第陸話


 俺は、何のために産まれて、何のために生きているのか。


 今日も星御門の家で邪神の遺物の捜索の会議をしている。

 だが……あの日の記憶が戻ってから、どうもいけない。会議でボーっとしていると、星御門の弟につつかれた。


「寺前様」

「わ、悪い」

「体調でも悪いのですか?」

「そういうわけではないけど……前の邪神のこと思い出して」


 星御門の弟が軽くため息をつく。顔が整ってる奴はため息するだけでも様になって得だよな。


「確かに、寺前様は危険な目に遭われていますが、そもそも我々では太刀打ちすらできない相手だということをお忘れなく」

「それはそうかもしれないが……星御門、それじゃこれまではどうしていたんだ?」

「一言では言い表せませんが、ありとあらゆる方法で撃退していました。それこそ本当に命がけで」


 命がけ。その言葉が決して軽いものでないことは星御門の弟の表情からも察せられた。


「まさかと思うが……いや、いい」

「いえ、お察しの通りです。私たちは父と母を喪いました」

「……そうか」


 星御門たちも喪っているんだな。しかし、俺も家族を……どうしてだろう、家族を殺されたという気があまりしない。いくら引き取ってもらったとはいえあの連中を家族と呼びたくはない。


 俺には、産まれてすぐに死別した実の家族のことは記憶にない。記憶がないというのは、そもそも家族などいなかったのと同じな気がする。知らなかったら、木の股から産まれてきたのと何が違うんだ?


「寺前様は、どなたかを……」

「星御門たちとは違う。あんな連中が死のうが生きようが……」


 そうはいったが、すっきりしないのは何故だろう。……俺は、あの後……そうだ、ニンゲンなどどうでもいいと思っていたのに、あのじじぃにひっつかまって人間らしくしろと……そもそもなんで人間らしくしないといけないんだ?


「話を戻しましょう。信奉者たちですが、六甲山のふもとのいつ作られたかわからない洋館に潜んでいるようです」

「そんなものがあるのか」

「本来地図にない場所に洋館がありました。何らかの隠蔽工作がされているようで、見つけるのに手間取ったというのが実情ですね」


 その隠蔽工作をなんとかできたってのは、星御門や警察には優秀な人間がそろっているといっていいだろう。隠蔽に対して俺自身が何かできるわけではないからな。


「どうされました」

「いやな、俺だけじゃそんな洋館を見つけることなど到底無理だったなと」

「寺前様。人には、できることがあります」


 星御門の弟が、俺のその言い方に不満でもあるかのように返す。


「できること、か」

「我々では、寺前様のように舶来の怪異を打ちのめすことはできません。しかし」

「しかし?」

「怪異を打ちのめすだけが、我らの仕事ではないのです。人は、できることを組み合わせて人の世をつくってきました。なので」

「なので、なんだ」

「お互いにできることをやりましょう」


 俺自身は、邪神を斬る仕事に喜び勇んでついているわけではない。

 しかし、星御門の弟の言うことはもっともではある。なので、せめてやれることはするつもりだ。……給料分くらいは。




 その2階建ての洋館は、一見すると新しいように見えた。そこそこに大きな建物である。外から見ても十部屋以上はある、このような建物が人知れず作られているというのがそもそもおかしい。


