ブーメランナイフ

 ボマーが逃げ出してから数時間が立ち、すっかりと朝になっていた。青髪の少年、蕨大河は病院で目覚める。

「体調はどうだい」

 白衣を着た研究者兼医者である葛切は蕨に尋ねる。

「大丈夫です?」

「何かあってからでは遅い。少しでも身体に違和感があるなら」

「大丈夫です」

 はっきりとした口調で蕨は葛切に言う。

「円卓はすでに昨日逃げ出した、ボマーを追っている。君も行くんだね?」

「はい。俺だって円卓の一員ですから」


 蕨は病院から飛び出す。唇を噛み締めながら、昨日ボマーと戦った場所へ、一生懸命駆け出した。ポセアリウスに蕨を止める物は何もなく、地面を蹴る音が辺りに響き渡った。


 蕨がそこにたどり着くと、もう1人誰かの足音がした。


「誰だ、誰かいるんだろ」

 蕨が叫ぶとその足音の主は、路地裏の角から蕨の正面に現れ、答える。

「ああ、私は林栄リンエイ。能力は回転包丁ブーメランナイフだ。私の能力はこの中華包丁の操作だ。ちっ」


 シュッ


 腹の出たコック帽の男は中華包丁を蕨に投げつける。中華包丁は横に放物線を描き林栄の手元へと帰っていく。蕨のだいぶ前で中華包丁がきびすを返したおかげで、蕨に当たることはなかった。

「まあ、俺の射程はこんなもんかな?」

 林栄は手元に包丁が帰ってくるとそう言った。


 (なんなんだよこいつ。自分の能力をベラベラ喋ってる。あえて不利になるような事ばっかり言ってる。意味が分からない。何がしたいんだ?)


「やあ、少年。君がアイツを止めてくれたのか?」

 林栄は蕨に語りかける。アイツを止めてくれたと言う言葉の意味を暫く考えてから蕨は言った。


「アイツって誰の事だよ?」

「ここではボマーと呼ばれているらしい」

「お前はアイツの知り合いなのか?」

「あぁ」

「ボマーを倒したのはやっぱり君か」

「そうだ」

「本当に感謝するよ」

 林栄は喜ばしそうに笑顔で言った。ただ、純粋な笑顔と言うよりかは、不気味な笑みと言うべきだろう。


「本当に感謝するよ」

 もう一度にやついて林栄は言った。不穏な空気がその場には流れた。


「何なんだ。お前はアイツの何なんだ。いったい何が目的で、ここに来た?」

 困惑した蕨は純粋な疑念を林栄にぶつけた。

「二つは答えられないな。だが、一つ目の質問には答えてやろう。私はアイツの店長ボスだ。これで満足してくれ。さぁ、開戦といこう」


 そう言うと林栄の顔からは暖かさ、人肌の色が抜け、殺意の塊ともいうべき、真っ白で厳威な顔立ちに変わり果てた。


「ちっ」


  シュパッ


 林栄は蕨に中華包丁を投げつける。射程距離外なので蕨には当たらない。だが中華包丁が宙を舞っている間も林栄はゆっくりと直線的に蕨に向かっていく。蕨の後ろは行き止まりになっていた。蕨は横に道があるのを確認して、林栄を引きつけた。


(取り敢えず最大限まで引き付けて、この横道にかけるしかない)


「ちっ」


 シュパッ


 林栄が再び中華包丁を投げた瞬間、蕨は道角を曲がった。


「なあ、お前の能力は能力はなんだ」

 曲がり角に入った蕨に林栄は大声で語りかける。


「教えるかよ。ただ、お前の能力は俺に敵わない」

 蕨は咄嗟に自分が無能力で有る事を教えてしまったら、勝ち目が無くなってしまうと判断しハッタリをかけた。


 蕨は相手が警戒しているうちに距離を取って状況を確認する。蕨の目に映ったのは最悪の光景だった。


(先は行き止まりだ。しかも道は短く、細い。あるのはこのゴミ箱くらいか。)


 コツコツ


 林栄の足音は蕨に軽快に近づいていく。


(こっから先は命がけ、それでもやるしかない。あの中華包丁の軌道は放物線。最悪な状況。取り敢えずゴミ箱を持って猪突猛進だ。)


