今川蓮

 月明かりの下、少年とその両親は露天温泉の中で約束する。

「おっきくなったら、ここに一緒に住もう」

 少年の目は純粋な月光のみを反射していた。

「じゃあ、約束だよー」

 母親は優しく語りかける。

「うん。約束。指切りげんまん」

 少年はそう言った。


 ◆◆◆


「舞雪、舞雪」

 ぼーっとしていた青い髪の蕨舞雪に夫が語りかける。

「ごめんなさい。涼風さん。昔のことを思い出していたわ」

「重要な話だ」

「重要?」

「ブラックスワンからこんな物が届いた」

 夫の涼風は手紙を差し出す。


 私たちブラックスワンが君たちを危険視していることは知っていると思う。特に、君たちの子供は危険だ。だから、君たち夫婦は子を連れて、ルクセンブルクの我々の本拠地アジトに来てほしい。大人しく言うことを聞けば君たちも、子供のことも悪くはしない。ただし、この協力要請を拒否したなら君たちに命はないと思え。


「これって」

 二人の間に張り詰めた空気が流れる。

「大河のことを狙ってる。殺さないにしても、手の中に収めておきたいんだろう」

「大河をそんな危険な事に巻き込んでいいの?」

「ダメに決まってる。大河は世界の希望だ」

「じゃあそうするの?」

「代わりを連れていく」

「代わりって?」

「親を交通事故で亡くした子供だ。ブラックスワンの内通者に一人知り合いがいる。そいつには大河の身代わりの名前を、俺の子供の名前として流させてる」

「大河はどうなるのよ」

「大河には悪いが、何も伝える事はできないし、置いてく事になる。でもそれが、最善策だ」

「大河。大丈夫かしら」

「大河は大丈夫だ。俺たちも、身代わりの子も、きっと大丈夫。信じてくれ」

「分かりました」


 不安を抱いた舞雪だったが、涼風の力強い言葉にその事を押され受け入れた。


 ◆◆◆


「この子だ」

「今川蓮だ」


 色んな色のお洒落なパーカーを着た端正な顔つきのツーブロックの少年は言った。


「お前の苗字は今日から蕨だ。誰かから名前を聞かれても絶対に蕨蓮を語れ」

「分かった。で、涼風さんの隣の女の子は?」

 蓮は言う。

「妻だよ。私と同い年だ」

「まじかよ。若ぇな」

「言葉使いは気をつけて」

 舞雪は蓮に指摘する。

「わっかりました、わっかりました」

「あと確認だ。これから先、危険な事があるかもしれない。具体的に言うと死ぬ事があってかもしれない。それでもいいんだよな」

「ああ。どうせ、俺は死んでた身だ。奇跡的に生き返ったが、もう死んでるんだよ。魂が」

 少し物悲しそうに蓮は言った。

「じゃあ、出発だ」


「で、涼風さん。何しでかしたの。もしかして二重スパイがバレたとか」

「そんなんじゃない。ただの腐れ縁さ」

「そりゃ大変なこった。でも、今日から家族なんてそんな簡単にいくのかよ。普通バレるぜ」

「何年も前に実は戸籍や、データベースをいじってた。多分騙せるだろ」

「そんなことできるなんて、案外スパイって言うのは当たってたのかもな」

「なんだっけ俺らがこれから行く変な組織の名前って?」

「ブラックスワンだ。今やヨーロッパもアジアもアフリカも南北アメリカも殆ど牛耳ってる。表の世界も裏の世界もな。日本だけだ、ブラックスワンが国家に介入しないのはな」

「なんだか長くてよくわからなかったが、そいつらの目的はなんなんだ」

「皇帝になりうる人を殺す」

「皇帝って?エンペラーの事?ラストエンペラーはとっくに死んだだろ」

「違うんだ。神器って武器がある。その神器を使い、戦争を最小化させる人たち。人々はそいつらを敬意を込めて、皇帝って呼んだんだ。しかし、ある人物が皇帝を立て続けに殺していった。ブラックスワンはそいつを奉ってるんだ。俺には六人の皇帝の血が、妻には英雄と言われた一人の皇帝の血が通ってる。だから、因縁があるのさ」


