第拾参話
また山道を進んでいる。今回は準備をしっかりしているから迷ってはいない。地図を確認しながら進んでいるし。
冗談はさておき、俺は今、有馬温泉への道中の道を進んでいる。
邪神に関係した何かがいるなら始末する(場合によっては逃げかえることも必要かもしれない)必要があるが、どうも邪神関係ないんじゃないかとも星御門が言っていたので、だとしたら何か調べる必要はあるだろう。実際道の普請にも影響が出ているわけだし。
霧島さんとトーラスは東京に向かい、由衣は途中の静岡あたりで降りて、家族が迎えに来るらしい。朝方、三人を駅まで見送った後、俺は山道に向かうことにした。
その道中、俺は……
「星辰一刀流!おおおおおおおおお!弧月っ!!!」
大振りで魔剣を振るい奇声を発し、そしてまた
「弧月っ!!!弧月弧月弧月弧月っ!!!!」
とにかく円弧を描くかのように奇声を発しつつ魔剣を振る。振り下ろし、横薙ぎに振り払い……技を繰り返す。どうやら基本的な技だとか言うのだが、いまいちどこが基本なのかというのが分からない。そもそも魔剣が俺に動きを叩き込んできたから、ここまで鍛錬という鍛錬をしてきていなかったわけで。
『どうした!動きが遅くなっているぞ!』
「こ、これを何回繰り返すんだ……?」
『まずは二千回で勘弁しておこう。お前は初心者だし』
「にせ……」
冗談じゃないぞ魔剣。数日前まで折れてたんだぞ腕。骨折は完治したらしいが、実際のところまだあちこち痛いのも確かだ。これでそんなにやれとかどういうことなんだよ。
『強くなるんだろうが、ならやれ』
「ちくしょおおおおお!!!弧月っ!!!弧月弧月弧月弧月っ!!!!」
魔剣を振り回しながら奇声を発する俺は、客観的にみるとどう見ても変な人です。不幸中の幸い、道には人っ子一人いない。まずはこの、弧月という技を完全にものにしろという。……単に刀を振り回してるだけにしか見えない。
『弧月の動きから離れているぞ! ……剣禅一如……』
「星辰一刀流うううっ!! ……弧月うううううっ!!!」
百回に一度ほど魔剣によって体に動きが叩き込まれる。明らかに速度が、大気の流れが違う。……大気ごと斬れる音がした。
『これが、弧月だ』
「……ぜぇ……ぜぇ……こんな技、一人で放てると思えないんだが」
『これくらい放てなければこれからの戦いで、死ぬぞ』
「それは嫌だが……できそうに思えん」
『ならせめて体を鍛えろ。さぁ、弧月あと千八百!!』
「ふっざけんじゃねぇぞおおおおお!!!うおおおおおおおっ!!弧月っ!!!弧月弧月弧月弧月ううううっ!!!!」
奇声を発しながら魔剣を振るい続ける。疲れるだけじゃないのか?まだまだ続けるしかない。
『姿勢が悪くなってるぞ!! ……剣禅一如……』
「星辰一刀流……っ!! ……弧月……うっ」
あまりに過度に急に動いたせいで、吐いた。気持ち悪くなったじゃねぇか畜生。
「えれえれえれえれ……」
『叫びすぎだ。少し過呼吸気味か』
「う、うう……」
『少しだけ休め。休んだらすぐ再開だ』
「わかった」
休んでいると手前から人がやってきた。刃物振り回してるのを見られなくって良かったが。軽く現地の人と思しき人に会釈をかわし、いなくなったところで魔剣を振るう。腕が重くなってきた。刀だぞ。重いぞ。
「こげ……つ……」
『あと三百だ! 剣禅一如っ!!』
「せいしん いっとう りゅー…… こげ……つ……」
これだけ疲れていても流れるような軌跡を刃が描くのを見ると、まだまだやらないとダメなのかもしれない気がしている。
「こ げ……つ こげつ……」
『動きが遅くなっているぞ!もっと早く!
