第玖話




 目覚めたときには、俺は病室で寝かされていた。

 起きたのはそう、……激痛によるものだ!


 折れてる!俺折れてる!息するたびに痛いんだけど!肺とか!肺に刺さってんじゃないの肋骨あばらとか!?あと手とか脚とか全部痛い。頭も痛い。泣きたい。


「痛い痛い痛い痛いいたいいぃぃぃ!!!」

「うるさい!黙れっ!」


 いい音で履物で殴られた。おい!俺怪我人だぞ!


「いてぇってもんじゃねぇ!なにをするだぁ!!」

「ここは病院よ!静かにしなさいっ!」


 由衣という娘、俺は嫌いだよ。なんで殴られなきゃいけねぇんだ。あ、病院で騒いだからか。でもいてぇよ。


「気が付かれました?」

「……いててて、あ、無事だったか、……霧島さんであってるっけ」

「はいっ!おかげさまで」


 二人とも館に囚われていた時の薄手の服から、洋装に着替えている。あの服なんかやらしかったからな。少女性愛者め。


「そういえば、ここは……」

「神戸の山の手の方の病院よ。まったく、いいとこに入れてもらって……」


 確かに、なかなかいい作りの病室である。こんなベットってやつで寝たことないし、寝心地いいな。ん、奥に……


「お目覚めですか」

「星御門!……酷い目に遭ったぞ」

「そのようですね。生きておられて何よりです。お二人が館からあなたを引きずってきた時はびっくりしましたよ」


 微笑む星御門を、由衣のやつが紅潮した頬でガン見してやがる。美形に弱すぎだろこいつ。にしても全く星御門の弟のいうとおりだ。あんなえげつない奴がいると思わなかった。死ぬかと思った。


「そういや一緒に行った警官たちは?」

「あなたよりは全然軽傷でしたし、入院の必要もなかったようです」


 そりゃそうだろうな。俺の方は生きてるのが不思議だといっても言い過ぎではあるまい。


「それはよかった」

「はい。しかし……それにしても何を相手にしたらここまで……」

「日比谷とかいってたなあいつ。なんか変な呪文唱えたり、光の速さの一割の速度で攻撃とかなんとか言ってたが」

「光の速さ?……まさかビヤー……!?今度は……そんなことが……」

「納得してないで説明してくれ」

「いえ、私も納得できていないのですが……いいでしょう。これはあくまで仮説ですがよろしいですか?」


 仮説でも何でも、納得がいくならそれでいいんだが。


「全然かまわんけど」

「はい。信奉者たちが日本に多数の邪神の遺物を持ち込んでいる、ということで我々は捜査をしているわけですが、目的がいまひとつ不明でした」

「遺物って普通はどう使うんだ?」

「私が知る限り、多くの遺物はあくまで邪神に関連した古代の品、というだけで、通常はそれ単体で何かが起こる、というものでもないことも多いのです。例外は多々ありますが」


 おかしいじゃないか。遺物を信奉者たちがぼんぼん持ち込むと同時にあちこちで怪物が沸いてくるとか。


「……邪神を呼ぶ、とかできるわけじゃないよな」

「そのようなことができるものがそんなに多数あるとは……といいたいところなのですが……」


 実際のところ信奉者とはいえ人間が、怪物のようなものを出現させているのを俺は少なくとも二度見ている。


「ですが、この状況から考えるに、少なくとも信奉者たちは邪神の一部を顕現させることができる、というのは現実のようです」

「あれで一部か」

「はい」


 あれで一部だとしたら、完全なる邪神の前には俺など風の前の塵に同じだろう。


「完全な邪神と相対したら死にそうだな」

「……相対する前提なんですか!?」

「そうだ……もっと強く、ならないと……」


 相対しない可能性は低いだろうよ。そうだ。なんか忘れてると思ったら!


「あ、そういえば剣!魔剣どこだ!?場合によっては人斬りまくる大惨事になりかねないぞ!」

「これですか?」


 なんで霧島さんが持っているんだよ。しかも大丈夫なのか!?


「この刀さんが、『連れてけ、場合によってはお前が持ち主になれ』ってお話してくれました」

「話せるのか!?」

『そうだ、なかなか才能があるぞこの娘は』

「霧島さん、それ、あげようかな……」

『待て待て待て待て』


 何焦ってんだよ魔剣。まぁ大惨事にならなくてよかった。


「那月!?なんで刀なんて持ってるのよ!そんなの病院に持ってきちゃダメでしょ!」


 由衣の奴が霧島さんから魔剣を奪おうとしている。すんげぇ嫌な予感がする。


「由衣ちゃんちょっとやめ」

『そうだ待てってお』


 なんということだ、奪われてしまった。


「……ふっふっふっ……」


 またこの展開かよ!いい加減にしろって!!由衣という娘が刀を抜きそうになっているのを、星御門の弟と霧島さんが慌てて止める。俺は寝てるだけ。だって、動けねぇし。抜かれたら死ぬ。


