第拾話


 レントゲン室から出ると霧島さんが何故かそこにいた。


「寺前さん」

「え?霧島さん、なんで?」

「はい。あの……実はあの怪物に何かを植え付けられているのではないか、と星御門様が……それでレントゲンを撮ったのですが……」


 え、まさか……何かいたのか?綾という娘のことを思い出す。


「幸い、なんともなかったみたいです」

「よかったじゃないか」

「寺前さんは?」

「俺は、なんか異常に治りが早いからって医者に調べられた」

「???」


 不思議な顔をされた。そんな顔しないでほしい。俺もそう思ってる。

 ひとまず、病室に戻ることになった。病室に戻ると俺はベットの上に座り込む。あちこちひび治ったとはいえ痛いことは痛い。


「ふーっ。レントゲンってやつ凄いな」

「ふふっ、そうですね。びっくりしました。骨が見えるんですよ」


 ほんとびっくりだよ。折れてるのよくわかったからな!魔剣がなんかしなかったら、もっとあちこち折れてひび入ってるのがよくわかっただろうけどな!信奉者どもめ、次あったら医療費請求する。


「……でも骨を見ることができても、心は見れないってお医者さんが……」


 霧島さんが震えている。


「そうだったな。拉致監禁とかされて怖かったろう」

「いえ、それはそうでもなかったんです」

「んじゃ何が?」

「あの異形……あれを見たとき、寺前さんは恐怖は感じなかったのですか?」


 え?いや確かに気持ち悪いなとは思ったけど怖いって程でもないような。


「んー。悪いがピンとこない」

「私たちはあの館にいた、あの異形の存在たちが、心の底から恐ろしかった。死ぬほど怖かった……寺前さんはお強いんですね……」

「いや、そうじゃないと思う」


 じじぃが言っていた意味が分かった。俺は、足りていないんだ。


「……俺は、人間らしさが足りていないんだ」

「人間らしさ?」

「そりゃ俺だって、殴られたら痛いし喰われて死ぬのも嫌だ。でも、それだけだとしか思えないんだ。怖さが、わからない……俺には、人の心がないのかもしれない」

「あの異形を見ても、全く!?全く恐怖を感じないのですか!?」

「ああ。あいつらは羆や鮫と同類、いやもうちょっと賢いのかもしれない、もしかしたら人間より賢いのかもな。そういう意味で怖い。でも、それだけだとしか思えない。人間なら他の怖さもあるのか?」


 霧島さんが元々大きな目を見開く。


「俺にはさ、親がいないんだ。俺が産まれてすぐ、死んだからな……」

「急にどうしたんです?」

「その後引き取られた親戚のところでは……まぁいいか。その親類を怪物に食い殺された夜、俺も食われそうになった」


 霧島さんが口に両手を当てている。悲鳴を押し殺すかのようだ。


「……でも、俺は逆に喰い殺し返して生き残った。生存競争っていうやつなんだろうな。喰うか喰われるか。喰われたくないなら、喰い殺し返すしかない」


 霧島さんは黙ったまま俺を見ている。俺は続ける。


「喰うか喰われるか、それ自体は間違っていない、そう、思う。だけど、どこか俺自身がおかしいんじゃないかっていう気がしてならないんだ」

「それは……」

「生き残った俺は寺の爺にひっつかまって、それから寺で育てられたけど、お前には人間らしさが足らないと言われたんだ」

「人間らしさが……足りない……どういう意味でしょう……」


 俺は天井を見上げた。電球が、かさとともに天井からぶら下がっている。


「わからない。ただ、こうも言われたんだ。人間は、人と人の間で生きる生物だ。一人だけで生きていくのは人間じゃない」

「一人だけで生きていくのは……」

「俺は、自分さえよければいいと思っていた。今も、基本的にはそれは変わらない。だけど」


 天井を見上げるのをやめ、霧島さんのほうを見る。右手に魔剣を持つ。


「寺の爺にムリに人間らしくしろといわれてもぴんとこなかったが、こいつを振って邪神を斬ったりしているうち、いろいろな人と出会うようになった」

「……」

「時には驚かれ、感謝され、まぁ嫌なこといわれたりもあるが……でも、一人で生きているより、なんていうのかな、面白い」

「不思議な……意見ですね」

「その一方で、怖くなってきた」

「怖く?」


 俺は、魔剣をじっと見る。魔剣を掴んだ手が少し震えている。


「俺にはこいつもあるし、そもそもどっちかっていうと俺が死のうがそれはそういう運命だと割り切れる」

「そんな」

「だけど、あいつらに出会った普通の人は、恐怖しながら死んでゆくんだろ?それがわからない。その感覚を、俺は死ぬまで理解できない……それが、怖い」

「……」

「それに今まで知り合った人たちが死んだら?俺が人間への道を進もうとしても……いや、違う……結局のところ、それも俺だけの事情だろ?俺は人間のことなんてわからないのか……?俺には邪神なんかより、そっちの方が、よっぽど、怖い。俺はしょせん一人なんだろうかって。こんなことなら、人間になろうとなんて思わなければよかったのか?」


 震えが大きくなる。目の前が、急に暖かいものに包まれた。前見えない。……心臓の音が聞こえる。俺はなんで霧島さんに抱きしめられてるんだ?