 コツコツ 


 角を丁度曲がってきた林栄の方向に蕨はゴミ箱を投つける‼︎その間に林栄の元へ走る。当てられる距離ではないので勿論目眩しのためだ。林栄は蕨と林栄の間に投げられたゴミ箱にすぐさま中華包丁を構え投げた。


「ちっ」


 バシュッ


 林栄の中華包丁によってゴミ箱が綺麗に二つにされた。


 (投げつけたゴミ箱が綺麗に真っ二つって、これがブーメランナイフの威力ってなら肉だけじゃ済まないかもな。でも、もうここまで来たらやるしかねぇ。1つだけよかった事が有るとすれば、林栄が中華包丁を手放したって事。この中華包丁が戻ってから、林栄が次に構えるまでに近づければ)


 蕨は猛スピードで走った。蕨は林栄まであと一歩と言う所まで辿りついた。けれど、残酷な事に中華包丁は既に林栄の手元に戻っていた。


「なあ、お願いだ。私を倒してくれないか。ちっ」


 蕨はその言葉に戸惑った。何故林栄がそんな事を言うのか不思議だったのだ。だがそんな事を考えている暇はなかった。

 何故なら林栄はその言葉とともにほぼ一直線に猛スピードで中華包丁を放っていたからである。


 蕨の頭の中に死という鮮烈な1文字が横切った。


 (俺、死ぬのかな)


 蕨は真っ白な空間で1人倒れていた。


 (何だここ?真っ白で、何にもない。ああ、俺死んだのか。立ち上がる気力も無い。何だあれ一本だけ木がある。光がこっちに向かってくる。)


「ちゃんと目を開んむきな。きっと見えてくるぜ。大河の正義はまだまだ終わらないってことだ。頑張れよ」


 蕨の前には一人の少年の姿が映っていた。何を隠そうそれは蕨に生きる目的を与えた、今川蓮の姿だった。


「蓮、なんでいるんだ?」


 蕨の疑念を他所に、突如真っ白な世界を赤い閃光が襲った。

 

 蕨の目の前には炎があった。赤い炎を手から出している。蕨の目の前には人がいた。宰領の制服を着た男だ。頭には旭日の模様のついたシルクハットを付けている。青いネクタイを付け、こっちを向いて言った。


「俺の炎に酔いしれやがれ」


 とても落ち着く声だと蕨は思った。蕨は目の前で中華包丁が炎で溶かされただの灰になる様子を目の当たりにした。


「凄い」

 蕨は思わずそう言って立ち上がった。


「俺は、三学年第一位、八橋健。パイロキネシスの使い手だぜ。お前、蕨ってやつだな?無謀なものに立ち向かう姿嫌いじゃねぇ。だがなぁ、自分の力量くらい正しく見極めやがれ」

 その言葉はとても蕨に響く言葉だった。


(勝手に突っ走って、勝手に死にかけて、何やってるんだ、俺。間違っていたのかな。杏がこの場に居たら、また杏に怒られちゃうかな。無謀だったかな)


 蕨は少し落ち込んだ。


「もう武器はないだろうな」

 八橋は林栄に確認し、ボディーチェックをした。

「ああ、もうルクスも残っていないよ」

 林栄の顔の色は肌色に戻り、また少しににやついている。戦闘時の顔と違って、とても穏やかな顔つきに変わっていた。

「蕨、俺はボマーとポセアリウスに違法侵入したもう1人を探しに行く。十分後、一旦ここに戻ってくる。それまでに、このナイフ使いから情報を引き出せるだけ引き出しておけ。分かったな」

 八橋は蕨にそう言った。

「はい」

 親指を立てて、八橋は炎の推進力を使い、猛スピードでその場を去った。


「林栄。なんでこんなことをしたんだ?」

「悪いがそれには答えられない」

「なんで自分の能力の情報をべらべら喋った?」

「気まぐれシェフの気まぐれさ」

「なんで、自分の能力を使うたびに舌打ちしてたんだ?」

「能力を使うのが好きではなくてね」

「倒してくれってどう言う意味だったのか教えてくれ」

「悪いがそれには答えられない」


 そこに少しも嘘をついている様子はなく、にやついているというよりかは笑っているという表現が近いのであろうという、どこか卓越した笑みを浮かべていた。悟りを開いたとも言うべき表情で林栄は答えた。


