*あやかしの後悔 4(終)


 少女が目を覚ましたのは、二十日が経った頃だった。

 その日、山奥にいて帰りが遅くなった俺は、少女が起き上がり、社を出ていたことに気づくのが遅くなった。

 帰った時には、社に少女の姿はなかった。


 桜の木が言う。

 「そういえば、村の方に走って行ったよ。思っていたより元気だったなあ。人間ってすごいんだね」

 返事をする前に、山道を駆け下りていた。

 ——少女が村へ戻った。あの、枯れ木と、飢え死にした人間であふれている村に。

 少女が倒れてから、村の状態はさらに酷く、見ていられないものになっていた。そして、俺はそれを知っていた。知っていて、放っておいた。


 山の麓に近づくと、周りの景色がガラリと変わる。桜の木なんて華やかなものはもちろん、生い茂る草原も、凛と咲く花も、何もかもが朽ち果てている。村人の家も廃れて、どの家も人の気配がしない。残酷なまでに静かだった。

 少女を見つけた。道端でうずくまっていた。嗚咽が聞こえる。

 「……っ」



 俺は、文字通り知っていただけだった。今までと同じように、何もしなかっただけ。少女を助けたのだって深い意味はなかった。

 それなのに、少女のすすり泣く声が、どうしてありもしないはずの心を抉る?

 もっと早く、助けていれば良かったのか。

 もっと早く、村を繁栄させておけば良かったのか。

 もっと早く、もっと、もっと————。

 要らないと切り捨てた選択肢が、今となって頭を過ぎる。俺はどうしてこんな気持ちになるのか、分からなかった。ただ一つ分かるとすれば、これは、この気持ちは、人間の感情だということだ。今まで以上に、厄介なものだ。



 「どうして……」

 少女の声が容赦なく俺に突き刺さる。

 「どうして、私だけ生き残ってるの」






 嗚呼、そうだな。その通りだ。君だけが生きている。俺のせいで、君だけが……。

 中途半端に助けたりなんてしなければ良かった。見放すなら、最初から最後まで関わらなければ良かった。そうしていれば、俺がこんなにも胸をかき乱されることはなかっただろう。少女が、ここまで絶望することもなかっただろう。

 あやかしと人間は生きる世界がちがう。趣味嗜好も、寿命も、生き方もまるで異なる。俺が言ったんじゃないか。二つの世界は平行で、決して交わらない。交わるべきではない。点と点はそのまま、線になっちゃいけないんだ。


 ————すまない。


 俺の声は届かないと分かっているのに、謝罪の言葉が口からついて出てきた。

 すまない。すまない。



 俺は、君の涙を拭ってやることも出来ないんだ。

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