とあるあやかしの怪奇譚

凩玲依

*あやかしの独白 1

 人間は恐ろしい生き物だと教わった。身勝手で傲慢ごうまんで、とてもみにくいモノだから、近付くだけでも殺されると。母も父も、山のあやかしたちも、みんな口をそろえた。

 けれど、小さい頃に一度だけ、人里の暮らしを見たことがあった。あれだけ危険だと言われたのに、好奇心がうずいて抑え切れず、山のふもとの木の上から眺めていたのだ。

 決して裕福とは言えないだろう暮らし。そんな中でも、人里の者は活気にあふれていた。人間たちはみんな楽しげに会話をし、困っている人が居れば一丸となって手を差し伸べていた。

 私には人間がとてもキラキラして見えた。恐ろしい生き物だと、どうしても思えなかった。



 人里へ下りていたことがあやかしたちに見つかった時、私は母と父から大目玉を食らった。山のあやかしたちにも一斉に怒られた。

 ただ、みんなは一通り憤った後、私をぎゅうぎゅうに抱きしめて「心配した」と言った。「お前が人間に見つからなくて良かった」と涙する者も居た。

 人里へ下りて私が感じたことは言うに言えぬ状況で、結局、私はそれ以来人間の住む場所へは行かなくなった。人間と関わりを持ちたいとも思わなかった。みんなを心配させてしまうから、行かないと決めた。



 ところが、その十年後くらいのことだ。あやかしの住まう山に踏み入って来た人間が居た。人間は笠を深く被り、顔を隠していた。旅人にしては上等な衣服を着ていたが、その腹部からは真っ赤な血があふれており、あまりの痛々しさに私は様子を伺うことにした。倒れてしまった時は助けようと思ったのだ。

 人間は苦しげに咳をしながら草原へ身を隠し、近くの木に背中を預けた。その人間は男だった。

 私はあやかしだが、まだまだ未熟だったため、人の姿をとることが難しく中途半端な化け方しか出来ない。人間を助けようと考えるなら、困難が強いられるだろう。

 それでも、息も絶え絶えな彼を救いたいと木の陰に隠れて、声をかけた。人間は驚いたようだが、すでに身動きがとれないところまで弱っていた。反応するのも辛そうだった。

 私はどうして怪我をしているのか尋ねた。命を狙われているからだと、人間は力なく答えた。そうして私が"敵"でないことに安心したのか、人間はそのまま意識を手放した。



 人間に近付けば殺される。その言葉を忘れたわけじゃない。だが、私は彼に近付き、その傷を癒した。彼は眠ったままだ。私を殺せやしない。



 母や父に呼ばれた気がして、急いで彼らの元へ向かった。人間の体温が下がらないよう、あたたかい布をかけた後に。私が人間に近付いたと悟らせぬように、しっかりと匂いの痕跡こんせきも消した。

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