音楽祭

音楽祭 〜Music festival〜

 日時は5月6日の放課後である。神器竜呼びの笛回収に成功した3人は円卓へ向かっていた。3人の顔が暗いのは当然である。蕨大河の母親が死んでしまったのだから。


 蕨がこの時円卓へ向かった理由はただ一つであった。円卓を宰領を辞めるつもりだったのだ。


 円卓に着いてから蕨はその事を言う気にすらならなかった。彼の居場所は今、宰領学園の円卓にしか無いのだ。それさえ無くなってしまうのは彼にとっても辛かった。


 ういろうが竜呼びの笛を回収した事と今日の円卓の解散を告げた。


「桜凛で~す。今話があるというのでつなぎますね~」

 渡辺杏の頭に赤渕眼鏡の三つ編み姉妹の姉、桜凛のテレパシーを介して声が伝わる。

「杏ちゃん?私は二年第四位の赤坂もちにゃ。サイコメトラーにゃ。蕨君の事気付かってあげてにゃ」

「分かりました」

 3人のテレパシーを介した会話はこれで終わった。


「ねぇ、蕨君。明日は音楽祭だよ」


 金髪ポニーテールの杏は蕨に喋りかける。到底それは簡単な事では無かった。蕨と仲のいい杏でさえ蕨の悲壮感に満ち溢れた顔を見たのは初めてだったからだ。どんなにボロボロになっても、病院で寝込んでいても、蕨はこんな顔はしなかったからだ。


「音楽祭って何?」

 蕨は幸いにもそれに反応した。


「宰領学園は基本閉鎖されてるの。だけどこの日だけ宰領の生徒の家族に限って解放される。宰領の生徒は音楽を奏でるの。1人1つの楽器を持って2分間。それが宰領の決まり」

「家族か、、、」

「ごめん聞いちゃいけなかった?」


 杏は間違っては居なかった。ただ、蕨にとって今、家族と言う言葉がどれだけ意味があるのかを杏は知らないだけである。蕨は決して杏が急いで取り繕るために出した言葉に反応しなかった。


「蕨君、楽器はできるの?」

「ベース」


 (父親から教わった唯一の物。それがベースだった。楽しそうにベースを弾く親父のことを尊敬してた。今は何やってんだろう?)


「じゃあ楽器買いに行こう」


 蕨は首を縦に振った。2人に流れている雰囲気は決して軽くは無い。蕨は短い言葉しか発さなかった。ただし、杏は蕨を自分が今気にかけてあげなければ、何かをしなければならないと思っていたのだ。


 ◆◆◆


 2人が学校から東の方へ向かうと楽器屋 ハーバー という看板のある店があった。少し古びた感じだが内装はきれいだ。値段は安いが手入れされた、いい音のしそうな楽器が並んでいる。


「私楽器引けないんだよね。まぁこのソプラノリコーダーにしようかな。小学校以来触った事も無いけど、弾いた事のない楽器よりは良いよね」

「昨日は練習してないの?」

 蕨は初めて長い言葉を発した。

「色々あってね。タイミングを見失っちゃって」

「へぇ」


 蕨はその原因に一切気にも留めず、この楽器屋で1番高いベースをレジにだす。杏も急いでリコーダーをレジに置き、一緒に会計する。


「ベースの分も私が払うよ」


 杏は自分の財布から現金を取り出して、お金を払う。


「リコーダーとベースか。この町に来てから何十年も誰の手にも渡らなかった楽器だ。お金はいらないよ。その代わり明日の音楽祭、この楽器達が満足するよう精一杯奏でてくれ」


 気前の良さそうな十円ハゲの店員はお金を一切受け取らず2人に返した。


 杏は白と黒の鍵盤みたいなリコーダーを。蕨は真っ黒でシャープなベースとアンプを貰った。


「一緒に練習しようよ」


 蕨は横に首を振った。蕨は楽器を買いに来たものの音楽祭に行くのかさえ決めていない。


「分かった、じゃね」

 2人は家へ帰る。


 ◆◆◆


 蕨は家に帰るとおもむろにベースをいじっていた。


(ベースはやっぱりいい。落ち着く音がする。)