「最初ボマーの店長と言ったな。お前はボマーの知り合いなんだろ?」

「ああ、アイツは俺の店で働いてた。ウェイトレスだ」

「お前がアイツにこの街の人を攻撃させたのか?」

「あぁ」

「なんでそんなことしたんだよ?」

「いろいろあるのさ。色々」

 少しこわばった顔をして今度は言った。

「色々を教えてくれよ。林栄。お前はなぜ、自分が嫌いな能力を使ってまで俺を攻撃した?」

「しつこいな。まったく君はいつまで駄々をこねるつもりだい」

「いつまでも。お前とアイツが自分の店に戻れる迄、いくらでも」


 男はそれを聞くととても晴れやかな顔をした。三日ぶりに飯を食べる人間のような顔だった。


「わかったよ。君には話さなきゃいけないと思ってしまった。だが、交換条件だ。幻影使いを倒してくれ」

「ああ。そんなのいくらでもやってやる」

「幻影に負けないのにはとても強い精神力がいる。それこそ肉体が崩壊してでも」

「分かってる絶対倒すよ。約束する。約束は絶対に守るってつい最近決めたんだ」


 蕨はついさっきまで殺意を向けてきていた相手に飛び切りの笑顔で言った。

「分かったじゃあ君に私の全てを話すよ」


 ◆◆◆


 時の覇者に使える。それがブーメランナイフを使える超能力一家、林家の役割だった。数々の血なまぐさい歴史の上に成り立つ役割さ。裏切り者と揶揄されながらも林家は生き残ってきた。


 ある日、父親は政府側から革命軍側に切り替えることになった。時の支配者が変わったのだ。それに伴いもちろん私も革命軍としての生活が始まった。その日から地獄の日々が始まった。


 今までよくしてくれた人、仲の良かった友達、学校の先生だった人。そんな人たちが刺客や兵隊となって前に立ちふさがるのだ。林家が取る選択肢は一つ。その人達を殺すのみ。たとえ、それが不本意でもそれが私たち林家の役目だった。


 そんな時、林家の唯一自分を除く生き残りである父親が死んだ。私は心の底で喜んだ。そして、何にも属さない料理屋をしようと決意した。


 中々決心できずにいたときに政府側に俺と同じような目をした能力者を見つけた。戦いに絶望して、自分の能力に嫌気が差して、悲観している目だった。


  その男を説得し二人で店を始めたんだ。俺がコックでアイツがウェイトレス。革命が終わると店は繁盛して、私には妻ができ、双子の子供ができた。双子の子供だ。二人はすくすくと育ち三歳になった。


 そんな時、私の妻は不審死したんだ。その事件現場に行くと狐面をした男がいた。そいつは言ったんだ。次はあんたの子供だぞと。そいつは俺に蕨大河の生け捕りを命じた。俺は考えた。だが、何も思いつかなかった。アイツに本当の事を言えば必ず狐面を倒そうと言うと思った。でも、そんな事をしたら、アイツの命、終いには私の可愛い息子達が殺されてしまう。


 だから、私は元革命軍が、今の中国政府が、ポセアリウスと言う超能力開発都市を危険視しているから、暴れろ。ただし、殺しはするなとアイツに伝えたんだ。なるべく事件を大きくして、より早く、ポセアリウスの人達に幻影使いに近づいてもらうために。そして、ここの人達に幻影使いを倒してもらうために。その命令をすると彼は昔の目つきに戻った。その時、彼がボマーとして仕事を全うする事を確信した。そして、その確信通り彼は事件を起こしたんだ。


 ◆◆◆


「その幻影使いはどこにいる」

「私はきっと監視されているはすだ。きっとそこにいる。任せたよ」


 バタッ


 そう言い残し、突如林栄は倒れた。


「なあ。特別に招待してやるよ俺の幻影になー」

 林栄が言っていた幻術使いは蕨の目の前に現れた。狐の面をした男で白い手袋をしている。


「俺がお前を倒してやる。林栄、約束を俺は必ず果たすぜ」

「僕の方が先に君を倒せと約束したんですがねぇ。まぁ良いです」

 突如現れた狐面の男はそう言って写真を確認する。

「依頼はこいつの生捕か」

 狐面は小声で言った。

「さぁ、死闘デスマッチを初めよう」

 狐面は手を大きく広げて言った。

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