第肆話




 道に、迷った。

 なんで俺はこんな土地勘のない山の中をさまよっているのだろう。話は数日前に戻る。



「また邪神の遺物が?今度は神戸に?横浜とおなじミナト町だと聞いていマスが」

「そうですトーラス。おそらく信奉者たちが持ち込んだのでしょう」

「それで、俺に神戸に行けと」

「はい。切符はここに。経費は後でお支払いします。まずは私の神戸の分家の家をお尋ねください。連絡はしておきます」


 俺たちは東京にある星御門家に集まっていた。今度は神戸に邪神が出たらしい。遺物とかいうのが邪神と関係するとかいうのだが、よくわからん。


 俺を派遣するため、星御門がご丁寧に切符を用意している。二級車である。しかも経費も持ってくれるという。領収書切らなきゃ(使命感)。これは星御門にとってははした金なんだろうな。まったく景気のいい話だ。魔剣が何か言いたそうにしている。


『いいではないか。懐かしいな。福原だったころ行ったことがあるぞ』

「福原ってどこだよ魔剣」

「昔の神戸の一部の名前ですね。平家が都をおいていました」

「おいこら魔剣、おまえ刀の種類どころか年齢詐称してるだろ」


 よーくわかった、こいつ村正より古くからある(註:村正は室町時代の刀工)のが確定した。一体何なんだよこの刀は。


「とにかく、神戸の山中、六甲山系といいますが、そちらのあたりで何かをしようとしているようです。信奉者たちが」

「信奉者たちってなんなんだよ」

「デーモンの力を使って、セカイを自分たちの思うがママにしようとするワルいひとたちデス」

「……別に俺はどっちでもいいけどな、俺に迷惑をかけなければ」

「邪神が完全に覚醒すると、今の世界は滅びますけどね」


 星御門のその発言を聞き頭を抱えざるを得なかった。大迷惑じゃねぇか畜生!


『そんな迷惑な連中、斬り棄てればよかろう』

「人間は斬るな人間は!悪い人は捕まえる!んでおまわりさんの仕事それは!」

「あなたも一応立場は警察になっているのですがね」


 なんでだよ星御門!いつ俺が警察になったんだよ!?


「俺が警察!?意味わかんねぇよ!」

「言ってませんでしたか?帯刀可能な身分は現在ですと警官か軍人のみです。軍属よりは警察にねじ込むほうが簡単でした」

「もうやだ邪神だけでなくて信奉者とも殺し合い?」

『負ける気は全くしないがな』

「お前のような人斬り包丁とちげぇんだよ!嫌なのそんなの!」

「まずは神戸の星御門家に向かってください。地図を用意します」


 ひと悶着あったが、かくして俺は新橋から汽車に乗って旅立つことになった。

 出立時に見送りに来たトーラスに、こーら?とか言う怪しげな液体をもらった。なんだよこれ。


「これは?」

「元気がでるおクスリデース。疲れたら飲んでくだサイ」

「色、黒いんだけど……」


 こんなもの飲むやつの気が知れない。そんなことを思い出しながら買った茶を飲む。なんか新橋の弁当、多数売り切れてたな。誰か買い占めたのか。


「結構美味いな」


 こんな簡単な作りの容器のお茶が、存外美味い。茶葉がいいのか?東海道の海際の風景が流れてゆく。太平洋って……広いな。眺めがいい。水平線がただ広がっている。


 これから邪神を斬りに行くのでなければ。眺めを見ながら汽車に揺られるとは、全くぜいたくな話である。汽車での旅、たったの十二時間とかいうじゃないか。昔だったら十日以上かかってたというのに。二等車両を用意してくれたのも贅沢な話だな。堪能はさせてもらう。そうでないと、これからのことを考えると気が重い。おっと、何とか確保できた弁当に手を伸ばすか。


 ……なんじゃこら?四角い麺麭パンの間に具が挟まってる。


 隣の席の麺麭を見つめる俺に声をかける。


「こらあんたもハイカラなもん食べとるね」

「慌てて買ったから気が付かなかった。おっちゃん、これ何か知ってる?」

「サンドイッチだがね」


 サンドイッチっていうのかこれ。まじまじと見つめたあと、ひとまずかぶりつく。なんじゃこれ……美味いじゃないか。この肉を焼いたやつとか肉汁が適度に出てそれがパンとよく合う。なんだこの芳醇な風味は!?これ作ったやつ天才だろ!この肉を焼いた奴はどいつだ!?


「……うまい……こんなのあるのかよ……」

「どえりゃあ気に入ったんやね」

「そりゃこんな美味いの気に入るに決まってるだろ」

「ならこれも食べてみんしゃい」


 手作りっぽいサンドイッチだが、こっちにはなんだろう……揚げた何かが入っている。すすめられるまま口にする。……こっちも旨い!海老じゃないか!海老の肉が新鮮なのか、口で香ばしさとともに弾ける。ほのかな甘みと旨味が揚げ物の中から広がってうぉお!


