ヤタガラス 

 ピュオーン


 鮮烈な鳴き声とともにそのモンスターは現れた。真っ黒な巨大カラスに三本の足が生えている。くちばしと足は黄色い。それ以外は真っ黒だ。


「あれはヤタガラスってやつじゃないかな」

 杏が言う。

「ヤタガラスってなんだ?」

 蕨は杏に問う。

「ヤタガラスって言うのは神の使いとされている生き物。三本足のカラスみたいな見た目をしているといわれているの」

 杏は言った。


 バサッ、バサッ


 その漆黒のカラス、ヤタガラスは高速で飛びだした。目では追えないほどの速さだった。残像が水彩絵の具のパレットでたくさんの色を混ぜるかのように黒色が広がっていく。ただならぬ恐怖が蕨たちを襲った。鳥肌が立ち、背筋が凍った。


「速攻で肩をを付けないとやばそうだし。準備しろだし」

 青二は嫌な予感をシンプルに伝える。

「分かってるって」

 ただならぬ様子のヤタガラスに蕨は素早く左手で光弓を構え、右手で矢を作り出す。


 ピシュン


 ヤタガラスは空を高速で飛んでいる。高速で動いている的を完ぺきにとらえる程蕨は弓矢をうまくは使いこなせない。それならば青二の力を借りるよりほかがないと考えた。


「俺は準備できた。青二動きを止めてくれ。一撃で決める」

「分かっただし。完全停止フリーズ

「消し去れ、光矢一閃コルピーレ


 青二の能力と共に、蕨から矢が放たれた。確実に一度停止していた、ヤタガラスだったが矢がいざヤタガラスの頭に届かんとするとき、ヤタガラスは動き出し、矢の動きを回避した。


 ピュオーン


 ヤタガラスの鮮烈な鳴き声が蕨達を嘲笑うかの様に響き渡った。


「どういう事なんだよ」

「俺の能力が少ししか効かなかっただし。うっ」


 ピチャッ


 青二は吐血して、うつ伏せで倒れる。呼吸も次第に荒くなる。


「大丈夫。青二君?」

 杏が駆け寄る。

「もうルクスの限界って奴だし。もう俺は能力を使えないだし。気にするなだし。早くヤタガラスを倒すだし」

「分かった。そこで休んでてくれ。杏、先にヤタガラスを先に倒す。力を貸してくれ」

「もちろん。私がガイドするから、大河君は弓を構えて」

「了解」


 パチンパチンパチン


 蕨はルクスを集中させ矢を作り出す。


「1・5秒後、蕨君の右2メートル、上に2メートル。蕨君の右斜め上、2√2メートル先にヤタガラスが来る」

「分かった。光矢一閃コルピーレ


 ピャオーン


 矢はヤタガラスの方向には向かったものの空を切ってしまう。


 (杏の能力は正確だ。だからそれに合わせれない俺が悪いんだ。ための時間、矢が放たれてからの時間、それと杏による相手の動きの情報。それら全てが正確にそろわなければ、この矢はヤタガラスには当たらないってことだ。まずいな。考える要素が多すぎる。)


 ピシュン ピシュン


 ヤタガラスは目にもとまらぬ速さで動き、その動きによって黒い扇形の塊が生み出された。その塊は青二の方へ向かっていった。


「青二、よけろっっ‼︎」

 蕨は叫ぶ。


 バーーン


 青二の体はこのコロシアムの壁にぶつかって止まった。青二の右肩の制服が破け、そこから大量の傷ができている。


「大丈夫か、青二」

 蕨は吹き飛んだ青二に駆け寄った。

「俺はこんなんじゃ死なねえだし。俺の事は気にするなだし。だからさっさと決着付けろだし。お前にかかってんだし」

 青二はボロボロの体で右肩を庇いながら、震えた声で言った。

「分かった。杏、力を貸してくれ。俺のため時間とか、弓が放たれてからのスピードを考慮して未来予知できる?」

「ごめん。それは無理」

「じゃあ、杏は青二と杏自身がけがをしないようにヤタガラスの動きを見ていてくれ」


(杏の能力を使っても俺が正確に捉える事は出来なかった。動きを止めることはもうできない。何かが足らないんだ。何かが。でも、何かがあれば。きっとなんtかなる)


「蕨君、危ない」


 杏の声とともに青二を襲った風の塊が、今度は地面を割りながら蕨に向かっていく‼︎


 ゴゴゴゴ


(右か左か、どっちによける。これをよけれるのはたぶん二つに一つ。こういう時はたいてい利き手の方がいい。俺の感がそう言ってる。)


 蕨は前からきた風の塊の右側に飛び込んで、間一髪でよける。


 蕨は少しほっとした。


「蕨君、後ろ」


 ドゴーン


 杏の声とともに蕨の体がコロシアムとぶつかっていた。蕨の全身に痛烈な痛みが走り、うつぶせになった。


「なんで、よけたはずなのに」


 ピュオーン


 ヤタガラスはそ声高らかに咆哮した。


「蕨君は確かによけた。けどあの風はそこで終わってなかったんだよ。ホーミングしてた。一度後ろに行ってから蕨君を追うように動きが変わったんだよ」

 その言葉に蕨ははっとする。


 (その矢を作ることができれば俺の弓で貫ける。まずは立ち上がらないと。)


