購買

 青髪の少年蕨大河は1学年20番の席に座る。座るのと同時に蕨は自分自身に突き刺さるような視線が向けられている事に気づく。


「おはよう、蕨君」

 挨拶を蕨にかけたのは前の席に座っている金髪ポニーテールの少女、渡辺杏だった。


「おはよう、でついでに聞きたいのだけどこの突き刺さるよう視線はなんなんだ」 

「蕨君が最強の能力者って言う噂が広まったからじゃないかな」

 杏はたんたんと事実を述べる。

「そんな噂あるのか」

「蕨君ここ最近の事件解決全てに関わってるからね。まぁそう言う噂が立つのは仕方ないかも」

「そう言うもんか」

「そう言うもんね」

「ところで杏。この街病院無料なんだ。知ってたか?」

「知ってるわ。ポセアリウスに住んでるなら常識よ」

「へ?」

「ポセアリウスは被験者第一を謳っているから、生活に必要な物は無料で支給されたり、病院が無料だったり、被験者には給料が支給されたりする。しかもそれに加えて、この街の物は基本格安」

 (被験者第一。研究者からしたらそれはきっとメリットでしかないんだろうな。例えば小学生が蜜を機の幹に塗ってカブト虫を取る感覚なのだろう。)

「でも、何でそんな事できるんだ?」

「流石にそんなことまでは知らない。気になるなら柏先生に聞きなよ」

 情報通も蕨に知らないと答える。

「それならいいや」

 蕨はあからさまに顔をしかめてそう言った。

「気になるんじゃないの」

「いや、あの先生なんか近寄りずらいって感じするじゃん」

「そうかな?イケメンで学校じゃ人気があるのに」

「そういうとこも含めてなんか近寄りずらいって感じ」

「そう言えば、先生遅いね」


 そう言えばおかしい、もうとっくにホームルームの時間は過ぎていた。

 

 突如目の前に研究者兼医者の葛切がいた。隣には円卓の一員がいた。青いネクタイをしていて、三つ編みで赤渕の眼鏡をしている。つまり三年生だ。


「私は葛切というもので、医者をやっている。先生は倒れてしまった。ウイルス性肺炎だ。先生からは今日は自習するようにとのことだ。じゃこれで」


 三つ編みの少女は葛切の手に触れた。そうすると葛切りが消えた。周りを何度か確認すると三つ編みの少女もそこからいなくなった。


「何をすれば良いんでしょうか?」

 蕨は内心とても喜び杏にわざとらしく聞く。

「勉強に決まってるでしょう」

 そう言うと杏は数学の問題集を取り出してそれを解き始めた。蕨は特にやることもないので杏に喋りかける。

「勉強は楽しい?」

「楽しくは無いけど。私は将来、ファッションデザイナーになりたい。だから、その為なら頑張れる」

「へー。色々やりたいことがあるんだな」

「蕨君は?将来の夢、なんかないの?」

「夢ね。そんなものないや。将来なんて考えられなかったし」

「そっかそうだよね。でも蕨君はボクサーとか向いてるんじゃない」

「ボクサーにはたぶん向いてない」

「蕨君優しいもんね」

「そんなのじゃないよ」

 蕨はその後少しの間将来の夢について考え、そのまま眠りについた。


 キーンコーンカーンコーン


 蕨が次に聞いた音は昼休みのチャイムだった。


「腹へったー」


 ゴロゴロ


 蕨のおなかの虫が鳴いていた。バイクのエンジンのごとき爆音が教室内に響き渡る。蕨の体が食事というものを求めていたらしい。


(病院の飯は酷く薄味だから味の濃いものが食べたいな。)


「今日からお弁当作らなきゃいけないから大変だよ」

「弁当?」

 蕨は今日は午後まで授業がある事を知っていた。だが、今日の朝まで蕨は病院に居た。だから弁当なんて作れる訳が無かった。

「あの弁当ないときはどうすればいいの?」

「それなら購買があるけど」

「宰領の購買は初めてだな」

「お財布はある?」

「もちろん、、、あれっ?」


 蕨はポケットを何回か確認した。


 ポセアリウスでは杏が言っていた様に被験者には生活するだけで現金が与えられる。だが、蕨は現金を入れた財布を病院の中に忘れていたのだ。つまり、金がない。


「杏、お金貸して」

「お金なら大丈夫、購買には無料のパンがあるからね」

 自信ありげな杏の言葉を信用して蕨は購買に行く事になった。

 

 蕨がついていくとそこは丁度1年の校舎の真反対にある校舎だった。そこには購買と職員室がある建物である。いくつか商品が置かれていて、レジには腰の曲がったお爺さんがいた。


「でこれが無料の奴」


 ボルケーノサンド、勝手にもってけ0円パンと書かれたポップが張られたバスケットがレジの横には置かれていて、そこには無数のパンが置かれている。


「ボルケーノサンド?」

「まあいろいろ書いてあるけど気にしないで。これ一つもらいますね」

 同じパンを坊主頭の最中先輩も取っていった。

「最中先輩、こんにちは」

 杏と蕨は同時に挨拶をする。

「やあ蕨君、杏ちゃんではないかじゃ」

「先輩も財布を忘れたんですか?」

 蕨は最中先輩にたずねる。

「いやこれは慈善活動じゃ」

 

