幻影

「さぁ、始めよう決闘を、まずは第一フェイズ」

 狐の仮面をつけた男は両手を広げて言った。


「何だここは」


 青い髪の少年、蕨はつぶやいた。蕨が居るのは一面の砂漠であつた。しかも、蕨はその砂漠の中にある、アリ地獄のような窪んだ場所にいた。蕨は一目見て、この砂漠から抜け出すことは不可能だと判断した。蕨は砂漠の中で、太陽に照らされるだけの存在になっていた。


「第一ステージの砂漠です。水分が飛ばないように気を付けてくださいね」

 狐面の声が蕨に響く。


「汗が止まらない。暑くないのに」

 蕨は砂漠の中でそう呟いた。


「幻影使いを倒してくれ」

そう言ったブーメランナイフの使い手、林栄の言葉を蕨は頭の中で再生した。


 (この砂漠は確実に幻影だ。だから、暑い訳じゃない。けど視覚的に暑さを感じてしまっているから汗が勝手に流れてる。脳が暑いと幻影によって錯覚している。なら、やる事はただ一つ。暑さ以外にもある矛盾点を探し出し、脳の勘違いをぶっとばす。そうすれば、汗もきっと止められる。)


 暑さ以外の矛盾点。一つ目は湿度だ。景色は砂漠の昼間なのに汗が一切乾かない。それに肌も乾燥しているとは言えない。むしろべたべたしている。


 二つ目は砂漠の持つ熱。温度は70度もゆうに超えるはずの砂の熱が少しも伝わっていない。


 蕨は目を閉じ、神経を集中させ、深呼吸をする。

「なんだよ。砂漠なんかじゃねぇか」

 蕨はそう呟いた。

 

「チッ。汗が引いたか」

 狐面の男は砂漠の幻影を解く。


 プシュー


 蕨が辺りを見渡すとそこに砂漠はなく、いつも通りのポセアリウスの街並みがある。幻影を見る前と全く同じ位置に幻影使いの狐面が居る事を確認する。


「あひゃ、あひゃひゃ、あひゃひゃひゃひゃ。1ラウンドを超えるなんて凄いね。久しぶりだあ。後何ラウンドでくたばるかなぁ」


 (不気味だがラッキーな事が一つだけ。幻影を見ている間は恐らく、幻影使いは動けない。現実世界でのさっきの俺はスキだらけだったはすだ。それなのに俺の体には傷一つ付いてはいない。このままなら大丈夫。)


「第二ラウンドからは死ぬかもしれないからぁぁ、せいぜい楽しんでくれよぉぉ」


 狐面は発狂して再び能力を使う。

 

 蕨はどこかの家の中に居た。もちろんそこは幻影の中である。蕨の前には黒い長髪で白いワンピースをつけた女がいた。


(チッ。また幻影か。ここは家?誰の家だかは分からないが。女?真っ白なワンピースを付けている。長い髪で顔が見えない。)


「お前は誰なんだ」


 蕨がそう言うと前に居る女がワンピースから包丁を取り出し、蕨に向ける。そして、その包丁を蕨に刺した。


 グハッ


 蕨は思わずそう言った。がそこに一切の痛みはない。


(幻影は痛みを作り出せ無いのか?でもそれなら、なんでこんな幻影を見せるんだ)


「もしかして、痛くないとか思っちゃいました。勿論その通り。でも、これ繰り返すと、馬鹿な人間の脳は勘違いして、臓器の動きを止めちゃたりするんですねえ。あひゃひゃ」


 狐面の使う幻影は特殊である。この幻影使いは幻影で脳、神経などを麻痺させ、人体を破壊していく。いわば、どんな超能力よりも、人を苦しめながら壊すと言う事に特化した能力だ。


 (この能力想像以上にやばい。相手の能力は脳に直接作用するってことだよな。なら、このままじゃダメだ。じゃあどうする。「幻影使いに勝つには強い精神力が必要だ」。林栄からはそう言われた。けど、強い精神力をどんなに持っていても、それだけじゃ俺が倒れるのは目に見えてる。なら相手に幻影を強制終了させる。それしかない。)


「約束したんだよ。俺はお前をたおす」

 覚悟を新たに決め、蕨は叫んだ。

「冷や汗が出てるぜぇ、テメェの頭から。顔が白いぜ今にも死にそうだ。あひゃ。あひゃひゃ。あひゃひゃひゃひゃ」


 蕨は幻影の中から現実にいる幻影使いを倒せば、幻影を壊せるのではないかと考えた。その時ある事に気づく。それは、蕨が幻影にかかってから、少しも動いていないと言うことだ。