 ぶつぶついいながら剣を抜こうとする由衣。星御門の弟は必死に由衣を押さえている。霧島さんが剣を取り上げようとしている。助けて。


 ……どうやら由衣の力は霧島さんよりなかったようだ。助かった。日比谷と相対した時並み、いやそれ以上に死の恐怖を感じた。……生きてるって素晴らしい。


「……死ぬかと思った」

「もう、由衣ちゃん!あぶないのはそっちでしょ!」

「何なのこの刀!?」


 魔剣だよ。下手な邪神の遺物より魔剣のほうが怖い。そのうち魔剣で刺されて死ぬんじゃねぇか?この対策なんかいるだろ。


「危ない剣だから触んないでくれ」

「そうです、ダメですよ」

「んじゃなんであんたたち触ってるのよ!」


 ……ごもっともではあるし本音言うとこんなの捨てたい。



 騒がしい由衣と霧島さん、そして星御門の弟は星御門邸に帰ることになった。魔剣は置いておいてくれるらしい。病院の医者と看護婦には絶対に触れるなと星御門が説明してくれた。先程の騒ぎを見ていた医者や看護婦は渋い顔をしている。何持ち込んでるんだって言いたいんだろう。わかる。


 身体が痛くて寝れねぇ……


『いいか』

「何だよ魔剣」

『うむ。今回はっきりわかったことがある』

「何だ」

『おまえは、弱い!弱すぎる!』


 知ってるわそんなの。俺剣術の達人でも何でもないんだから。


「それはわかってるがそれで」

『義輝に比べたらほんとお前は……』


 前の持ち主か?にしても義輝って誰だよ。俺も知ってるのか?まさかと思うが、いやそんなはずはない……。


「魔剣、一応確認なんだが義輝ってあの」

『そうだ。足利十三代将軍』

「当代で日本で四番目くらいに強い奴と俺を比較すんじゃねぇよ!!」


 二百人相手にしてあそこまで戦えるわけか!お前のような魔剣も一緒ならな!バケモノどもめ、俺はもう寝るぞ。体痛いし。


「でも体動かすのも無理だし休ませろ」

『早く良くなりたいか?なら我を握ったまま寝ていろ』

「なんでだよ」

『いいから騙されたと思って』


 本当に大丈夫なんだろうな?まぁいざとなったら投げ捨てればいいか。


 魔剣を握ったまま横になると、痛みの波がくる。なんだろう、痛いのだが腫れが引いていく気がする。呼吸が楽になっていく。これならひとまず寝ることはできそうだ。それはありがたい。


 気がつくとそのまま寝てしまっていたようだ。



 翌朝。何故だか、痛みがかなり引いている。信じられないがこれは現実だ。回診の医者がやってきて、身体のあちこちを確認する。


「あれ?おかしいな?」

「何がですか?」

「君、あちこちの骨折れたりひび入ったりしてたよね?」

「してましたけど」

「おかしいな……折れてるところや骨の治りが早すぎる」


 本当に魔剣だなおい!?どういう仕組みだ!?さすがに怖いんですけど!思わず魔剣を握りしめる。


「おいこら魔剣何やったお前!」

『いっただろう。早く良くなりたいかと』

「どんな剣だよお前」

『里見家の家臣たちはもっと素直に納得していたぞ』

「お前今度は自分が村雨だとか言い出さないだろうな!?」


 南総里見八犬伝の村雨、回復能力があったんだったか。あれそもそも八犬伝を馬琴が書く前に、下敷きになる伝説があったんだよな?魔剣が今度は何を言い出すか、不安になってきた。刀を握って叫んでいると、医者が俺の頭を触っている。すまない、頭は打ってないんだ。


「最近買ったレントゲンってやつをためしてみるか」

「レントゲン?」

「骨が見えるんだ。驚くなよ」


 へー骨が見えるんだ、すごいね。……骨が見える!?


 薄い服を着せられ台に乗せられる。医者はものすごく分厚い服を着てこっちをみている。機械が変な音を立てている。顔には覆面までしてて、なんか怖い。


「はい息を吸ってー」

「こ、この機械なんなんだよ……」


 こうして俺ははじめて自分の骨を見てみた。うん、いっぱいひび入ってるな。


「まだひび入ってるんですけど」

「昨日触ったとき折れてたぞ!!」


 そりゃ驚くだろうな。今後入院の時は魔剣持っていかねば。入院費浮くし。医者が頭をひねっているのを見ながら、俺はレントゲン室を出ることにした。


 ……霧島さんが俺と同じ服を着て部屋の外にいた。


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