 この時はまだ蕨は知らないこれから起きる悲劇のことを。蕨はこのボルケーノパンと言う名前、先輩のが発した言葉で勘付くべきだったのだ。

 

 てくてくと教室に戻ると蕨は朝のように視線を感じた。なんだかよくわからないけれど少し嫌な予感がした。

 

(無料で食べられるものを置いてるなんて。この学校の購買もあの被験者第一ってのと関係しているのかな。とはいえラッキー。久々に普通の食事だ。耳の取られた三角形の白いパンのサンドイッチ。中にはカツのようなものが入っている。ソースはたぶん中濃ソース。カツのような見た目をしているが中の肉はなんだろう?見たことない色してるな。でもたぶんカツサンドだろう。)


 サクッ


 蕨大河はこの音が響いた時、このパンは至って普通なカツサンドだと思っていた。ただ次の瞬間にはどうなるかも知らずもう一口食べた。


 サクッ


 蕨は口に入れたカツサンドを噛んだ刹那、自分の嫌な予感が的中していた事に気づく。


「辛ああああああああああ」


 (辛いから過ぎるこの辛さは最近よく食らっていた催涙弾と酷似している。だが純粋な辛さは優にその倍を超えている。それはあの爆弾から出る成分が辛くなかったわけでなくこのボルケーノパンの辛さが人間の絶えられる辛さというものをはるかに越しているということを表す。そして、舌触りが生理的にうけつけない。イカのような歯応えにとてつもない粘りけ。しかも、それだけでなく磯の香りが鼻をえぐるのである。辛くて不味いものが舌の上に居座り続ける。これは一種の拷問ですか?これは辛さと不味さが起こすボルケーノ。ないしはこれを食べた人間の口がボルケーノしてしまうのかもしれない。)


「ひずをふださい」

 蕨は自分の舌で巻き起こった事件により、異常な言葉しか使えなくなる。杏はそれを見て笑っていた。


「私水持ってないから」

 杏が答える。


「あらあら、あなたには私の水を差し上げますわよ」

 蕨に水をあげた天使は白髪ボブの蕨と同じくらいの身長で、顔がとても小さく肌の白い、物凄く美人で胸が大きい少女だった。


『あいつしおルナからみずもらってるずるい』

 蕨の周囲からは嫉妬の声が聞こえてきた。そういえばどこかで見たことがあると蕨は思った。だが、蕨にとって今はそんなことより水である。この時ペットボトルの底にたまる謎の白色の沈殿に蕨は気づかなかった。


「しょおっぱい。結局辛い」

「あぁやっぱり出ちゃったか。ごめんね蕨君、その子の能力」

「すみませんね、私塩谷ルナといいまして、一学年ルクス第二位、能力を塩分操作ソルトオペレーションといいまして対象の塩分濃度を操作できるのですが、無意識にその能力が出てしまうんです。杏さんの提案で手袋をしていましたのに」

「気にしないでね。持ちつ持たれつだよ。なんせ私達円卓メンバーなんだから」


 見覚えがあったのはどうやら円卓でのことらしい。レースの手袋をしていたが能力は制御しきれないみたいだ。


「二人はふぃりあい?」

 辛さとしょっぱさのダブルアタックがかな蕨の口内を攻撃する。それ故に蕨の口の動きはまだおかしい。


「ちょっといろいろあってね」

「そんなことよりこのパンはなんなんだ」

 ようやく正常な動きを取り戻した蕨の口が発音する。

「ボルケーノパンって言ってね、このポセアリウスで作られたんだよ。これ実は品種改良された激辛クラゲが入っていてね。激辛なうえにまずいから試作段階で制作中止になったんだけど、工場が結構作っちゃってて、ポセアリウスの様々な場所にはこれが無料で置いてあるんだよ」

「最低な味がした」

「でもそれくらい食べられるでしょ、いろんなとこで無茶して突っ走った罰だから」

「でもなんで最中先輩はこんなの食べてんだ?」

「それはねあの先輩がこのパンを作った張本人って噂。彼が一年だったころ円卓でポセアリウスの名物を作ろうっていう話になって、ある研究者が激辛クラゲを作っていたからそれを聞いて作ったって話」

 蕨の頭のなかで最中卓の権威が地の底に落ちた。


「最中先輩は良くこんなもの作ったな」

「それより速く食べなきゃ昼休み終わっちゃうよ」

「もう辛いのはこりごりだっつーの」

 蕨はそう叫んだ。だが、腹が減っているので、その後泣きながらボルケーノパンを完食した。


 ◆◆◆


「葛切さん、ありがとうございます」

 葛切にとある患者が語りかける。

「君はいっつもこう、体調を壊すよね。今年のポセアリウスは荒れる。しっかりしてくれよ」

「すみません」

「まあ、私が頑張るから安心してくれ、柏先生」


 ◆◆◆


 ポルケーノパンを食べ終えた蕨はある事に気づく。


 (そう言えばあのペットボトルはどこ行ったんだろう。まあもらいものだしいっか。どうせあっても飲めないし。)


 ◆◆◆


 (これが蕨様が私のペットボトルに口付けしたやつですわ。さてこのペットボトルどうしましょうかしら?)


 シオルナは蕨が口を付けたペットボトルを持ち帰った。

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