スキルチェイスブレッズ 

「・・・きなさい、起きなさい、蕨君」


 朝起きると蕨の目の前にはういろうの顔があった。ういろうは薔薇の香水の匂いを漂わせていた。


「昨日のことはすみませんでした。私が男の子の気持ちを理解していなかったみたいです。久々のお風呂で小学生の弟を思い出してしまいました。弟とは歳が離れていてポセアリウスに来るまでは毎日一緒に入っていたので」


 (昨日の事は俺が悪くない事は分かってくれたらしい。誰だって浴場で、水着をしているとは言え、後ろから急に抱き付かれたらああなる。ああなっいぇしまうのだ。間違いない。文句があるならば神にでも言ってくれ。)


「昨日の事は誰にも言わないで下さいね。私はただでさえ浮世離れしていると言われているのにこれ以上言われたらお嫁にいけませんから」

 ういろうは少しもじもじして蕨に言う。

「言いませんよ。一体誰に言うんですか。言うとしたら八橋先輩ぐらいしかいないじゃないですか」

「それが一番嫌なんです」

 ういろうは顔を真っ赤に染め上げて大声を出した。頰は完熟トマトの何倍も赤い。ういろうは八橋にベタ惚れなのである。


「そんなことより、早く支度をして下さい。時間がありませんよ。竜呼びの笛が起動する前に止めなければならないのですから」


 突如冷静になったういろうに急かされ、蕨は支度を初める。


「八橋先輩も起きてください。ってなんで裸なんですか」

「何でってこれが俺の標準スタイルだぜ」

 蕨の隣の部屋からはそんな声が聞こえた。


 蕨が制服を着替え終わるとロビーには2人がもう準備を終えて待って居た。肌色のブレザーを着た3人は覚悟をとうに終えた顔つきでそこにいた。


「蕨君、ネクタイ締め直しなさい」

 ういろうは蕨に言う。

「ネクタイも結べねぇのかよ」

 八橋は蕨に悪態をつく。

「さすがに結べますって」

「じゃさっさとやりやがれ」

 その言葉で蕨は赤いネクタイを締め直す。


 キュッ


 (ネクタイを締めただけでさっきとは何ら変わらないのに、この制服が重くなった気がする。ここから始まる戦闘は命がけ。それでもみんなで生きて帰るために。無能力を言い訳して、皆んなの足を引っ張っちゃいけない。)

蕨は強い責任感をたった今結び直したネクタイけらひしひしと感じた。


「よしっ、行くわよ、蕨君、八橋先輩」


 その言葉で三人はホテルから外へ向かう。


 3人は昨日行った公園に向かった。昨日とは違い、公園には銃を持ったエメラルド色のスーツを着た人など1人もいなかった。代わりに空色の着物を着ている丁髷の男が居たのみだった。丁髷男は噴水の前で下駄で貧乏ゆすりをしていた。空は日の出前らしく少し明るくなっていた。


「まずこの公園は昨日から立ち入り禁止区域になっています。つまり、丁髷の男は翠玉海の関係者と見て間違い無いでしょう。そして竜呼びの笛を所有している可能性が高いです。周りに部下が居ない事から、丁髷男はかなりの強者と見て間違いないでしょう」

 ういろうが八橋と蕨に説明する。

「どうすればいいですか」

 蕨はういろうに尋ねる。

「蕨君は下がって、いざと言う時に備えて下さい。八橋先輩行きましょう」


 ういろうは冷静に2人に指示する。


「分かった、行くぜういろう」

 八橋先輩とういろう先輩は同時に丁髷の男を挟み込むように走り始めた。


 シュタッ


フレイム

 八橋は炎を丁髷男にぶつける。

「影針修羅」

 ういろうは丁髷男の影を鋭利な針に変え、足を突きさそうとする。


 その男は二つのビー玉を宙に浮かして、一つは炎に、一つは自分を攻撃しようとする影に当てた。すると炎は消滅して、影は元の形に戻った。


「吾輩の能力は、能力追尾弾スキルチェイスブレッズ。吾輩とこのビードロの前では能力など無力ぜよ」


 カンカン


 着物を着た男は下駄をならし2人に見栄を切った。


 2人は幾度となく丁髷男に自分の能力をぶつけようとするが何度やっても無効化されてしまう。


「相性が悪いみてぇだな。あの弾は俺らの能力を的確に無効化しているぜ、どうするういろう」

 八橋は神妙な顔でういろうに語りかけた。


「あの男のビー玉を壊せれば良いんですけど」

 ういろうが八橋に返す。


 バリン


 その時八橋のポケットからスマホが落ちた。


 バン


 一瞬スマホに気を取られた八橋は丁髷男のビー弾にぶつかった。すると八橋の体は吹き飛んだ。


「無効化だけじゃないってか」

「八橋先輩」


 バーン


 今度は八橋に気を取られたういろうも吹き飛ばされてしまう。だが吹き飛んだものの能力の影を使いバク宙するかのように華麗に着地した。


 シュタッ


「蕨君、君には下がっていて欲しかったけど、私たちだけじゃこの状況は打開できないかも。力を貸して」

 飛ばされたういろうは体勢を整えてそう言った。きれいに着地こそしたもののビー玉がぶつかった腹の部分を抑えている。


 (俺が何とかしなきゃ。そういえば、あの時、八橋先輩はスマホを落としてたよな。丁髷の能力って、そっか、そういう事か。)


「分かりました。ういろう先輩なんかもの貸してもらえますか」

「なんかって言われてもポケットティッシュしか無いです。それで良ければ良いですが」

「それ最高です」

 ういろうはポケットティッシュを蕨に手渡した。


「君はよく似ているな、本当によく似ている。だが本気で行かせてもらうぜよ」

 丁髷男は蕨に不可解な言葉を並べて不気味な笑顔でそう言った。

 

