*あやかしの独白 2

 翌日、あの人間はどうしているだろうと見に行った。朝はやけに霧が多く、これならば山のあやかしたちにも人間に近付いている姿は見つかるまいと、内心ほくそ笑む。



 人間は昨夜と同じ場所に居て、ちょうど傷が治っていることに気付いたようだった。私は木の陰でそれを眺めていた。

 「これは一体……?」

 人間の戸惑いが空気を伝って肌に感じる。驚愕きょうがくとともにどこか感心するような素振りを見せた彼に、私はたまらなくなってまた声をかけた。

 「怪我が治ってるの、すごいでしょ!」

 褒めてと言わんばかりの声に彼は警戒気味だった。しかし昨日耳にした声だと気付くと、「ああ」と優しく頷いた。助かったよ、と。

 「お礼がしたいから、どうか、姿を見せてはくれまいか」と私を探す彼に、それは駄目だと断りを入れた。あやかしである私は、不用意に人間に姿を晒してはならないからだ。

 だが、彼は食い下がった。お願いだと何度も口にして。

 ここまで義理堅い人間がいるのかと、以前見た人里の暮らしを思い出し、私は姿を見せることにした。



 彼は私を見た途端、その目を大きく開き、唇をわなわなと震わせ、青ざめた。

 「な、なんだっ、お前は……っ!!」

 恐怖に支配された彼の変わりように、私は一気に先ほどの気持ちが心から居なくなっていくのを感じた。

 「ばっ……化け物め!! くるなぁ!」

 どこから取り出したのか、人間は小刀の切っ先を私に向けた。その手すら、異常なくらいに震えていた。



 人間は恐ろしい生き物だと教えられてきた。

 人間は、身勝手で、傲慢で、とても醜いのだと。

 母と父と山のあやかしが口を揃えてそう言う理由が、今、分かった気がした。

 私は確かにこの者を助けた。そして姿を見せてほしいと言われたから、見せたのだ。それなのに、この者は私に刃を向け、醜いだの、邪悪だの、化け物だの、好き勝手罵って……。なんて身勝手な生き物だろうか。



 人間が小刀を振るう。頬に小さな痛みが走った。刃の先端部分がかすったのだろう。

 恐ろしいと喚いて山を下りていく人間の背を見る。あやかしだから直ぐに傷は癒えるが、この仕打ちは酷いではないか。そんな事を考えた。それに、私に怪我を負わせたことなど大して気にもとめず走り去っていった人間に怒りを覚えた。

 ただ、その怒り以上に、寂しくなった。

 人間はあやかしを嫌う。人でない者を遠ざけ、時には命さえ奪ってくる。——話に聞いた通りだったのだ。



 私は人間に近付いたことが悟られぬよう、人間の匂いの痕跡を消した。そして仲間の元へ足先を向ける。傷はもう治っていた。

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