 ……色が気に入らない。茶色と赤とその中間の色といえばそうだし、それ自体は普通の色ではある。だが、気に入らない。ふと、つぶやいた。


「この建物の色、何で塗っているんだ?」


 星御門が表情を険しくする。随行する警官たちがおびえた表情を見せる。


「……これは」

「どうした星御門」

「寺前様、これは……血です」


 ……悪趣味極まりない。最低でも獣の血で建物を塗っているというのか。最低でもというところに不快感がこみ上げる。


「中に入るしかないだろうな」

「そうですね。まずは穏便にいかせてもらいましょう」


 館の扉を警官が叩く。


「こんにちわー。警察のものですが、お尋ねしたいことがありますー」


 反応はない。警官が何度か扉をたたくが、やはり反応はない。


「誰もいないのか」

「空振りのようですね」


 そう星御門がぼやいたとき、唐突に、扉が、開いた。開いた扉から……


「みんな下がれ!」

「えっ!?」


 俺が違和感を感じて叫んだのを聞き、警官たちが扉から離れようとしたが、わずかに遅かった。何かが扉から出てくるのが俺には見えた。


 吹っ飛ぶ警官二人。触手のようなものが扉の中から出てくる。


「おい!大丈夫か!?」


 星御門が警官たちに近寄る。触手のようなものが扉の奥に引き込まれる。


「大丈夫です!息はあります!」

「ならいい!くそっ!そういうつもりならやるしかないか!」


 扉の奥から蠢くものの存在を感じる。魔剣が喜びを隠さないのを俺は感じた。


『……悪くない相手ではないか』

「言ってろ!一気に扉ごとぶっ壊すぞ!!」

『……剛の剣は無粋なのだがな』

「斬りたいだけのお前に!無粋もくそもねぇだろ!斬る!」


 調息するとともに、扉の向こう側から蠢く存在から殺気を感じた。

 ……人の話を聞かないような奴に、こちらが合わせる筋合いはない。


『剣禅一如』


 対怪物の剣技の動きを、俺の身体に流し込む。意識を加速させろ。


「星辰一刀流」


 怪物の気配が強くなる。一気に仕留めるつもりか?……それはこっちもおなじことだ!


「……奈落!!」


 最大限の力で振り下ろした剛の刃は、分厚く巨大に変形しながら扉をへし斬った。


『扉ごとへし斬るとか、信長の真似事か。我はへし切長谷部ではないぞ』

「信長扱いはちょっとやめろ」


 扉の向こう側に光が差し込むと同時に、怪物の触手が跳ねているのが見えた。そのまま触手を踏みつける。館の入り口に怪物が血まみれ粘液まみれで転がっているのが見える。そのまま突き刺す。


『斬るのはいいが突き刺すのもちょっと……後で拭くのを忘れるな』

「うるさい」


 注文の多い魔剣だ。ぐだぐだいっていたら、また別の奴が来るんじゃないか?周囲を警戒しながら、なおも怪物の気配を探る。


 ……女の子が、廊下の奥にいた。肌の色は白く、やつれているように見える。目に光がない。


「君は?」


 女の子が目の前の怪物を指さす。

 ……おかしい。違和感がぬぐえない。怪物につかまっていたのか?あの怪物がこの館の主だとでも?怪物がいたばかりなのになぜ廊下にいる?


 俺は、魔剣を鞘に納めた。だが、右手は柄からは離せない。


「そうか。ところで、この館には他に誰かいるのか?」


 女の子は首を縦に振る。何故しゃべらない?


「魔剣」


 俺は小声で魔剣に問いかける。


『人の気配は……あるな。2人……いや、3人だ』

「目の前には、いるよな」

『いや……いない』


 やはりな。知ってはいたがそういうやり口か。左手を差し出す。


「わかった。こっちにくるんだ」


 女の子は動かない。


「大丈夫だ。さぁ、こっちに」

「……く……」


 女の子は少しずつこっちに歩いてくる。違和感、いや、殺気を感じる。女の子の背後から何か気配がする。


 調息。剣技よ、来い!腰だめに魔剣を構える。


「星辰一刀……」


 女の子は突然横の扉に飛び込んでしまった。


「なっ!?」


 慌てて走りこむ。これは罠か?だが、もし逆に逃げるつもりなら、それも追わねばならない。くそっ!


 ……部屋に駆け込んだ俺が目撃したのは、先程の女の子が、別の女の子の首に触手のようなものを突き立てているところだった。別の触手は胴を締めている。


「どういう、つもりだ?」


 女の子は黙ったまま、別の女の子を締めながらこちらを見ている。目の焦点が、あっていない。


 ……俺は再び腰の魔剣に手をかけた。左手は、そえるだけだ。

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