ノーマルスキルズ

「ここが今日から通う宰領学園さいりょうがくえんか」


 青髪の少年はこの海底都市かいていとしの中心にある宰領学園さいりょうがくえんの門の前で呟く。丸い黒目に映っていたのは一学校の門というよりかは凱旋門がいせんもんのようである。

 その少年は宰領学園の周りをぐるっと歩き、凱旋門のような建物が、東、西、南、北、計四つある事。それら四つの門が繋がっているのを確認した。


「確か一年生は南門が近かったよな」


 少年は最初に見ていた門まで戻りそこから中に入る。廊下が全方位の門の内側を正方形に繋いでいた。それに加えて、門から中央に向かう通路があり、中央には教会がある。

 少年はキョロキョロとあたりを見渡した。少年が迷うのは無理はない。校舎がどこにも見つからないのだ。しばらくして少年は、門を裏から見ると、門の足が螺旋階段になっているのに気づいた。その近くの看板に螺旋階段の先に教室がある事が示されている。それを見た少年は螺旋階段を上がって行った。


 階段を上がるとそこには至って普通の教室の扉があった。少年はガラガラと戸を開けて教室の黒板に貼ってある紙を確認し全四列五段ある中の一番扉側の一番後ろの席に座った。


「おはよう。君がわらび君?」

 肌の真っ白な金髪のポニーテール少女は後ろを向き少年に話しかける。少女の青い目がはっきり輝いていた。

「うん。俺はわらび大河たいがだ。君は?」

「私は渡辺わたなべあん。よろしくね」

 あんわらびと握手をする。


 教壇には教師が立っていた。


 わらびあんの前にいた先生は丸い黒眼鏡をかけている。体は細く、背はまあまあ高い。いかにも教師っぽい見た目をした教師だった。朝のホームルームのチャイムが鳴り終わるとその教師はしゃべり始めた。


「皆には自己紹介の仕方を教える。自己紹介はこの宰領学園では信頼の証だ。するときには、名前、学年、その学年でのルクスの順位、能力を名乗る事。君たちの例となるように、自己紹介をしてみよう。かしわ 実次さねつぐ。一年の担任だ。君たちと違ってルクスはほとんどない。能力は勉強命令スタディだ。まあ本当は能力でも何でもないんだがな。君たち超能力者だって勉強ができなければ困る時が来る。勉強はちゃんとするんだぞ。朝のホームルームはこれで終わりだ」

 

 ホームルームが終わり、一時間目の宰領さいりょうの授業が始まった。わらびは始まりのチャイムすら聞く事もなく、深い眠りに落ちた。

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 わらびが次に聞いた音は帰りのチャイムだった。午前授業であるから、クラスメイトは各々帰りの支度をしている。

わらび君よくそんなに眠れるね」

「寝るの得意だから」

「一緒に円卓に行くよ」

 あんわらびに語り掛ける。

「ちょっと待って、円卓の事まだあんま知らないから、円卓について少しだけでいいから、教えて欲しい」

「じゃあ私の知ってる事を教えるね。円卓って言うのは、この海底都市ポセアリウスの治安維持の為に作られた宰領学園の生徒によって構成される組織。宰領学園の学年別ルクス上位者四人によって構成されるの。宰領は3学年制だから、円卓は計十二人によって構成されてる。その1人が私。そういえばちゃんとした自己紹介してなかったわね。私は渡辺わたなべあん。一学年ルクス第四位。能力は未来予知よ。蕨君はこの学年のルクス一位なんだよね」

「ああ。わらび大河たいが。一学年ルクス第一位。無能力者だ。改めてよろしく」

「よろしく。放課後は円卓の定期集会があるの。さぁ、円卓に向かおう」

 

 ◆◆◆


 二人は階段を下り宰領さいりょう学園の中央にある教会の部分へ向かう。

「ここが円卓か」

 わらびは教会の中に石造りの円卓があるのを確認する。石でできている丸い椅子が円卓を囲む様に十二個ある。空席は三つあり、2人の向かい側にある一つの椅子と、2人の最も手前側にある隣り合った二つの椅子が空いている。


「ここに座って」

 あんは手前側の空席の右側に座った。もちろんわらびあんの示した手前の空席の左の席に座る。

 2人が座ると、向かい側に座っていた坊主の3年生が立ち上がった。


 3年生であることがなぜ分かるかというとネクタイが青いから。宰領さいりょう学園の学年はネクタイの色で一目で違いが分かるようになっている。


 *青が三年、緑が二年で、赤が一年である。


「今日の議題はノーマルスキルズについてじゃ。ノーマルスキルと言うのは下級能力者じゃ。ノーマルスキルの集団をノーマルスキルズと言っておるのじゃ。特定のノーマルスキルズがポセアリウスの研究者に対し脅迫状が送ったのじゃ」