「ふぅーん。それにしても舞雪さんは綺麗だな」

 蓮は舞雪を口説く。

「話聞いてた?」

「俺が見たどの花よりも美しい」

「涼風さんのプロポーズと似たようなこと言うのね」

「涼風は何つったんだ」

「きっと流星も君に夢中になって落ちて行くってね」

「とんだロマンチストだな。椅子でぶん殴られてもそんな言葉はでてこないぜ」

「ふふっ」

「はははっ」

 三人は明るい蓮の性格によってすぐに打ち解けた。



 ルクセンブルク到着


「で俺は明日から何すれば良いの」

「ブラックスワンの言うことを聞けばいい」

「それだけか」

「風呂の時間がある。その時間で武術を覚えてもらう。自己防衛の為、正義の為の物だ」

「空手か?武道なんてやった事ないぜ」

「護身術だよ。空手もまぁそうだが、より実践向きの武術だ。様々な武術のいい点だけを抜き出した複合武術だ」

「まあ、頑張るよ。期待はすんなよ」

「まあ、使うことにはならないはずだ」


 ルクセンブルクのホテルにて三人で初めての食卓


「飯うまぁ。ここは料亭かよ」

「良かったわ」

「蓮。気になってたのだがその口調外国に居た事があるのか」

「いや。一度もねぇよ。家族とは不仲でさ。滅多に喋らなかった。洋画の話を除いてな。洋画だけは特別だった。かなりの数の映画を家族で見てたからさ口調が移っちまったんだよ。今はこの口調だけが家族との絆なんだよ」

 蓮の目からは涙が溢れ出た。舞雪は蓮の体をさする。

「大丈夫?」

「家は貧乏だった。母さんの料理は不味かった。父は運転が下手だった。ロクな家族じゃなかったけどよ、思い出すとたまに泣いちまうんだ。悪りぃな」

「悪い訳ないでしょ。泣きたい時に泣く事が悪いはずないわ」

「ありがとう。その言葉だけで俺は救われた」


 食事を終えた後、三人はブラックスワンの本拠地に向かった。三人がたどり着いた先では軟禁の日々続いた。涼風は自分が思っていたより穏やかな日々だったことに驚き、内通者にそのことを訪ねた。

 内通者いわく、「そもそも、ブラックスワンなんて言ってますが誰も崇拝してる皇帝殺しを見たことある人がいないんです。皇帝殺しはアルフレードに封印されてますから。そんで皇帝殺しが神格化されたんすよ。皇帝殺しという世界中で例外的な存在は神だとか、神の使いだとか、人間に対する自然の怒りだとか言われるようになりました。そういう、神話的な存在に皇帝殺しはあまりにもふさわしいですから。だからこそ、ブラックスワンは広まりすぎた。ブラックスワンは今権力争いがある。涼風さんも、奥さんも、子供もその闘争に巻き込まれた。逆にこの闘争があるおかげで、ブラックスワンも涼風さんたちに目立った行動は起こせない。長くなったけどそういうことです」とのことらしい。

 涼風たちにとって、穏やかな日々はまだまだ続いた。


◆◆◆


 3年後


「どう言うことよ」

 舞雪は涼風に言う。

「知らないよ」

 涼風は弱く言い返す。

「信じろって言ったじゃない」

「そんなこと言われたって」

「おいおい、どうしたんだよ」

 蓮が2人の喧嘩を仲裁する。

「蓮。お前は日本に逃げろ」

「おい、それって」

「ああ、お前の処刑が決まった」

「あんたらはどうなるんだ」

「大丈夫だ。安心しろ。俺等は年でルクスが減退してる。神器を使いこなせるのは俺等の子供だけだ。だから、処刑対象は蓮だけだ」


「でも、もし俺が死んで2人が助からなかったら俺、今度こそ」

「蓮。貴方も立派な私の家族よ。だからそんな事言わないで。日本でまた、会いましょう。大河も一緒に4人で暮らしましょう」

「分かった。約束だぜ」

「俺等はもう立派な家族だ。だが、蕨を名乗るのは控えろ。お前は本当の名前。今川蓮を名乗れ。ここに逃げろ。きっといつか再会できる」

 涼風は地図を渡す。

「元気でな」

「父さん、母さん。じゃあな」



 日本到着


 地図に印が着いた所に向かう途中、蓮は大学生くらいの青年2人とすれ違う。


「なんて名前だっけ、ここら辺支配してる奴」

「名前は知らんなぁ。悪魔だろ」

「そうだ。確か蕨みたいな。先輩睨まれた事あるらしいぜ。ちびったっつてたな。俺らに偉そうにしてるくせに」

「へぇー。あの先輩がちびるって」

「団体で喧嘩しかけて返り討ちにあって先輩だけが逃げたらしい」

「それが今このグループ作ったって訳ね」

「昔の不良グループが今じゃツーリンググループだ」

「確かに。成績は不良かもしれんがな」

「うまい」


(蕨。もしかしたら、俺が影武者になった子かもな。3年間親奪っちまったんだよな。ちょっと寄り道になるが行ってみるか)