「弧月……弧月弧月弧月弧月弧月弧月……」
『お、おい?』
弧月の動きを繰り返すうち、動きが少しずつ体に染みついてきた気がする。振るえ。もっと振るえ。
「……弧月弧月弧月弧月弧月弧月……」
『ちょっと待て! 剣禅……一如っ!!』
「星辰一刀流 弧月……っ」
今までよりも鋭い一撃が放たれた。斬撃は刃の範囲を超え、木の枝にまで届いている。はらはらと木の葉が舞う。木の枝が静かに落ちてくる。……何が起きた?
『音の壁を越えたか』
「音の壁」
『今の呼吸をわすれるな』
「……もう忘れた」
『……ならさっさと走れ!』
今度は走れと言い出した。確かに鍛錬の基本は走ることだといわれているが……くたくただぞ俺?振り回してすぐだぞ?
「どうした、早く走れ」
「くっそおおおおおおお!!」
俺は何も考えず走り出した。もうこうなったらヤケだ。……心の刺が少し痛むのを、こうやっている時は、忘れられる。
『それで、また道に迷ったのか』
「そうだよ!」
走り疲れて気が付いてしまった。どこかで分岐があったと思われるのだが、気が付かないうちに有馬のほうへ行く道からそれてしまったらしい。
「とりあえず分岐のある所に戻るしかないな」
『日も暮れてきたぞ……』
調査のことだけを考えると、日が暮れて以降に行う必要があるが……道に迷ってるのはまずい。仕方なく元来た道を戻ろうかと思案していると、妙なものを見つけた。
「毛だ」
『毛だな』
毛の塊である。それが道に落ちている。異常と関係があるのだろうか?少しだけ調べてみようと思う。慎重に近寄る。やはりただの毛の塊だ。動物の体からでも落ちたのだろうか?
もう少し進むと、若干ではあるが開けたところがあった。もうとっぷりと日が暮れてきた。火でも起こして野宿するしかあるまい。……春先とはいえ寒いぞこれ。持ってきた燐寸が役に立つのは皮肉にもほどがある。喫茶店でなんとなく手にした燐寸がなぁ……煙草も吸わないのに貧乏性ねとか由衣には言われたが、役に立ってしまったではないか。
木の葉や枯れ枝が小さくはぜる音がする。夕飯が
『一応用心のためだ。刀魂解放して形態変化させるぞ』
「何を言ってるのかわからんが、何になるんだ何に」
『形態変化……
そういうと魔剣の先半分が、西洋の剣のような形になったではないか。
「何やってんだよ、斬りにくくないかこの形?」
『気配を感知するのに長けた刀だ。
「昔話は今度聞く。んで、これで何かの気配を察知したらどうなる?」
『……その方に向く……昔話は今度にしたほうが良さそうだ、距離が近い!』
魔剣がその切っ先を、森の方に向ける。何かがいるということか?気配を感じることができる修行とかする必要があるのか?
「まだか?」
『すぐ近くだぞ、姿が見えてもおかしくないはずだ』
「全然見えないぞ」
周囲を見回す。焚火の明かりには何も映らない。影もない。空を見上げるが、そちらにも鳥も見えない。ただ、闇が広がっているばかりである。どこだ、どこからくる?
『ミツケタ』
どこかから声がする。こいつは……日本語をしゃべれるらしいな。声にこたえてみる。
「日本語しゃべれるのかお前は」
『ハイロウ……ハイロウハイロウハイロウハイロウ……』
「ハイロウって、ういろうみたいなもんか?」
『……ハイロウ』
そういった途端、異常に大きな目の、猿のようなものが俺の頭上に飛びかかってきて、俺にのしかかってくる!何かをするつもりかこの怪物は……くそが!猿の脳味噌って中国だと食うらしいな、なんとなくそんなことを思い出した。ハイロウ……入ろうって、どこにだ?
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