「怖くないですよ」


 暖かい……人間ってあったかいんだ……あと大きい。


「大丈夫、怖くない」

「……ああ」


 落ち着いてみると、なんか恥ずかしくなってきた。俺は真っ赤になっているに違いない。霧島さんもなんか赤くなっている。


「……なんだか、恥ずかしいですね」

「……俺は赤ちゃんじゃないぞ」

「赤ちゃんじゃなくても、小さい子が泣いてたらよく抱っこしてました」

「そうなんだ」

「寺前さんは」


 霧島さんに紙で顔を拭かれた。……俺は泣いていたのか?


「これからどうしたいですか?」

「……そういわれると、どうしたいんだろう」

「だったら、まずしたいことは何か、自分に聞いてみたらどうです?」

「自分に?」

「人間に、なりたいんですか?」


 なりたいのか?俺は、人間に?……それすらわからない。


「わからない。でもこのままじゃいけない気はする」


 霧島さんはうなづいてくれた。


「そうですね。まずわからないことが分かったってのは、前進です」

「そうなんだ」

「そうです。ではなんでいけないと思うんですか?」


 なんでだろ。寺の爺に言われたからか?でもそれに同意できる部分があるからそう思うんだよな。よく考えてみる。


「……寂しい、からかもしれない」

「ですね。人間は……寂しい生き物です」


 だとしたら……どうする?もう少し思索を進める。寂しい、だけだろうか。


「今は少しずつだけど、人とのつながりができてきた。それも……失ってしまう……それはとても哀しいことだ」

「そうですよ、そんなの哀しすぎます」

「……そうだ、星御門が言っていた。人間はできることが違う。だからできることを組み合わせてここまで来たって」

「はい」


 ……できることをする。俺にできること……邪神を斬ること……。もっとだ。もっと強くならないと。


「霧島さん」

「は、はい」


 俺は霧島さんの手を握った。やるべきことがわかった。


「俺、もっと強くなるよ」

「はいっ」

「もっと強くなって、護れるように、なりたい」

「……そう思った時点で、もう、なりはじめているんですよ」


 何だか少しだけ、うれしい気持ちになった次の瞬間。……俺はまた履物で頭をはたかれた。


「いってぇええぇぇ!!」

「あんた那月になにしてんの!!」

「何もしてねぇよ!」

「手とか握ってんじゃないわよいやらしい!!斬っていい!?」

「それはダメぇ!!」

『本気でやめろぉ!!』


 また由衣が刀を持とうとする。みんな斬られるからやめてほしい。そうやって騒いでいるところに、一人の男がやってきた。


「オー、これはオトリコミ中でしたか」

「トーラス!?神戸にまで来たのか!!」

「ハイ。よくごブジでした。ムミョーがやられたら、我々おシマイでした」


 久しぶりに会った気がするぞトーラス。しかしそこまでか?誰かこの魔剣使えればどうにかなるんじゃないのか?そういうものでもないかもしれないが。


「トコロで、ワタシいいモノ持ってきました」


 トーラスが缶をもっている。それを持ってきた丼に開ける。なんじゃこりゃ?その中には鳥の餌みたいなのが入ってる。それを山盛り、丼に流し込む。


「おいトーラスこれ」

「アメリカで開発されたシリアルデス、栄養、すごくありマス」

「……どう見ても」

「鳥の餌ね」


 今回ばかりは由衣に同意せざるを得ない。なんで俺、鳥の餌食わされるんだろ。意味が分からない。さらに牛乳まで流し込まれた。こんなん食うの?何、俺なんか悪いことした?霧島さんも由衣までかわいそうな人を見る目になった。


「タベてくださーい。ヴァイタミンを補充したシリアルにキャルスィアムを……」

「そういわれりゃ気持ちはありがたいから食うけどさ……」


 こうして俺はシリアルとやらを結局丼で二杯も食わされた。……味?意外にいけるのが、ちょっといらっとした。


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