「おいそこの2人、悪魔って呼ばれてる奴はどこにいるんだ」

 蓮は大学生くらいの青年2人に話しかける。

「知らねぇよ」

「いつもそこの河川敷に居座ってる。喧嘩売るなら辞めとけ。あいつはプロでもお手上げだ」

「知り合いなんだ」

「あいつに知り合いなんていたんだな。まぁあいつは売られた喧嘩しか買わないらしいから、用があんなら大丈夫だろ」

「じゃあ行ってくる」

「気をつけろよ」



 河川敷には蕨大河がいた。


(やっぱりそっくりだな母さんに。そりゃそっか。本当の親子だもんな)


「おい、久しぶりだな」

「誰だ?」

「今川蓮だ。覚えてるか?」

「なんか用かよ」


(なんつったら良いんだろう?)


「喧嘩強いんだろ。やろうぜ。勝った方が言う事聞くって事で」

 蓮は言う。

「受けて立つ」

「ルールはそっちが決めろよ」

「タイマン。もちろん素手で」

「俺に勝てると思ってんのかよ。良いぜ。先にダウンした方の負けだ」


(俺は三年間こいつの両親奪っちゃたんだよな。まあ身代わりだったてのもあるけど。悪いことしちゃったかもな。さくっと負けて、言うこと聞いてやっか)


「初めるぜ」

 蕨はパンチを構え放つ。


(喰らったらひとたまりもねぇ)


 蓮は本能で涼風仕込みのパンチを打つ。


 バコッ


 蕨が倒れる。


(体が勝手に反応しちまった)


「命令しろよ」

 蕨が言った。

「良く頑張ったな」


(何でこんな事言ってんだ。正直じゃねぇな。俺の口)


「なんで褒めるんだよ」

「じゃあ、もっかい友達になってくれよ。あんときみたいに」

「いいよ」

「今回はただの友達じゃねえぞ。親友だ」

「分かった。分かった」

「親友記念に一つお願いして良いか。俺を狙っている人間が近づいてきてる。俺を殺す気だ。戦ってくれ」

 十数人のスーツを来た男達が2人を囲む。

「分かったよ。蓮」


「サンキュー、大河。ほら来たぜ」


2人を押さえ込もうとした大人たちは次々に倒されて行く。


「蓮スゲェな。ヒョロイのに」

「親父から習ったんだよ」

「スゲェ親父だ」


(お前の親父なんだけどな)


 2人は次々と倒して行き残り僅かになった所で蕨大河の頭に銃口が突きつけられる。今川蓮は両手を上げた。


「大河。付き合わせて悪かった。もともと今日俺は死ぬはずだったんだ」

「何言ってんだよ」

「俺が蕨蓮だ。ブラックスワンお前らの目的は俺だろ。大河に手出すな」

「分かった」


 銃口は大河から蓮の方に向けられた。


「蕨大河。お前には正義が似合う。貫け‼︎俺の分まで。貫け‼︎お前の拳で」


 銃口からでた弾丸が蓮の頭を貫いた。


 ◆◆◆


「蓮が死んだらしい」

 涼風は舞雪につげる。

「どういうことよ」

 舞雪は言った。

「地図の場所まで間に合わなかったらしい」

「私はもうあなたとは居れないわ」

 舞雪はブラックスワンの本拠地を逃げ出した。

「どうしますか?」

 内通者は言った。

「舞雪は逃がしてくれ。ただでとは言わない。俺がブラックスワンの一員になる」

「そんなんむりっすよ」

「言いたくなかったけど、俺ポセアリウスにいたんだ」

「それって」

「アルフレードが皇帝殺しを封印した先。研究者の知り合いもいる」

「涼風さん。それって」

「裏切りはしないよ」

「そんなこと言ったって上がどうするか」

「うっせえな。闘技場コロシアム

「なんだここ?」

「俺はここだと最強になる。簡単に言うと脅しだよ。死にたくなかったら、舞雪を逃し、俺をブラックスワンに入れろ」

「そんな」

 涼風は内通者に近づいて、拳をゆっくり内通者にぶつける。

「がはあ」

 内通者のあばらの数本が折れ、内通者の口からは血が大量に噴き出た」

「分かったな」

 涼風が能力を解くと内通者は涼風の操り人形になった。


◆◆◆

 

 涼風がブラックスワンに入ったころ、舞雪はローマにいた。


「世界中の人々の心がエメラルドの海のように、綺麗になりますように」


 舞雪、翠玉海設立。

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