清掃師、嫌な予感がする


「くー、くー……」


 俺は眠ったユリムを背負って山道を登っていた。雪合戦が終わってさあこれから第二セーブポイントを目指そうってところで、彼女だけ雪原をベッドにして寝ちゃってたんだ。しかもぐっすりだからな。どんだけ規格外なんだか。


「まったく、ユリムめ、実にけしからん。わしのアルファの背中を独占するなど……」


「わ、我もマリベルどのに同意だ……」


「……」


 マリベルとカミュのほうから強い視線を感じて俺はたじたじだった。人間に対する物珍しさもあるんだろうけど、それだけ期待してくれてるってことなんだろう。


「まったく、マリベルといいカミュといい、人間なんかに靡きすぎですわ! ドワーフ一族とあろうものがっ!」


「ふむ……そう言うルカもどうせいずれそうなると思うがの?」


「我もそう思う。アルファどのはほかの人間とは格が違うからな」


「そ、そんなのありえませんことよ!? かつて名家ヴァジュール家の専用メイドだったわたくしが、人間なんかに靡くなど……ぜーったいありえませんわ! オホホッ!」


「ルカよ……笑顔が引き攣っておるぞ?」


「それと、ルカどのの顔にははっきり強がってると書いてある」


「お、お黙りっ!」


 ルカは何故か明らかに動揺してる様子。いつもの余裕そうな表情が消えかかってるな。


「むにゃっ……アルファしゃん、だーいしゅきい」


「うっ……」


 寝言とともにユリムに頬ずりされてなんとも言えない心境になる。


「ぬぬ……うらやまけしからん……そっ、そういえばわしも意識が朦朧としてきたのじゃ……いだっ!?」


「ほれ、目が覚めたか? マリベルどの」


 マリベルがカミュに頬をつねられて涙目だ。


「こ、こやつ、よくもっ……!」


「何故怒る? 我が意識を戻してやったというのに」


「う、うぬぬ……」


「ホ……ホホッ。わたくしは……わたくしだけは堕ちませんわっ。ドワーフとあろうものが人間なんぞに惚れるなど、あってはならぬことですのよ……」


 ルカの顔、さっきからやたらと赤いんだが風邪かな? ドワーフも人間と同じような病気に罹るのかどうかは知らないが。


「……」


 ん、今スノーウルフの鳴き声がしたような……。とはいえ出現する気配は一向になく、気のせいなのかすぐ収まったが、俺はをひしひしと感じ取っていた。


 視界も一度は回復したもののまた霧が出てきて悪くなってきたし、例の特異な自然現象も含めてこれは何かが起こる前触れのような気がする。神スキル【一掃】を得て強くなったのは確かだが、迷宮山で油断してると足を掬われそうだしなるべく注意していかないとな……。




 ◇◇◇




『グル……ル……』


「「「へへっ……」」」


 一匹のモンスターが、酷く負傷した足を引き摺りながらジェイクたちの背中を追っていて、さらにその先にはアルファたちの姿もあった。


「さあ、来いっ、俺たちのマブダチウルフッ! は霧で隠れてるが向こうにいるぜぇー!」


「アハハッ、調子いいもんだよ。けどさジェイク、そんな手負いの狼なんかで上手くいくのかい……?」


「僕も不安だな。この狼、なんか時々立ち止まって変な声出してるし、逃げたいのか違う方向を見てるときもあるし……」


「大丈夫だって! ほらっ、とっとと来いよノロマウルフッ、がどうなってもいいのか!?」


『クゥーン……』


『グルルルル……』


 ジェイクが血まみれの狼の子供を見せつけると、追いかけてきた狼は牙を剥きだしにして一層低く唸った。


「おぉ、こええこええ。こいつらは仲間思いだから、こうして瀕死の仲間を見せつけながら歩けば、どんどん追いかけてくるはずだぜっ!」


「さすがだねぇ、ちょっと怖い気もするけど……」


「僕も……」


「なあに、本当に怖い思いをするのは俺たちじゃねえ。ゴミアルファのほうだ! 俺が変装してこのチビ狼をやつに擦りつけて立ち去れば、盛大に小便ちびりながら逃げ出す姿が拝めるだろうぜ!」


「「「アハハッ!」」」


「そのあとは、レイラとクエスがやつの捕獲を頼む。荷物持ち兼ストレス発散役としてなぁ」


「「あいあい」」


「んで変装を解いた俺が華麗に舞い戻り、あのきゃわいい女の子たちの前に格好よく参上し、狼をギッタギタにしてモッテモテになるってわけよ!」


「ちょいとジェイク、あんたいくらなんでも調子に乗りすぎだよっ」


「ホントホント。僕にも女の子を少しは分けてほしいよ」


「クエスも自粛しなっ!」


「うっ……」


「へへっ、わかってるって。俺がたっぷり遊んだあとで――」


「「――ジェ、ジェイク……」」


「ん……? どうした? レイラもクエスもそんなおっかなそうな顔しちゃって……」


「「う、後ろ……」」


「……へ?」


 ジェイクが怪訝そうに振り返ると、その顔色は見る見る青白くなり雪原と同化していった。足を引き摺る狼の後方には、ざっと数えても百匹以上はいるであろう狼たちで溢れ返っていたのだ。


「「「ひいいぃぃっ!」」」


『『『『『グルルァッ!』』』』』


 血相を変えて逃げ出す三人を追いかける狼たち。その群れは、ジェイクたちが気付かないうちに最早手に負えない数にまで成長を遂げていたのであった……。

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