 坊主の男は淡々と話しを進める。

「それを俺らで何とかしようって事だな」

 蕨はそう言った。

「違うのじゃ。今、3学年ルクス第一位が動いているのじゃ。彼1人にこの件は任せて欲しいのじゃ」

「待てよ。この街の治安を維持するために円卓はあるんだろ?誰かが傷つくかもしれないんだろ?一人に任せて、俺らはなんもしないってか」

 坊主頭の三年生は蕨に近寄り、蕨の肩に手を乗せた。

「そうじゃ。理由は簡単じゃ。ノーマルスキルズは下級とはいえ超能力者じゃ。円卓が危険な目に遭うこと、及びノーマルスキルズを逆上させて一般人を被害に合わせるのを避ける為、最低限の力でノーマルスキルズを制圧したいのじゃ」

「そうかい」

 わらびは何もできない自分に呆れて、大きくため息をついた。

「円卓会議はこれまでじゃ。解散」

 坊主の男の声により会議は終わり、皆円卓を去っていった。


 やがて、残っているのは蕨と杏だけになった。

あん、送っていきましょうか?」

 わざとらしく蕨は言う。

「いいの、私の家結構遠いよ」

「別にいいよ。ついでにこの海底都市のこととか超能力の事とか色々知りたいし」

「ノーマルスキルズの事でしょ」

 あんは見事に蕨の考えていたことを言い当てる。

「まあそれもある」

 少し目を背けてわらびは答える。

「まあいろいろ教えてあげるよ」


 ◆◆◆


 二人は円卓から出て、南門を抜けた。

「まず最初に、ノーマルスキルズって言う言葉は、ノーマルスキルの不良達を指す言葉なのを知っておいてね」

「不良?」

「そう。ノーマルスキルがただ集まっているだけなら、わざわざノーマルスキルズなんて言い方しない。ノーマルスキルズは普通、下級能力者の不良集団を指すのよ」

「不良なのは分かった。でも、ノーマルスキルズはなんで研究所に脅迫状を送ったりしたんだ?」

「超能力者になりたいって純粋な思いだけで超能力開発を受ける人は少ない。人生逆転の為に超能力開発を受ける人だって多いの。そんな思いを抱えていた人達にとって、自分がノーマルスキルになった事が許せない。だから、ノーマルスキルズにはそもそも、研究者嫌いが多いのよ。恐らく、それが激化していったのでしょうね」

「そんなのおかしいよ。そいつらはちゃんと能力を得てるし、研究者だってわざと下級能力者を作り出してる訳じゃないだろ」

「そりゃそうだけど。それを私に言われても。私の家もうそこだから、じゃね」

 あんは笑顔で手を振った。

「じゃあね」


 あんと分かれたわらびはあることに気が付いた。

「俺の家どこだっけ?」

 昨日このポセアリウスに来たわらびは自宅を支給されている。しかし、蕨は超能力開発を受けた関係で、昨夜は研究所で過ごした。それ故に支給された自宅の場所が分からなかった。蕨はポケットをあさる。

「あった」

 わらびは自宅の場所が書いてある地図を見つけた。

(どう見るんだ?)

 ポセアリウスの形は地図で見ると円である。地図には方角が示されているが、土地勘のない蕨にとって自分の家に行きつくのは至難の業だった。

「取り敢えず、学校に戻るか」

 蕨は1人そう呟いた。


 海底都市ポセアリウスはドーム状になっている。ドームの中から海はくっきりと見える。わらびは水族館をまわるような気分で、宰領さいりょうに戻っていった。


「まじかよ」

 宰領さいりょう学園の門は鉄格子で封鎖されていた。

(どうしようかな)

 わらびは長考して、昨日超能力開発を受けた研究所が学校からとても近いことを思い出した。

(よし行くか)


 わらびは豆腐のように白く、正方形の学校近くの研究所に足を運ぶ。

「すみません、葛切くずきりって人いますか」

 わらびは扉を開け、自分に超能力開発を施し、家の地図を渡してくれた研究者の名前を呼び出した。


「何じゃコラ。喧嘩売っとんのか、このクソガキが。こっちは逃げられて、いらついとんじゃこのボケカスゥー」

 金髪モヒカン長ランの男がわらびに唾を吹き飛ばしながら怒号を飛ばした。サングラスをしているがしかめっ面なのはわらびにでも分かった。


 その後ろには二人の男がいた。もう一人蕨に怒号を飛ばした男と似たような、というかほとんど同じ男が一人。もう一人は赤いスカジャンを着ているダンディな昭和の俳優のような顔をした男がいた。モヒカン二人に関しては年齢は分からないが、赤いスカジャンの男は多分30歳くらいだろう。