 ◆◆◆


 蕨は時計を見る。気が付くともう朝になっていた。


「おはよう」


 蕨の家の前では杏が待ち受けている。蕨は杏の笑顔を見て、今日だけは宰領に向かうことを決めた。


「おはよう」

 蕨は素っ気なく答える。

「めちゃくちゃ緊張してきたよ。ねぇ蕨君、私のリコーダーの演奏下手でも笑わない?」

「練習したならきっとうまくいくよ」


 ◆◆◆


 2人が1年の教室に行くといつもとは違い多くの保護者がいた。いつもは教壇の置かれているところが今日のステージだ。


 皆の演奏はまあそれなりのものだった。円卓の一年第二位はバックレていた。その中でも目を引く演奏がいくつかあった。


「次はルナだよ」

 杏が蕨に小声で話しかける。

「ルナって、、、あの塩分操作ソルトオペレーションの子?」

 蕨はボルケーノパンの一件を思い出しながら答える。

「あの子は超大人気の現役アイドルなんだよ」

「へー」

「バイオリンもプロ級にうまいんだよ。バイオリンのコンクール優勝何回もしてるんだから」


 塩谷ルナ。通称シオルナは静かにヴァイオリンをセットした。そして静かに弓を弦の上で滑らした。


 その音色は人々に安らぎを与えた。アップテンポだがとても繊細な曲だ。白銀の髪とバイオリンを弾く姿は人間とは程遠いまるで女神のようだった。神秘的で、あまりにも神秘的で見に来た人々は涙を流していた。


 この演奏がたくさんの人の涙を誘ったのはそれだけじゃなく、塩谷ルナがとても切ない顔をして引いていて、実際演奏にも努力とか才能とかを超越した何かが含まれていた。悲しみ、痛み、切なさ。そんな感情を演奏で人々に伝えたのだ。蕨はこの演奏で今川蓮の最後のセリフを思い出した。


 むろん蕨大河も例外では無かった。この演奏で蕨の心は洗われた。蕨の心の傷は少しだけ癒えた。


「あれあの子が今度出す新曲なんだよ」

「すごいね」


 ◆◆◆


 そのあとも演奏が続いた。


「もう次だよ。リコーダー頑張ってくれよ~」

 杏はリコーダーをポンポン叩いて前に向かう。


 ぴぃー、フゥゴォー


 蕨の心を動かしたのは、間違いなくこの音楽祭の中で一番演奏が下手な杏のリコーダだった。


 自分に生きる理由を与えた人間が自分の身代わりだったと知り、自分に価値はないのではないかと思っていた。


 この演奏を聞いて蕨は心の底から、今まで自分を気にしてくれた杏と一緒に、杏と居られるこの街を円卓の一員として守りたいと思ったのだ。


(蓮。今までは蓮の言葉のままに自分なりの正義を貫いてきた。一つだけ、生きる理由増やしてもいいかな。もちろんこれからも正義は貫くよ。これを許してくれたらさもう一層強い覚悟ができる気がするんだ。いいよね)


「はずかしい」

「杏よかったよ」

「よかったって、本気で言ってる?」

「本気だよ。俺ベース本気で弾くからちゃんと聞いといて」


 蕨はアンプとベースをつなぐ。蕨は自身の引きたいがままにベース引いた。蕨の頭の中をめぐる沢山の感情のサイクルが音に変わっていった。


 蕨は自分が弾いたのがどんな曲だったのか。どんな音が流れたのか蕨にはには分からなかった。けれど演奏が終わると蕨を迎えているのは絶賛の拍手だった。


「蕨君すごかったよ」

 杏は蕨に話しかける。

「ありがとう。自分でもあんま覚えてないけど、そう思ってくれたならうれしい」

 すっかりと笑顔になった蕨がそこにはいた。

「先生は感動したよ。君たちは本当にすごいね。皆でみんなに拍手だ」

 柏先生は一年の皆に拍手を促す。


 パチパチ


「先生私アイドルの活動があるので」

 塩谷ルナは教室を立ち去る。

「分かった」

 先生は返事をする。塩谷ルナはその後杏に近づく。


「杏。私、今日の円卓はいけませんのでお伝えいただけますか」

「もちろん、ルナ」

「蕨様、すごい演奏でしたよ」

「ありがとう。でも君の演奏もすごかったよ」

 蕨は晴れやかな顔でいう。

「ありがたきお言葉ですわ。私は行きますので、ごきげんよう」

 シオルナと2人が別れを告げると杏は口を開く。

「じゃあ私たちも行くか円卓へ」


 ◆◆◆


「少し早く来すぎたかなぁ。どう思うワトソン君」


 鹿撃ち帽にトレンチコートをつけた褐色茶髪の少女は隣のセンター分けの男に話しかける。


「いえ、我らが遅いわけではないようですよ」

「で、一年の君名前は」

「青二 吉だし。一年、第二位で能力は金縛りだし」

「知ってるけど、私たちは音楽祭の裏で事件が起こったせいでドタキャンする羽目になったのだけど君はどうしたんだい」

「ちっ」

「おやおやこれが君の能力か。本当に体が動かないや」

「遅れました。杏です」

「やあ。杏君元気してたかい」

「はい、その説はどうも」

「ルナ君は?」

「仕事らしいです」

「そうか。じゃあ君たちに僕から君たちに伝えなければならないことがある。このポセアリウスの存亡が関わる話だ」


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