「動けぇぇ」

 自分の動きが制限されていた事に蕨はようやくたどり着く。蕨は自分がゴムのような物で殆ど動けないように体の動きを制限されていたことに、この時ようやく気がついたのだ。


(つまりこの幻影は術者と、被術者は動けない。だから、この動きを縛っているゴムみたいなものを破り去ってしまえば、俺が動いちまえば、この幻影は全て崩れちまうんじゃないか。取り敢えずやるしか無い。)


 バイーン


 (体が少し動いたと思っても、戻される。抵抗すれば身体が痛くなる。苦しい。でも、それでも約束したんだ。おれが決着つけるって。俺が幻影使いを倒すって誓ったんだ。動け俺の体。人生をめちゃくちゃにされた林栄の為に。約束したんだろ。俺がこの幻影使いを倒すって。)


「うおぉぉぉぉ」

 蕨の雄叫びは幻影と幻影による蕨の動きの束縛を解いた。


 ビリッ


 プシュー


 (幻影が解けた。さっきより近くに狐面がいる。つまり予想的中‼相手の能力の全容は大体わかってきたぞ。)


「な、何で、何で、何で動けるんだよ。ひゃひゃ。初めてだぜテメェみたいな骨があるやつ奴」

「林栄の為、俺の正義の為、お前を今ここで打ち倒す」

「倒すだと、ざけんなよ。ファイナルラウンド見せてやる」

 再び狐面は両手を広げる。


(俺の幻影は、俺自信が動けねー。もちろん対象も動けなくなるんだがなぁ。そしてその究極体が首絞めだよぉ。これはあえて相手の首以外の動けないという制約を取っ払い、逆に首により強い制約を与える最後の幻影。簡単に言うと相手が勝手に首を絞められちまう最終技。死んじゃったら依頼は達成できないけどまぁいいか)

 

 蕨はまた幻影にかかった。だが今迄とは全く違うものだった。街並みも景色も変わらなかった。狐面を付けた幻影使いもそこにいた。

 しかし、確実に幻影を使っていた。さっき蕨に包丁を刺した女が今度は首を絞めたのだ。


 グハッ


 今までの幻影とは違い、映像とリンクした痛みが存在していた。


 (何だ、これ幻影じゃないのか。幻影使いの手先が実際に首を絞めている?いや、その線は薄い。部下が居たり、幻影使いが少しでも動けるなら、俺を生け捕りする方法も、殺す方法もいくらでもある。あれ、今は痛くない。)


 グハッ


 (分かったぞ。これは俺が、俺の喉が動くたびに首が閉まるようになってんだ。つまりじっとしている分にはそこまで影響は)


 グハッ


 (唾をのむだけで痛みが襲ってくる。じっとしているままだと確実に倒れちまう。さっきまでのゴムのようなものが首周りにだけ集中しているんだ。前は体全体に負担が分散しているから破れたんだ。でも今は手が動くなら破けるか?)


 グハッ


 (ダメだ。自分の首回りのゴムを破ろうとするってことは同時に首に負担が来ることになる。どうする俺。このまま行ったら死んでしまうのが関の山。そういえばそろそろ八橋先輩が。けどそれまで持つのか。疲労感でだいぶ時間がたったように思えるけど、多く見積もってもまだ五分。どうする⁉︎)


「なあ。言いたいことがあるなら言ってみろよ、蹴りつけんじゃ無いのかよ。あひゃひゃひゃひゃ」


 (どうすればいいんだ?)


