなったが」

『折れてたの数日前ですよね……兄にどうやって伝えたものか』

「見つからなかったら湯治でもするよ、ではまたな」

『そうできたらいいのですが。それでは』


 電話の不穏なことを言うな。こうなったら何が何でも湯治してやる。舞がこっちを見ている。


「あの」

「なんだ」

「星辰一刀流の奥義、本当に使ったんですか?」

「不完全だけどな」

「……で、でしたらお願いがあります」


 凄い不安がよぎる。魔剣が落ち着かない様子であるが。


『だから言ってるだろ早く逃げろって』

「まさかと思うけど……」

「五條の家に……きてはいただけませんで「お断りします」」

『封印は嫌だ封印は嫌だ封印は嫌だ』


 うっさいお前は封印されてろ魔剣。


「私と姉、どちらも後継者としてふさわしくなく……私は剣の声を聴けず、姉は……」

「暴走か」

「短時間であれば使えるようですが……も、もし寺前様が星辰一刀流の皆伝を認可できれば、後継者としてむ、婿養子に……」


 何しれっと微妙に頬を染めながら恐ろしいこと言ってるんだこの娘は。勝手に人の人生を決めるんじゃない。


「いや、強くはなりたいが認可は別にいいし、ましてや婿養子とか」

「……そうですね、私のような不束者では……」


 そうは思わないが、かといっていきなり婿養子とか勘弁してほしい。


「大体婚姻というのに、俺みたいな親もいないような根無し草ひっつかまえるの無理があるだろうが」

「いえ……むしろ奥義を使えるかどうかが私たちにとっては重要なのです。神魔を屠るためにも」


 邪神を倒せるかどうかが必要ってわけか。それにしたって。


「五條さんは俺なんかでいいのかよ」

「えっ……も、もう少しお強くなったら……」


 意外に気があるらしい。舞の見てくれはそんなに悪くない、いやむしろいい方だが、さっきのあの命のやり取りがあるからどうにも気が引ける。じゃじゃ馬って次元ではない、暴れ馬だ。御せるかよ。


「行くかどうかはともかく強くなりたいのは確かだ。身体治したら修行つけてもらえるか?」

「それは構いませんが」

「ならどっか宿取ってしばらく湯治のために温泉三昧したい」

「えっ?」

「俺、全身ひび入ってんだよ骨。魔剣に繋いでもらってはいるが……」

「何言ってんのか全く理解できないです」


 ごめん、俺もだわ。


「なんで全身ひび入ってててあれだけ動けるんですか!?」

「無理してんだよ!痛えんだよ!」

「……宿、取りましょう」


 舞もようやく理解してくれたようだ。二人で宿をとりに行く途中で、ラムネのようなものがあったので買って飲もうとすると……甘くない。


「なんだよこれ、甘くないって不良品か?」

「炭酸水って書いてますよ?」

「炭酸水?ラムネじゃないのかよ」

「何々……ふつうに西欧では飲むらしいです。甘くないのを」


 今度は俺を西欧人にしようとする罠か!亜米利加人にしようとする罠の次は!!ん?こんなところに……


「ならおばちゃん、この初恋の味カルピ◯もくれ」

「はいよ」

「何をするつもりですか?」


 俺はち初恋の味カルピ◯をちょっと減ってた炭酸水にぶち込んだ。ちょうどいい量だな。そのまま飲んでみる。あ、これ美味しい。


「うめぇ。これ普通に売れるかも」

「そんなに美味しいんですか!?」

「美味しいぞ」


 舞にひったくるようにとられた。おい、ちょっと。音を立てて飲まれていく。俺の分……


「ほんとですね!これ普通に美味しい」


 にこやかに言ったあと、何かに気付いて顔を赤くする舞。それをみながらおばちゃんが『売れる……』と小声で呟いていた。

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