「おい、ま、ま、ま、待てブラザー、そいつは宰領さいりょうの奴だ」

 後ろにいた怒号を飛ばしたやつとは別のモヒカンが言った。

「何だって。本当じゃねーか。この肌色のブレザー。間違いなく宰領さいりょうだ」

 怒号を飛ばしたモヒカンの足は震え上がった。


「てめーら、だらしねーぞ‼︎」

 赤スカジャンは二人に喝を入れる。

「だ、だだ、だって」

 二人のモヒカン達は手をつなぎ合わせ、震えながら言った。

「もういい、俺が出る」

 赤スカジャンの男はそう言ってコキコキと拳を鳴らした。

 わらびと赤スカジャンはしばらくの間睨めあった。しばしの沈黙を赤スカジャンが貫いた。


「宰領の奴らは良いよな。無条件で英雄に選ばれる。俺も、お前みたいになりたかったよ」

「お前は自分で超能力開発を受ける道を選んだんだろ」

「違う。選んだんじゃない。こうするしかなかったんだ」

「お前の過去に何があったかは知らない。知るつもりもない。でも、ノーマルスキルズの研究者たちに罪はない。お前らも分かってんだろ」

「研究者達は俺たちを、宰領の生徒により優れた能力を与える為の都合の良いモルモットだとしか思ってない。俺らが怒るのは当然だ」

「たとえそれが本当の事だとしても、こんなことしなきゃ行けない理由にはならないだろ」

「絶対にこうしなきゃ行けないんだよ。理屈じゃねぇ。」

「やるしかねぇんだな」

「そこにいるモヒカン2人の能力は痛覚をいじる能力だ。ただ、この2人に喧嘩中に手出しはさせねぇ。代わりにお前は能力を使わずに俺と戦え。この喧嘩、負けたら俺らはポセアリウスを出ていく。ただし、お前が能力を使った場合、お前が俺に負けた場合、お前は地獄を見る事になる。この喧嘩買うよなぁ」

 手のひらを返して挑発をしながら赤スカジャンの男が言った。

「上等だ」

 わらびは獣のような目つきで赤スカジャンをにらむ‼

「てめえのその目、むかつくんだよぉ‼」


 赤スカジャンはわらびの方へ向かっていく。わらびは左手を構えて、拳を赤スカジャンの顔に放つ‼


 すると赤スカジャンは顔の前で両手をクロスさせる‼︎


「俺の能力は部分鋼鉄化ピンポイントガードナーていうんだぜ。てめえの左拳は間違いなく折れたぜ。ははははは。ってなんで来ねーんだ」


 わらびは左拳を真っ直ぐ顔に向けて打たれていた。速度も早かった。けれど、赤スカジャンの男が手をクロスさせた瞬間、蕨の左拳はぶつかる寸前でピタリと止まったのだ‼


 赤スカジャンの不穏な動きに合わせて、ほんの一瞬で蕨は動きを変えたのだ。


「歯を食いしばれよ」

 わらびは左拳を構えなおし赤スカジャンのボディに入れる‼︎


 赤スカジャンは吹き飛んだ。


 グハッ


「その青髪。もしかして、喧嘩狂いの浜の悪魔か⁉︎そう言えば、この街に来てるって噂があるな」

「知らねえよ」

 わらびがそう言うと赤スカジャンは立ち上がる。

「気取りやがって」

 赤スカジャンは右手の拳に能力を使い、硬化させ、わらびの顔に向けて打ち放つ‼

「覚えておけ、俺は無能力者だ。なにも得なかった。誰よりも無力だ。でも、どんなに無力でも、例え間違った行いを過去にしてしまったとしても、正しい道は歩めるんだよ。正義は貫けるんだよ。だからお前もこんなとこで腐ってんじゃねぇ‼」

 わらびも右手を構え赤スカジャンの顔に向かって放つ‼

 

 バシンッ


 わらびの拳は赤スカジャンの拳よりも早かった。蕨の拳は赤スカジャンの顔をとらえた。赤スカジャンの男はその後気絶した。


「分かってくれればそれで良いんだけど、それでも勝負するならかかってこいよ」

 蕨は残党のモヒカン2人に語り掛ける。

「ひっひっひっ、ひぃ」

 二人のモヒカンは言葉にならない言葉を喋る。

「お前ら、こいつのことは頼んだぜ。俺は勝った。だからじゃないんだけど、これからは、人を恨む生き方じゃなくて、大切なものを守る為に生きて欲しい」

 わらびは笑顔でモヒカンたちに言った。

「も、もも、もちろんだぜ。俺ら、三人でブラザーズだからな」

 モヒカン2人は倒れた赤スカジャンの男を運んで、研究所を後にした。


 ◆◆◆


 わらびの家は、研究所がもぬけの殻だったため結局場所が分からずじまいだった。それどころかわらびは事情説明を自治団体(警察のような組織。能力者の集団ではないため事件の事後処理が主な仕事)に求められた。最悪寝られると思っていた研究所は封鎖され、地図も何故か無くなっていた。その為、蕨は力尽き道端で倒れ寝てまった。

 それを発見され、ニュースにまでなったわらびには翌日とあるあだ名がついた。

「おはよう、道端王子」

 あんは笑顔でわらびにそう言う。

あんまでそのあだ名で呼ぶのかよ」

 わらびは大きくため息をついた。

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