「エビフリャーだがね」

「おっちゃん、美味いよこれ!口とまんねぇよ!」


 ……サンドイッチとエビフライに出会わせてくれたのは素晴らしい。汽車の旅も素晴らしい。だがよく考えたら、なんでわざわざ神戸くんだりまで行かないといけないのか、自分の境遇に腹が立ってきた。旨さと怒りをサンドイッチにぶつけるしかなかった。サンドイッチに食らいついているとおっちゃんが「腹減ってるの?」と言ってきた。ごめん、違うんだ……。名古屋で別れるおっちゃんには礼をいい、さらに汽車の旅を続ける。


 神戸についたのは、日がすっかり暮れたころだった。ホームから降りて街並みを見る。横浜よりは小さいが町並みはよく似ている。電車に乗り換え、窓から見える瓦斯ガス灯の明かりの中、目的の星御門家を目指す。


 星御門家の屋敷は相当な大きさである。どこが入り口だよ。多少迷う。五芒星のついた門を見つけたので扉をたたく。作りが古い。江戸より前か?


「おや。お早いお着きで。お話は伺っております」

「それはどうも。寺前だ。よろしく頼む」


 星御門の部下であろう若い男に案内され、食堂に連れてこられる。出された飯がまた美味い。魚がいける。鯛の刺身が、茶漬けが、適度な弾力のあるその肉を噛み締めていくと……俺の口を、内臓を満たしていく。近くに魚がうまいところがあるとか。最近食欲が高まっている気がする。どんぶり飯で三杯ほど平らげ、星御門の家人に笑われている気がするが、こんな美味い飯出しといてそれはないだろ。


 飯の後、部下に案内され奥に通される。そこには何故か、東京であった星御門がいた。


「なっ!ど、どうやって……汽車より早く来れたんだ星御門!?」

「やれやれ、兄にも困ったものです」

「兄?」


 どうやら双子の弟らしい。驚かせやがって。

 挨拶を簡単に済ませると、早速邪神についての話を聞くことにする。


「遺物が持ち込まれたのが数日前、神戸の港に信奉者たちが上陸しています」

「税関は何をやっているんだ」

「表立っては妨害できませんよ。普通の人は邪神の存在を知らないですし、知らせることもあまり得策ではありません。信奉者が、邪神の存在を普通の人間が知ることを望んでいるかは定かではないですが」


 なかなか厄介だな。腕を縛られた状態で対処しろ、そういわれているような気がする。


「そのまま摩耶山を上り、六甲山系のいずれかに向かっています」

「さすがにそれだけの情報では見つけるのは難しくないか?」

『我なら多少近づけば感知できるが……』


 ちっ。都合の悪いやつめ。俺を働かせるんじゃない。


「我々も信奉者たちの足取りを見つけ次第お伝えします」

「伝えるにも俺が外にいるうちは無理だろ」

「ええ。ですので、夕方までには帰っていただければと」


 それはそうだな。さすがに戻らないと飯も食えない。

 そんなわけでその日はあったかい布団に入り、快眠させてもらった。翌日、早速摩耶山から奴らを追おうとして……山に登って、道に、迷った。




 そうだよ。道に迷ったんだよ畜生!魔剣のやつも


『道に迷ったのはどうにもならん。とにかくなんとか山降りろ』


 とか言わない。地図でも持ってくりゃよかったか?摩耶ケーブルとかいうのができていたらとっとと登れたんだろうがな!まだ普請中だよ!!


 日も暮れてくる。腹も減ってきた。持ってるものといったら……俺は何でこの黒い液体をもっているんだ?そういえばこの瓶どうやって飲むんだ?とにかくどっか降りたい。足疲れた。


 ……不意に、虫のような鳴き声が聞こえた。


 リリ リリ ケリリ テ ケリリ


『いるぞ』

「最悪だな」


 よりによって、腹も減った状態で一日歩き回っているときに遭遇か!せめてこの液体でも飲みたいな畜生!そうだ。瓶を足元に置き、魔剣を抜く。


『お、おい何を!』

「瓶の首、たたっ斬る!この液体、元気が出るらしいからな!」

『我をそんなことに使うんじゃない!』


 地面に置いた瓶を横に斬る。泡とともに液体が噴き出す。


「うおっと、もったいない」


 液体を一気に飲む。むせる。甘くて刺激のある味だ。

 ……結構いけるなこれ。心なしか元気が出てきたような気もする。


 リリ テ ケリリ? リ ケリリ?


 黒い何か蠢く不定形のものに覆われた男が現れた。男は恍惚の表情を浮かべながら、こちらににじり寄ってくる。


「なんだこいつ」

『気をつけろ、前のやつとは比較にならんぞ』


 どうやら虫のような鳴き声はその不定形から出ているようである。不定形の存在と男が、こちらを敵として認識したのだろうか、勢いよく飛びかかってきた!

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