第拾肆話


 降ってきた怪物が俺の頭上に覆いかぶさってくる。不快な感触が頭の中を侵食してくる。俺を侵食して……そうか。そういうつもりか。


 侵食してくる「そいつ」が、しかし、困惑している。


「ハイレタハイレタハイレ……ハイレ……アギャアアアアアア!!!!」


 頭の中に入ろうとしたそいつが奇声を上げ始めた。失礼な奴だ。俺のことを何だと思ってるんだ?頭食おうとして食あたりでもしたか?


「おい。何奇声あげてるんだ」

「……タクナイ……」

「はぁ?」

「……ハイリタクナイハイリタクナイハイリタクナイ……」


 てめぇで入ろうとしてそれはないだろうが。ふざけんな。そっちが不法侵入しようとしたんだろが。……なんで入りたくねぇんだよ俺の中。入られても腹立つけど入られないのも腹立つな。


「何舐めたことぬかしてんだ。おら、ハイッてみろよ」

「ウギァアアアァヤアアア!!!」


 逃げ回る怪物、怪物の頭に頭をぶつける俺。どっちが怪物なのかわからなくなってくる。ちょっと泣きたくなってきた。


「ヨルナ」

「はぁ?」

「ヨルナヨルナヨルナヨルナァ!!!!」


 怪物が拳を振り回す。まるでこっちが怪物じゃないか。いい加減にしろ。こんな怪物がうろついているっていうのはどうなんだ?邪神とは関係なさそうだとはいえ。


 ……怪物が俺に石を投げてきやがった。


「てめぇいい加減にしろよおらぁ!」

「ウワアアアアアアア!!!」


 完全にぶちぎれて罵声を浴びせる俺。狂ったように石を投げ続ける怪物。怒りがわいてきた。ふざけんなよ!てめぇもうたたっ斬ってやる!袈裟懸けに魔剣で斬りつける。びびってはいても素早く避けやがる。魔剣に小言を言われる。


『そんな大振りでは当たらぬぞ』

「わかってるっての!くっそ!」


 ……そうだ。思い出せ、胸の棘を。


「行くぞっ!」

『な!?』

「星辰一刀流、あらためっ!!」


 一瞬のうちに、俺は怪物の腕の間に飛び込んていた。そのまま、刃を連続してぶん回し斬り上げる……あたかも、螺旋のごとく。ゆえに技の名を、こう、つける。


「螺旋っ……斬りっ!!!」

『零縮からの弧月連発だとっ……!?……でもその名前ちょっと……』


 怪物がもんどりうって倒れる。たいして傷は深くないのか、まだ動いている。他の怪物たちが寄り添ってきた。


「ちっ……浅かったか」

『小烏丸には合わないな、その技』


 うるせぇよ魔剣。初めて自力で技出したんだから成長したなくらい言えよ。怪物たちが倒れた怪物を護るようにしている。こっちとしても、人間襲ってくるならともかく、そうでないなら皆殺しにするつもりもない。しばらくにらみ合う。


 倒れた怪物が、起き上がってきた。


「……ここは一体……我はどうしたと……」


 日本語流ちょうにしゃべってんじゃねぇぞ怪物。さっきまでのはなんだったんだよ。


「俺を襲おうとして頭の中を覗こうとして、なんか見て発狂してた」

「……そうか……我は理解、してしまったのか……そして、それ以上のものを……」

「もうちょっとわかりやすく言ってくれ」

「……うむ。ところで、今は慶長何年だ」

「慶長って……何百年も昔だぞ。今は大正だ」


 元号いくつ変わったんだろうな、と小声で怪物が言う。俺もさすがに覚えてない。怪物が続ける。


「……我はかつて山で生業をたてていたのだが、山の物の怪に。そして、意識もなくし、今の姿になってしまった。唐突に、理解してしまったのだ」

「理解って何を」

「人間の意識をより高い存在へと変貌させる何かの存在、そしてその方法をだ」

「宗教の勧誘ならかんべんな」

「宗教よりたちが悪いぞ。無理やり理解させて自らのような存在を増やしているんだから」

「……全部斬っていいか」

「やめろ」


 怪物でも死にたくはないらしい。だったら襲ってくんなよ。


「しかし小僧お前……本当に、人間なのか?」

「人間だっての。どう見たって人間だろが」

「うむ。見た目はな。……しかし、その中には、我を引き戻すほどの衝撃的な何かがいるのは自覚していないようだな」


 何がいるんだよ何が。どいつもこいつも俺が人間じゃないみたいに言いやがって。


「あったとしたって人間に違いないだろが。こまけぇことを気にすんなよ」

「それが細かくなかったら、細かくないことなどこの世界にないぞ」


 酷い言われようだ。


「それにしても、お前のその中の存在……それに近いものを、温泉場の方で感じた気がするな。もっと邪悪な気配だったと思うが」

「温泉って有馬かよ!?」


 ここにきてなんだよそれは。温泉に入るどころかまた戦えってのかよ、いい加減にしろ信奉者どもぶち込むぞ牢屋に。


「そうだな。有馬はすぐ目と鼻の先だがな」

「なら物は頼みなんだが」

「なんだ」


 俺はさっき斬りつけた相手に頭を下げた。俺の頭なんて安いもんだ。


「近くまで案内してくれ、道に迷ったんだ」

「……ふはは……ははははは……今の我を滅ぼせるほどのお前が、道に迷って……よかろう。夜が明ける前に案内してやろう」


 こうして俺は怪物に案内されて、有馬温泉への道を見つけることができた。夜が明けてきた。


「では、我々はここから去ろう。より奥山に向かわねば、また仲間が増えてしまうからな。仲間たちにも我の意思を伝えることにしよう」

「これ以上増やすのは勘弁しろよ。次は斬るぞ」

「わかっておる。では、さらばだ」


 朝日がかすかに差す中、怪物たちは北の方に向かって跳び去っていった。


 ……温泉の臭いがしてきた。有馬の温泉街が見えてくる。随分と遠回りをした気分である。実際のところはそうでもないのだが。あとで星御門に連絡を入れないといけない。皮肉なことではあるが、怪物に教えられたことが気になる。あいつらがこの有馬にいるとしたら、また戦うことになるのではないか。


 ……折れてはないけどまだあちこち痛いんだよ!数日前まで折れてたんだよ!ふざけんな信奉者ども!鳥の餌シリアル食わせるぞ腹はち切れるまで!!


 そんなことを思いながら、俺は坂道を下ってゆく。温泉の臭いがキツい。色々な温泉があるから臭いも色々とあるようで……不意に、磯のような臭いがした。多分気のせいだ、そうに違いない。ナトリウム泉っていう、塩いり温泉があるらしいからそいつのせいだ、そういうことにしておきたい。この上また闘うの正直しんどいし、そうなったらたぶんさすがの俺も怒り心頭怒髪天というやつになりかねない。そんなことを心の中で思いながら進んでいるとだ。


 ……後ろに髪をくくったはかま姿の女の子が、竹刀を持って行き倒れていた。


 治安悪すぎだろ。いつからこの国はこんなに治安が悪くなったのか。問いたい。問い詰めたい。とにかく、この仏をどっかにやらないとな。そう思って持ち上げようとすると、豪快すぎるほど豪快な腹の虫が、女の子から聞こえてきた。よかった、生きてはいたようだ。それにしてもだ、年頃の娘が出す音じゃないぞこの音。


 慎みを覚えてほしい。


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