 蕨が立ち上がろうとすると全身には痛みが走った。


「杏ちょっと時間を稼いでくれ」

「分かったよ。大河君、なんか閃いたんだね。でも、そんな体で大丈夫なの?」

「絶対立ち上がる。だから、俺が起き上がるまでの時間を稼いでくれ」

「分かった」


 杏は蕨の言葉に応えて能力を使用し攻撃をよけ続ける。右に左に避け続けた。踊りの様にヤタガラスをいなしていた。


「私ももう能力の限界が近い。大河君、お願い。起き上がって」

 蕨はまだ床に手をつくことさえできていなかった。全身の骨がほとんど砕けていたのだ。少し体を動かすだけで痛みを襲った。


(痛い、そして動かない。立ち上がれれば何とかなるのに、立ち上がれれば。)

 

 ピカーン


 光弓のリングが光っていた。


(なんだ。この光は)


 蕨は周囲が宇宙のような場所に飛ばされた。蕨はこの空間では痛みを感じなかった。だから、立っていた。蕨の前にはケンタウロスがいた。顔には長いひげが生えていて、足は馬。体の分厚い筋肉にいくつもの傷がついている。背は蕨の2倍ほどだった。ケンタウロスは蕨を見下ろして、重厚な声で問いかけた。


「立ち上がる力が欲しいか」

「ああ」

「全てを捨てる覚悟はあるか?」

「捨てたくない。俺は正義を貫きたい。この街も、今まで必死に戦ってくれた青二も、ずっと気にかけてくれた杏だって守り抜きたい。何かを捨てる事なんてできない」


 ケンタウロスはニヤッと笑った。


「気に入った。この矢で自分を貫け」

「何で?」

「答えはお前が知ることになる」


 異空間のような場所からもどると蕨は既に立ち上がっていて、右手には光った槍の様な形の矢が収まっていた。これまでの弓や矢と一つ違うことがあるとすればこれまでにないほどに輝いていて、鋭い。


(これを自分に刺せばいいだよな。)

 鋭くなっている部分を蕨は自分の胸に向ける。


「光輝燦然」


 神器は声を出した。すると蕨にチクリと痛みが走った。


 蕨の全身の痛みが和らいぎ、蕨の全身が光っていた。今まで持っていた光弓や矢の様に光っている。


「大河君。なんで光っているの」

「よくわからないけどもう大丈夫。終わらせる。この戦いを」


 パーン


 蕨はボウガンの様な形をした弓をリングで作り出した。


 ダーンダーンダーン


 蕨は周囲のルクスを吸い上げ弓に集約していく。


「その強い力はなんなの⁈これまでとは桁が違う。何なのこの強い光は?」

「これは授かった力だよ。よくわからないけどこの戦いを終らせるための力」

「誰から授かったの」

「ケンタウロスから。このリングの住人から授かった。杏、能力を使ってヤタガラスがどう動くかをガイドして」

「でも、当たるはずがないよ。私の目じゃ負えない速さで、ヤタガラスはその場を左旋回してから急上昇する。その後に、さっき大河君を襲ったのと同じ風の塊が」


 ヤタガラスは突如暴れるように飛んだ。それが今どこを飛んでいるのかはわからないほど早かった。

 だが、その矢は確実に相手を貫くという確信をもって放たれた‼︎


「杏、ありがとう。追尾光矢ダーテミー


 ヤタガラス方へ放った矢はヤタガラスの動きを完全に追っていく。その矢は残像を一つ一つ晴らしていき、最後にはヤタガラスの羽を破壊した。


 ピギャーン、ピギャーン


 さっきまでの威勢はなくなり、地面にひれ伏すのヤタガラスはあまりにもみじめなものだった。


光矢一閃コルピーレ


 パシュー


 矢はヤタガラスをなきものとした。巨体のカラスの残骸はまるで道端で倒れた子猫のようにか弱くそこに居座っていた。


「大丈夫か青二」

 青二は気絶していた。血も止まっていない。身体は冷たくなっていた。

「私が応急処置をする」

 杏はそう言って、ポケットから消毒液と包帯を取り出して巻いていった。

「青二は助かるのか?」

「分からない。けど脈はある。ただ危険な状況には変わりないと思う」

「良かった。まだ生きてるんだな」

 蕨はほっとした顔で言った。

「よくないよ。応急処置をしても早く病院に行かなきゃ、助からない。それに、、、それにまだモンスターがいたら?私も、青二君ももう能力が使えない」


 杏は深刻な事態を動揺しながら、分析し、言った。


「それなら大丈夫。俺がなんとかするよ」

 蕨は強く、強く言った。今までにないほど自信に満ち溢れていた。

「大河君の怪我は?」

「疲れとか傷の痛みとかも癒えたんだ。さっき自分に矢を刺した時、何か不思議な力が働いたんだ」


 蕨は晴れやかな顔で杏に答えた。

「何か手伝えることはあるか」

 蕨は杏に尋ねた。しかし、応答はなかった。蕨の声は静寂に消えていく。蕨はただならぬ程不気味な感覚に襲われ顔を上げる。

「杏?青二?どうした。どこに行ったんだよ」

 二人の姿は突如蕨の周囲から消え去っていた。

「おい、二人をどうしたんだ。答えろ」

 蕨は誰も居ない闘技場で叫ぶ。


「二人はポセアリウスに帰りました。その先でどうなるかわかりませんが、妾と妾の味方が少なくとも移動及び移動先で貴君の仲間に危害を与えない事を保証します」


 そう言って蕨の後ろに現れたのは上半身が女のケンタウロスだった。

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