 絶望の新淵にいる蕨の耳に、とある足音が響いた。


 パチッ、パチッ


「ははっ、笑っちまうよ。グハッ。喉が痛くて、でも、アイツの能力は今よりも何倍も辛かったぜ。グハッ。」

 蕨は首に負担がかかる事を分かっていながら笑った。


「ひゃあーはははは。それってよぉ、お前の事殺せたのか。俺の能力で死ぬんだから俺がお前にとって1番辛えってことだろう」

 その狐面はまだ余裕をこいて言った。


「ヒャッハー、この気に食わねぇ狐面が店長脅してたのか」

 もちろんその足音はアイツのものだった。


「ああ、その通り。俺ごとソレをぶっ放せ」

 蕨は大声で言い放つ。


「分かってる、スパイシーボム」


 コロコロコロ


「何だこれは、何だこの爆弾は」

 ボマーの投げた無数爆弾は幻影使いと蕨の間で爆発する。


 プシュー


「痛ぇ、幻影が解けちまった。なんなんだこれは」

 蕨は幻影使いの幻影から解き放たれる。


 コロコロ


「それはお前に対する罰だよ、さんざん人を痛めつけ、人の命をもて遊び、自分はゲームの親気取り。そんなお前が今まで奪ってきた分の命の反撃だ」


 蕨は右拳を構え、幻影使いのボディに打ち込む。それと同時にスパイシーボムが爆発する。


 パンッ


 ガハッ


「待ってくれよ、もう何もしないからさ」


(こうなったら、1人ずつ、先に爆弾魔から。射程内に入ってる。これならいけるぜ。こいつはどれくらいたえるかな?)


 幻影使いは最後に命ごいを蕨にしながら、ボマーに術をかける。


 カハァ


 ボマーは苦しんだ。だが、それは蕨には聞こえなかった。だが、蕨は見破った。


「そんな手には乗らねぇよ。人をもて遊ぶのも大概にしろ。急に、スパイシーボムが来なくなったのはお前が標的を変えたからだ。林栄と俺に同時に幻影を仕掛けなかったことで2人同時に幻影をかけられ無いのは分かってる。先にアイツをやってから俺を追い詰める作戦だな」

「クッ、お見通しかよ

「これは、お前が奪ってきた命の反逆だぁぁぁ」


 蕨は右拳を構え直し、打つ。大振りの1発を顔へ。蕨の拳は幻影使いを気絶させるのに十分な力を持っていた。


 バコッ


 幻影使いに蕨は勝利した。だからといって蕨が真っ直ぐ立ち続ける力も残していない。


 バタッ


 蕨はそこに倒れた。ボマーと八橋先輩によって幻影使いは牢獄に、蕨と林栄は病院に運ばれた。


 ◆◆◆


 蕨の前が真っ暗になり、目が覚めるとそこは病院だった。

「君、無茶しすぎ」

 いつもの病院に、いつものベッド。あの研究所兼病院で葛切が言った。


「低体温症、呼吸器不全、皮膚の炎症が併発するなんて。君は死んで居たと言っても、過言じゃ無いね」

 さらに続けて葛切は蕨に言う。

「そんな事言わないでくださいよ」

「君にお見舞いに来ている人がいるよ」


 (杏かな?正直今回は突っ走って、無茶して自滅しかけたし。最終的には何とかなったけど。それとも、八橋先輩かな?八橋先輩が居なかったら俺は死んでたんだもんな。しっかり感謝しないとな)


「今回は円卓を象徴して、私が彼らがどうなったか教えるのじゃ」

 来たのは坊主頭の円卓をいつも仕切っている三年生である。


 (ズコッ。あの名前も知ら無いけど円卓仕切っている人が何でくるんだよ。)


「彼らって、スパイシーキッチンの事?それともあの幻術使い?そんなことより何で先輩何ですか?」

 蕨は先輩に尋ねる。

「宰領の決まりで学校は怪我や取り入った用事がなければ絶対に行かなきゃいけない事になっているのじゃ」

「じゃあ何で先輩が?」

「あぁ君にはまだ言っていなかったのかじゃ。3学年2位、最中卓じゃ。能力は映像操作ホログラムといって、射程内なら自分の映像ホログラムを自由に動かす事ができるのじゃ。だから花束を渡せたのじゃ。オリジナルは学校にいるのじゃ」

「凄い能力ですね」


「それはさておき、ボマーと林栄の件についてじゃ。2人は人を操作する能力によって操られていたと言う事になったのじゃ。実態は少し違うことを知っているだろうじゃが。2人は無罪になり、中国へと帰国したのじゃ」

「良かった」

「不満は無いのじゃ?」

「いえ、2人はきっと能力をこんな事には使いませんから」

「ありがとうございます。で、あの幻術使いは?」

「彼は今ポセアリウスの牢獄にいるんじゃ。能力はもう使えない体となっていて、無期懲役が決定したんじゃ」

「そっか」

「今回も君は本当に凄いんじゃ。円卓の一員として、人として心からの尊敬を蕨君に贈るのじゃ。あと、八橋君と杏ちゃんからは、退院したら覚悟しろとの伝言じゃ。さらばじゃ」

「ゲエッ」

 パスッと言う音と共に最中は消えさった。


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