 ピュンピュン


 二つのビー玉が蕨の方へ向かって来る。


 パサッ


 蕨はポケットティッシュの中を取って投げ捨てる。投げ捨てたポケットティッシュは不規則に舞い落ちていく。


「吾輩を欺くために目眩しか。悪くは無いがそんな策効かないぜよ」


 ピュンピュン


 ビー玉はティッシュに何も影響を受けることなく蕨に向かって行く。


「やっぱりね」


 (能力追尾弾スキルチェイスブレッズは名ばかりだ。この丁髷の能力はただのテレキネシス。その能力を使って特殊なビー玉を動かしているだけなんだ。八橋先輩のスマホにも、投げ捨てたティッシュにも反応しなかったのが能力を追尾していない証拠。俺らの中に物を操る能力者がいたら丁髷男は能力を無効化できていない。


 丁髷のビー玉が追尾弾じゃないなら、ビー玉を避ける方法がある。それは、丁髷の予想外の動きをすること。それができればこのビー玉が俺に当たることはない。


 相手の予想外の行動。無能力者のこの俺でもできる最大限の回避の方法。右か左に大きく旋回するか?だめだ。最短距離で詰めないと相手が有利になってしまう。でもそうなるとこのビー玉を正面からかいくぐらないといけないってことになる。かけるなら一番強い選択肢。これ以上考えている時間はない。)


「誰も思わないよなアスファルトの上をスライディングするなんて」

 蕨は向かって来るビー玉の方へ走り、スライディングをした。その行動によってビー玉一つを蕨は回避したが、同時に足にかなりの擦り傷を負った。


「よし、取り敢えず一つ」

 立ち上がって蕨はもっと直進した。二個目のビー玉が近づいて来ると、蕨はビー玉の遥か上を飛び越えた。


「よし、こっちも大成功」


(このまま丁髷に近づければ殴って、神器を回収して生きて帰れるんだよな。正義を貫て、今度こそみんな笑顔で)


「今から神器を渡す準備をしとけこの丁髷野郎」

 

 ただし、威勢よく放った言葉とは裏腹に蕨にとって不都合な事であった。蕨が拳を空中で構えた瞬間、三つ目のビー玉が見えたのだ。丁髷男の背中から急に現れた、ビー玉は蕨に近づいていく。


「バレちまったらしょうがないぜよ」


 ピュンピュン、ピシュン


 3つ目のビー玉は速度を上げて蕨に近づいて行く‼︎

 それだけでなく、蕨が避けてきた2つのビー玉が蕨を後ろから襲っていた‼︎


 (本当はビー玉は三個あったのかよ。隠し持っていたのか。いったいどうすりゃいいんだ。せっかくのチャンスだったのに、このままじゃ。)


 「グハッ」


 丁髷男は自分の首に巻かれた糸に締め付けられ叫ぶ。


(あれ、丁髷が苦しんでいる?あれはういろう先輩の能力だ。相手の男の首をとても細い黒い糸が絞めている。)


首切影縄しゅせつえいじゅ

 ういろうは技名を名乗る。


「むっだぜよ、俺の能力の前では」

 そう言うと蕨を囲んでいた3つのビー玉が丁髷男の元へと帰って行く。


(今が最大のチャンス。でも、もうみんな手の内をほとんど明かしている。ここで決められないとかなり不利になる。でも、どう何をすれば良いか分からない。どうすれば?)


 カチッ


 ういろうの時計。神器クロノスの時計の音が鳴る。


時間贈呈タイムギフト

 ういろうは叫ぶ。三つのビー玉が丁髷男に向かう途中、縦一直線になったまま止まっていた。蕨が周りを見渡すとういろうと自分以外の動きがすべて止まっている事に気づく。


「なんだこれ、時が止まっているのか?」

「これは私の神器の力です。蕨君今のうちに決着をつけて」


(能力が無効化される以上こいつに頼るしかないのか、でもこの神器も本質は超能力と一緒なはず。じゃあ直接切ればいいのか?そうしてこのダガー、エクスカリバーごと壊れたら?もう考えたってしょうがない。やるんだ。このピンチを、チャンスに変えるんだ。みんなで生きて帰るんだ。その為にやるんだ。)


「応えろ、エクスカリバァァァーー」

 蕨は両手でダガーを握りビー玉の中心へ向ける。


 ビシュー


 エクスカリバーは金色の光を放ち、3つの連なるビー玉を全て真っ二つにした。


フレイム燃やし尽くしやがれ」


 ビー玉は真っ二つになったことにより能力を失ったらしく八橋の炎によって灰になった。ビー玉を失った男は戦意喪失してその場にうなだれた。


「あなたの能力は何ですか」

 ういろうは丁髷を詰める。

「ビー玉限定のテレキネシスぜよ。そこに触れた時だけ無効化する効果が付与されてるって訳ぜよ」

「このビー玉は誰が作ったんですか?」

「ポセアリウスによって開発された物ぜよ」

「あなたはポセアリウスの関係者だったのですね。あなたも落ちる所まで落ちましたね」

「なぁ、竜呼びの笛はどこだ、持ってるんだろ。さっさと出しやがれ」

 男の胸ぐらを使んで八橋先輩は尋問する。

「ここにはないぜよ」

「どこに笛をやりやがった?言いやがれ」

 八橋が尋問を続けていると、少し遠くから笛の音が聞こえてくる。

「笛の音は聞こえてるぜよ。笛はそこにあるぜよ」

「囮って訳ですか。やられましたね。私はこの男を拘束してから向かいます。二人は先に音のする方向へ」

 ういろうは言う。


「了解だぜ」

「はい」

 八橋と蕨の二人は音の方向へ向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る